第28話 にらみ合いは、テント前にて
「きゅろろ~ん………」
ドラゴンが、馬のように、いなないた。
見た目は、カエル顔のトカゲと言えなくもない。ただ、トカゲにしてはスマートというか、馬のようにまっすぐと地面に伸びた足は筋肉質で、毛並みは鮮やかな空の青さをたたえている。
深い青から、黒に近い深い青まで様々の、六頭の馬のような竜が、いなないていた。
このあたり………と言うより、人の住まう領域では見かけない種類の、馬のようなドラゴンだった。その背に乗るのは、人であるわけがない。
とんがった耳の、細身の少年から、ごっついお兄さんまでが、そろっていた。
「たかが、我らの倍程度の人数で、かなうと思ったか」
「侮ったな、我らが
「さぁ、我が同胞を殺害した責任、死を持ってあがなってもらおうか」
「「「さぁ、さぁ、さぁ」」」
「だから、何度も言わせないでっ!こっちは、その責任者どもが――」
話を聞くつもりが全くない、急進派の魔人族の方々だ。若気の至りの団体さんに見えて、魔人族の年齢は、見た目が当てにならない。
同じく、見た目が当てにならないお姉さんが先頭に立って、真正面から、対決していた。
ルータック、ギーネイ、ニキーレスの三人が、遺跡から頭を出したところ、魔法対戦の、秒読みが待ち受けていた。
「なぁ、なんであの馬、つぶれないんだ?自分の身長と同じくらいだぜ、あの斧」
「それよか、森の中に、あの巨大な槍を持ってくる神経が謎だぜ。絶対途中で落馬するって」
「ああああ………文献にあった、悪魔の武器だ………人を切り裂く武器だ」
現実逃避のギーネイとルータックに引き換え、ニキーレスは、おびえた。復讐するつもりが、武器と
処刑場が、目の前なのだ。剣で真っ二つが、ヤリで串刺しか、斧でズタズタか、あるいは、馬の扱いのドラゴンの牙か、様々な死に様を思い描いているに違いない。
「愚かな人間よ、我らが力を見くびらないほうがよいと、まだ学んでいないのか」
「所詮、命の短い種族よ、記憶することも出来ぬと見える」
「武人を気取ったアヤツも、年のためか、出てきておらぬ。若造ばかりだ」
「はっ、はっ、はっ、見た目だけは、年老いているがな」
魔人族の寿命は、人の倍から数倍といわれる。荒縄使いのお姉さんのように、強い力を持っていなければ、彼らと対等の命を生きることも出来ない。
若作りというより、魔人族側の感覚が、荒縄使いの魔法使いのお姉さん、ククラーンには近いのかもしれない。
それほど、ククラーンは実力者ということで………
「だっ、かっ、ら、ジャマすんなって、いってんのっ!」
大木サイズに荒縄が、巨大な腕のように振るわれ、地面を響かせた。
例えククラーンが、見た目の数倍のさば読みのお姉さまだとしても、目の前に雁首をそろえた魔人族の戦士たちに比べれば、小娘と言う年齢に違いない。それでも、代表として対等に、脅しを掛け合って入られるのは、それほどの実力の持ち主と言うこと。
今のところは話し合いだが、恐怖に値する。土ぼこりが舞い上がり、周囲の鳥たちは、危険から逃げようと、飛び立った。
一触即発。
その引き金を――トライホーンの引き金を引いて、魔人族を殺害したニキーレスは、もはや腰を抜かし、恐怖するのみ。
一方のギーネイも、過去の記憶を持っている青年に過ぎない。しかも、肉体は、哀れ肉体を乗っ取られた悪ガキのサイルークである。身体能力は平均を上回っているが、ただの十五歳の少年である。
「巻き込まれたら………死ぬな」
「この場にいても、ヤバイって………後ろから、こいつの仲間が這い上がってくるぜ?」
「元・仲間だ………しかし、その通りだ」
前方は、魔法使いVS魔人族の戦士たち。後ろからは、トライホーンを手にした、今の『ドーラッシュの集い』の方々が、這い上がってくる。
両方を危険にはさまれて、絶体絶命の少年達。
ここに、天からの助けでもあればいいが、期待できない。なんだかんだと、悪ガキコンビであるギーネイとルータックを助けてくれるお姉さんは、お忙しいのだ。
いななく竜の馬に乗った、血気盛んな魔人族の方々と、対峙しているのだ。
