第10話 逆さ吊りは、正門にて


 穏やかな、とある秋の日。

 実りの秋を迎える幸運に、目の前に広がる景色に感謝する日々。ナガローク第八王朝時代も、三百年と言う、気の遠くなる時間を刻んでいた。

 町で暮らす若者達は、その知恵を蓄える側である。その蓄えた知識をお披露目するために、学園祭は作られた。


「――と、建前はここまでにして、みんな、いっくぜぇえええええええっ!」


 大声を張り上げた少年に合わせて、子供達は大声で叫ぶ。

 下は十二歳と、上は十八歳辺りの、元気いっぱいの若者というか、少年少女の学生達が、大賑わいだ。

 学園祭が、始まった。

 すでに集まっていた大人たちは、にこやかに入場門から列をなす。近所の方々は,

やっと騒がしい日々が落ち着くと笑いながら、少し寂しげだ。祭りは、始まったとたんに、終わりの余韻よいんを、すでに感じさせるのだ。

 まぁ、騒ぎはいつも起こるために、寂しいとは大げさな言い方だ。祭りの準備が終わった、感慨かんがいに過ぎない。

 その様子を、目を細めて見守る者達がいた。


「始まったな、ルータック」

「あぁ、サイルーク」


 サイルークと、ルータックの二人組みである。中身はギーネイであっても、普段はサイルークと呼ぶようになって、数ヶ月。

 学園の正門の屋根につるされた二人は、騒ぎを見下ろしていた。下ろしてくれと叫ばないあたり、よく分かっている。誰も助けには来ないのだと。


「ほぉ~………体を張った芸術………ですね」

「ははは、若さとは頼もしいものだ」

「ねぇ~、ママぁ~、あれ………」

「しっ、見ちゃいけません」


 自分達の足元………頭上?を通り過ぎる人々の視線が痛い。今は感慨にふけるよりも、下ろして欲しかった。


「ルータック………おれ達は、生きた芸術らしいな」

「ははは………サイルーク、芸術とは大変だなぁ」


 そろそろ下ろさないと、大変なことになりそうだ。朝食を訪問者にぶちまける参事が起こる前に、何とかして欲しい。後は精神力の勝負なのだ。様々に考え、頭に浮かぶ全てはすでに、走馬灯だ。


「ったく、悪ガキども、ちょっとは反省したかしら?」


 自称、十七歳のお姉さんが現れた。

 オレンジのショートヘアーに、青の瞳の、魔法使いのお姉さんだ。

 そして、サイルークの正体が、過去の亡霊であるギーネイだと知る、数少ない一人でもある。この三人の目的は、サイルークと言う幼馴染を、取り戻すことだ。結果として、自分が消滅してもかまわないと、ひそかにギーネイは、覚悟を決めていた。

 今の暮らしを、過去の亡霊が壊していいのか。

 そんな、大きすぎる迷いが生まれ、惰性的に、今へと至る。

 遺跡へ足を踏み入れ、水晶を見つけて、そのあとは、サイルークに人生を解して、そのあとはどうなる。

 何よりまず、下ろしてほしいと、ギーネイは口を開いた。


「ククラーン………様、おれ達、発表会があるから………そろそろ」

「頼んます………ククラーンおば………オネエ………おえっ」


 ルータックは、すでに限界が近いようだ。おべっかと本音が漏れ出て、中身まで漏れ出てしまいそうだ。

 慈悲深い魔法使いのククラーンの姉さんは、二人を優しく、自分が仁王立ちをするレンガの屋根におろした。

 まかり間違い、ルータックの朝食を、ご来場の方々にぶちまけてはならないという気持ちが、主なものだ。さすがは悪ガキの世話をしてきたお姉さん、細やかな気遣いがあってこその、見せしめである。


「一番手は、例の理想主義者のお気に入りのニキーレスで、あんたらは午前の部のラストって聞いてるけど………あぁ、準備か」


 学生生活は過去のことの、自称十七歳のお姉さんは、思い出したように布製の腰下げ袋に手を突っ込んだ。

 何が入っているのか、知らぬが身のためだ。

 中から、手作りの温かみにあふれた、冊子が現れた。学園祭の催しを一覧にしたもので、ご家族や、招待客の皆様に、事前に配られたものだ。当日の混雑に備え、あらかじめ目的の催しをチェックするための配慮である。

 ククラーンの姉さんの目当ての演目は、目の前で横たわる悪ガキどもの発表会であった。


「いい、遺跡の内部を知ってる分、有利だといっても、油断しちゃダメ………って、ちょっと、聞いてるの?」


 荒縄に縛られ、逆さ吊りになること数十分。いつものこととは言っても、解放されてすぐに本調子に戻れるほど、バケモノじみた肉体と精神の持ち主ではなかった。

 まぁ、遺跡探検に向かうことを将来の目的として、その一歩を踏み出した二人には、もう少し強くあってもよいのだろうか。そう、これはお姉さんからの愛のムチ――荒縄なのだった。


「――ご来場の皆様にお知らせします。もうすぐ、発表会が始まります。ご興味のおありの方は、中央会館までお急ぎください。繰り返します――」


 呼子よびこの役目を持つ学生たちが、方々で叫び始めた。

 知らせを耳にして、お姉さんは会館の方角を見つめる。


「ほらほら、出番は先でも、準備があるでしょ。なに、のんびり昼ねしてるの?」


 元凶たるお姉さんは、寝ぼすけの弟分たちへ、叱咤しったのお言葉をたれた。ようやく血の巡りが頭に届いた悪ガキ二人は、逆らうことなく立ち上がる。

 逆らえば、何をされるか分からない。森の小猿よろしく、二人は正門の屋根から地面へと下りると、そのまま会館へと駆け出していった。


「そうそう、走れ、走れ、少年達」


 投げかける言葉は、お姉さんと言う年齢にそぐわない。自らの生み出した荒縄をお供に、宙に浮かんで、人々を見守っていた。

 コの字型のレンガ造りの頑丈な三階建て、屋根裏つきのお城のようなお屋敷。それがギーネイの乗り移った少年サイルークと、その悪友ルータックの通う学園である。

 今や、学園祭という空間へと、変貌していた。




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