第17話 遭遇は、森の道にて


 ギーネイたちは、走っていた。

 だが、これはギーネイが時折見る過去の光景、夢の光景ではない。姿は鮮やかな赤毛に、金色の瞳の十五の悪ガキ、サイルークである。

 当然、そばにいるのは、ギーネイに兄貴風を吹かせていた、バルケではない。ブラウンのぼさぼさヘアーのルータックだ。

 まだいる、かつては敵とみなしていた、魔法使いである。オレンジのミドルヘアーの荒縄使い、ククラーンだ。


「先生の恐れていたのは、こういうことか………」


 爆破事件が起こった。

 それも、遺跡でだ。

 ギーネイは、次の遺跡調査はいつだろうか。そのような、どこか浮ついた気持ちで学園に到着すると、耳にした。

 空からお姉さんが降ってきて、緊急事態だと、告げたのだ。

 自分が甘すぎたと、痛感した。


「悪ガキコンビ、慣れない頭使ってないで、急ぐわよっ」


 ユーメルの手記は、三人とも目を通している。実感として、戦いを知るのはギーネイただ一人だが、それでも、危機感の共有は出来た。

 いや、それは甘かったのだろう。自らの安全を考えていたわけではないが、ギーネイは、その正体を公にし、人々に危機感を抱いてもらうべく、動くべきだったのだ。

 少なくとも、恩師ユーメルの手記が見つかった時点で、人々へ伝えるべきだった。

 お姉さんが、叫んだ。


「とまって!」


 ギーネイは、目の前に浮かぶ影を見て、思った。

 本当に、自分の考えは、甘いと。

 荒縄使いのお姉さんの声をうけ、とっさに頭上を見上げると、かつて武器を向けていた、もっとも恐るべき存在が、たたずんでいた。

 空中で。


「破壊の気配に来てみれば………人間が、やはり、信用できぬな」


 上空は、木々より少し高い位置から、こちらの動きを探るように見つめる瞳があった。

 遺跡で、爆発が起こったという話を、かぎつけたらしい。いいや、あの長い耳が、爆発の余波を拾ったに違いない。どれほど遠い場所から聞きつけたのか分からないが、恐ろしい地獄耳だ。

 耳がややとがる点を除けば、人と同じ姿である。魔法の力を使えることなど、目の前のお姉さんとの日々があれば、日常の出来事に分類される。

 しかし、種族が異なるだけで、こうも不気味に思えるものか。ギーネイがかつて、敵対して、最も多く命を奪った相手、魔人族の男だった。

 それも、単独で協定を破って現れるほど、自身を持っている。男の言葉に答えたのは、ククラーンだった。


「私達は、その遺跡へ向かうところです。ジャマしないで」


 普段の、若作りのお姉さんではない。本来の年齢、本来の役割を果たしているククラーンの顔だった。

 魔法使いの、役割。

 人であって、人以外の種族とも感覚を等しく出来るのは、魔法使いだけだ。

 そのククラーンすら、魔人族の男は気に入らないようだ。


「人ごときが………我らと近しい力を扱えるとて、おごるなっ」


 空気が、騒いだ。

 声と同時に、風の魔法でも使ったのだろう。大音量の暴力が、周囲を振るわせた。加減をしているのか分からないが、鼓膜が破れることはなかった。身がすくみ、思わず腕で顔を守ろうとしたくらいだ。

 動じていないのは、ククラーンだけだ。


「要請もないのに、人族の領域に立ち入って脅すなど、魔人族はいつから、協定を軽んじるようになったのですか」


 ククラーンは、樹木のように巨大な腕を、足元から生じさせていた。荒縄と同じく、植物が寄り合わさったものだ。

 これが荒縄の、本来の姿。

 ククラーンと言う魔法使いの、本気の姿と言うこと。

 しかし、空中からこちらの様子を探るように見つめる魔人族の男は、動じることもなく、吠えた。


「協定は、貴様らが破った。遺跡で騒ぎがあった。それだけで、十分だっ」


 ククラーンを守る大木のような腕は、身を縮めた。おびえたのではない、臨戦態勢と言う姿勢である。殴りかかるのか、何かを投げつけるのか、その威力は、岩を砕けるのではと思える。人が受ければ、即死は確実。

 ギーネイは、ぞっとした。

 かすっただけで、即死の攻撃に違いない。そんな魔法を使える人々を、よくも、殺してきたものだと。

 そして、それだけのことが出来た。その過去を思い出して、ぞっとする。

 それほどの力がぶつかり合えば、どうなるか。それが、世界中で起これば、どうなってしまうのかと。

 今は、魔法と言う力を使うもの同士の、にらみ合いに過ぎない。


「あのぉ~………お話中悪いんだけど………早く行かないと、犯人、逃げちまうぜ」


 ルータックが、授業中でもあるまいに、手を上げて発言した。教師に叱られながらも、反論する生徒のようだ。

 いや、まだ学生さんである。ここまで緊迫した場所で発言をする勇気は、むしろ大いにほめるべきである。本来なら、余計な口を挟むなと言うべき場面。緊迫から、一触即発のこのタイミングは、むしろ息抜きに、ちょうど良い。

 ククラーンが普段のお姉さんの顔に戻りかけ、上空にたたずむ魔人族が口を開きかけた、そのときだった。


「………なに?」


 それは、誰の感想でもあっただろう。ギーネイは他人事のように、そしてククラーンも、ルータックもその様子を見ていた。

 空中に仁王立ちをしていた魔人族が、音もなく落下した。


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