下手をすれば、こちらにも攻撃が飛びかねない、むしろ、気付かないでくれと願う状況では、悪ガキコンビの本領発揮しか、残された道はなかった。
「ずらかろう」
「おう」
「お………おう」
約一名、悪ガキと言う称号からとても遠い優等生殿がいるが、見る影もないので、大丈夫だろう。大人たちに見つからないように、そろり、そろりと立ち去ろうとした。
だが、悪ガキたちは、無事に逃走を終えたことなどない。必ず見つける御仁がいらっしゃるのだ。
「あぁ~………悪ガキコンビっ!」
見つかった。
いつものごとく、荒縄使いの、魔法使いのお姉さんであった。
今は、トリオと言ってもおかしくないが、とっさに口をつくのは、長年の言葉。中身はギーネイのサイルークと、その悪友ルータックコンビは、そろって首をちぢこませる。
もう、修羅場も何もあったものではない。どうするのか、この混沌を。まじめにそろっていた、ドラゴンという馬に乗っていた方々が、ぶち壊した。
「ぬっ、やはり遺跡かっ」
「それは………おのれ、貴様らは禁じられた武器をっ」
「おぉ、あれが、我が同胞を葬った、忌まわしき過去の遺物………っ!」
「おのれ、貴様が、貴様がぁああああああああっ」
血気盛んな巨大な刃物の武器をお持ちの方々が、突進してきた。
ギーネイに向かって。
トライホーンを手にしていたのが、証拠である。ボクが、やっちゃいました――と。
「………っ」
ギーネイは、とっさにトライホーンの出力を調整しようとして、三本の角を地面に向けたまま、立ち尽くす。
とっさの動きは、最大出力の、暴発である。
数人、数十人の仲間が背後にいれば、前衛の自分は、まず連射によって、敵の牽制である。最大威力の攻撃には、チャージタイムが必要なのだ。
だが、今回は違う。
今、魔人族を攻撃、下手をして殺害してしまえば、取り返しがつかない。
しかし、ここで死ねば、サイルークに未来はない。
すでにトライホーンのチャージは始まり、振動が空気を震わせ、装着しているサイルークの左腕から、心臓までも揺さぶっている。
威力は、岩石を一つ、砕く程度に強い。至近距離で食らえば、岩のように
「させんっ――」
「覚悟っ――」
魔人族たちの接近速度を前に、わずかな
次の瞬間、サイルークの肉体は、ミンチだろう、巨大な刃物が頭上であった。
道連れに、背後にいるルータックと、ついでのニキーレスも、ミンチだろう。しかし、そうはさせないと、すでにギーネイは選択していた。
「耳をふさげっ」
後ろのルータックと、ついでのニキーレスに叫びながら、引き金をひいていた。
地面に向けて。
その違和感に、頭に血が上りきった二人の魔人族が気付いたのは、衝撃を受けたあとのことだった。
トライホーンの破壊の波動は、地面を大きく揺さぶって、巨大な土ぼこりを、周囲十メートルほどの範囲を、土煙で覆っていた。
「逃げろっ」
けん制のためにトライホーンを構えつつ、ギーネイはルータックを引っ張り、走りだす。
魔人族の、今の瞬間の視界と、行動の自由は奪った。しかし、かすり傷すら負っていないはずなので、次の瞬間がとても不安だ。
危険な場所から、すぐにでも逃げねばならない。サイルークの運動能力の高さに感謝しつつ、必死に走るギーネイたち。
「ぐへぇ」
なんと、悪友ルータックは………すでに、捕らえていた。凄腕がいたものだ、生前の記憶に従って、脱出ができたと思っていたが、敵は進化していたのか。
「ごぶっ?」
その瞬間には、ギーネイもまた、捕らえられていた。
土ぼこりに煙っていても、喉を締め付ける感触は、忘れない。
お姉さんの、荒縄だった。
「だから、にげんなっ!」
お姉さんの荒縄は、魔人族の方々の突進よりも、到達速度が上らしい。
なお、地面に腰を抜かしていた優等生ニキーレス君は、地面に座ったまま、しっかりと耳をふさいで、動かなかった。
耳をふさげといったのは、ギーネイである。至近距離での、トライホーンの発射音から鼓膜を守るためであったが、その振動が終わっても、
逃げろとの叫びが、耳には届いていなかったようだ。
さすがは、優等生であった。
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