第4話 帰り道は、荒縄にて
ゆらゆらと揺られて、帰り道。
少年達は、荒縄によってぐるぐる巻きにされて、連行されていた。
空中で。
そろって空を
「全く、あの森は危険だって、いっつも言われてるのに………とくにサイルークっ!」
サイルークと呼ばれたギーネイは、背筋をしっかりと伸ばした――つもりだった。
見知らぬ人物であっても、ここは当然、背筋をしっかりと伸ばして話を聞くべきだと判断したからだ。
………できなかった。
哀れブラウンの、ぼさぼさヘアーの少年とともに、ぐるぐる巻きにされているのだ。姿勢を正すことなど、不可能である。
「あんた、魔法の気配がするねぇ~………なんかヤバイ物、触ったでしょっ!」
誰の真似だろうか、老賢者か、ご近所のお年寄りか、ともかく、そういった言葉遣いを真似て、お姉さんは威厳を取り
ギーネイの視線が、泳ぐ。
「………ルータックくん?何か知ってるみたいだぁ~ねぇ~?」
ギーネイが素直に答えないと感じると、今度は、背中の少年へと向かう。
背中の少年の呼吸が、手に取るようだ。息を呑んで、これは大変まずいという気配が、背中越しからしっかりと伝わってくる。
背中が、密着しているからだ。
そうか、ルータックと言う名前なのかと、この名前を忘れないと心に誓うギーネイ。哀れルータック少年は、ギーネイのために、大変まずい状況に置かれているのだから。
「ルータックくん、この魔法使いククラーン・グーラ・グラーレンさんに、何か言いたい事があるよねぇ~ぇ?」
にっこり笑って、瞳だけが笑っていないお姉さんの笑みが、目に浮かぶ。
突然空からお姉さんの声とともに、荒縄の大群が降ってきたのだ。
お怒りだということ以外は、知らない。
しかし、ギーネイはともにぐるぐる巻きに去れた少年、ルータックとの友人関係、人間関係をなんとなく把握してきた。
ギーネイが乗り移った、鮮やかな赤毛の少年は、サイルーク。
そして、背中のブラウンのぼさぼさヘアーの少年は、ルータックと言うらしい。おそらく、悪友と言うヤツだろう。『悪ガキコンビ』と、お姉さんが口にしたように、いつも一緒に、何かをしでかしていたに違いない。
そして、そのたびに荒縄使いの魔法使いのお姉さんが現れるのだ。
十代半ばあたりの自分達より、ほんの少しだけ年上のお姉さんだ。名前をククラーン、なんとか。
お目付け役らしい、空からお姉さんぶって登場して、このように親御さんの下へと連行するのだろう。
荒縄で、ぐるぐる巻きにして。
しかし、少年二人を空中に浮かべて運ぶなど、かなりの力の持ち主に違いないと、ギーネイは冷静に分析した。
魔法使いは、敵である。
そのため、危険度は優先的に、叩き込まれた。自分の数倍の重量を浮かすほどの魔力の持ち主は、強敵である。
人の頭程度の石や木材でも、頭上から降ってくれば、死ぬのだ。それが、人の体重ほどの重量物なら、家屋すら破壊できる。
この荒縄も、いったいどのような恐るべき力を秘めているのか。今はただ、背中の悪ガキ仲間、ルータックへの謝罪の気持ちでいっぱいだった。
「俺は、知らない。記憶にない、記憶にないってことで………そうだよな、サイルーク」
背中から、必死の言葉が聞こえた。
例えわずかな間であっても、友人として接してくれたルータック。そして、亀裂に落ちる前に助けてくれた恩人でもあるルータックに、なにが出来るのか。
サイルークの人物像など全く知らないギーネイは、答えた。
「………オレ、記憶がないんだ」
言ってしまった。
そして、なぜ、このような悪ガキの言い訳同然の返答をしたのかと、自分ながら、驚いていた。まさか、乗り移ってしまった少年サイルークの思考が、影響したのか。
答えは、悪ガキの言い訳だった。
「………記憶喪失?」
ククラーンなんとかと名乗った魔法使いのお姉さんは、
背中の相棒ルータックは、必死に同意する。
「そうそう、途中でちょっとはぐれちまって、サイルークと再会した時にはもう、自分が誰か分からないって………そうだよな、サイルーク」
背中ごしに、ルータックが嫌な汗をかいているのが分かる。川に飛び込んだことが原因か、本当にいやな汗をかいているのか、今はどうでも良かった。
ただ、このやり取りは、とっさにイタズラのいいわけを考えたようにも聞こえる。相手が信じてくれなさそうだと思いながら、答えられる言葉は、限られた。
「そうそう、本当なんだ、おれ、記憶喪失なんだ」
ウソだと、悪ガキが自白するような言葉である。
しかしながら、真実でもある。
サイルークと言う少年の記憶を、ギーネイは一切持ち合わせていないのだ。ギーネイは、では、自分は誰なのかと、自問する。
ギーネイの記憶を移された少年サイルークなのか、サイルークと言う哀れな犠牲者の人生を奪った過去の人物、ギーネイなのか。
その答えを知る前に、そろそろ頭に血が上ってきた。荒縄で宙吊りの、哀れな生け贄の頭は、やや下がり気味なのだ。
もう、森を抜けそうだ。
木々がまばらになり、代わりに遠くからではあるが、人の気配が聞こえてきた。言葉として認識できないが、話し声が重なった、にぎわいという町の気配だった。
「さぁ~てねぇ、記憶喪失のサイルークくんや?」
わざとらしい老人しゃべりで、オレンジのセミロングに、青の瞳のククラーンの姉さんがギーネイの顔を覗き込んできた。
ご丁寧に、縄をぎりぎりと締め付けてくる容赦のなさは、お姉さんの貫禄にふさわしい。
青年ギーネイにとっては年下の少女と言う年齢だが、悪ガキコンビの幼馴染のお姉さんと言う感想は、間違っていないようだ。
十七歳くらいだろうか。
「魔法の気配があるってことは、何か、魔法の道具を触ったはずよねぇ~え。魔力がない人間でも、魔法の道具の影響は受けるから………言え、何を触ったっ!」
老人言葉の真似事から、威嚇する姉の怒気に変わった。
ごまかすな。マジな話なのだと、示していた。
サイルークは日々、このお姉さんの荒縄にふん縛られてきたのかと思うと、ギーネイは少し同情した。
そして、答えた。
「水晶………こぶしよりちょっと小さくて………川に流れてったけど………な、ルータック」
息も絶え絶えの答えに、後ろで、びくりとする気配がした。
ルータックは、巻き込まないでくれと振り向いているに違いない。
半泣きのようだ。
「なっ――って、言われても………おれも魔法使えないんだ。お前が何かを必死に追いかけようとして、崖まで行こうとしたってことしかわからねぇよ」
命乞いの涙だろうか、ともかく、涙交じりの声は、真に迫ったものがあった。これが演技だとすれば、悪ガキコンビではなく、どこかの劇団に所属しても不思議はない。
おかげで、演技ではなく真実だと、お姉さんに伝わった。
「………記憶喪失………新しい言い訳のネタだって思ったけど………本当かもね」
高みから、こちらの様子を、主にサイルークの様子を探るように見下ろすお姉さん。
青年だったギーネイには、目の前のお姉さんは年下の少女と分類していいだろう。しかし、姿は年下になってしまえば、このお姉さんの空中仁王立ちは、正に恐怖を覚えるに値する。
もはや、ごまかしはなかった。
ただ、あまり人の話を聞いてくれないお姉さんのようだ。それは悪ガキコンビの日ごろの行いのためと言うか、ともかくも、確定したのは、一つだった。
サイルークは、記憶喪失になったと。
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