第14話 新発見は、洞窟にて
観測都市ボハール。
ナガローク王国の、辺境都市のひとつだ。
湿地と荒野と砂漠にはさまれ、交通の便もよいとはいえない。ここに都市が誕生したのは、『ドーラッシュの集い』の基地のその後を、観測するためである。
危険な遺跡を数世代に渡って観測し、その期間は数百年から、それ以上である。ここ、都市ボハールは、世界でもっとも新しい観測都市だった。
百年の観測の後、何もなければ、様子を探る。
それは、本日だった。
「そんな………ユーメル先生が、裏切り者?」
ギーネイは、手記をめくった姿勢のまま、驚きに固まっていた。
ここは、いつまでもいたい環境ではない。ピチャリ、ピチャリと天井からは水が滴り落ち、コケや判別の出来ないキノコに、植物の根っこにツタに、有象無象にうごめく生き物達の
遺跡の、内部だった。
サイルークとルータックのコンビは、発表会の翌月、めでたく遺跡探検の協力員に採用された。
サイルークの両親には危険であると反対されたが、記憶が戻るかもしれないし、今度は大勢と共に向かうのだと説得。ククラーンも、きっかけが必要と説得、許可を得たのだ。
そして、その他大勢と同じく、比較的安全と思われる、片道一時間の範囲を探索中だった。
目的は魔法の水晶だが、アテがあるわけではない。とりあえず成果を挙げて、次につなげようとしたところ、ギーネイの記憶が導いたのだ。
姿はサイルークであるが、中身は過去の亡霊、ギーネイである。岩石で埋め尽くされた上、コケやその他に彩られた未知なる迷宮の探検は、歩くというか、探りながらと言う道すがら、記憶が導いたのは、ユーメルの私室であった。
そして、隠し金庫から、手記を発見したのだ。
そして、固まっていた。
「どうしたんだよ、いつものお前らしくない――」
手記を読み漁るギーネイの後ろから、心配そうにルータックが覗き込む。
だが、言葉は途切れた。
まるで、別人のようだと。
目の前の幼馴染にして悪友のサイルークは、その中身はサイルークではないと、ルータックに思い出させる姿だった。
ギーネイと言う、過去の亡霊が、中身の正体である。
サイルークを取り戻すと誓い合った、新たな友人だと思っている。遺跡にもぐった目的は、それなのだ。
それなのに、今は声をかけることを、阻まれていた。おびえたように、それでも手記を食い入るように見つめるその姿に、声をかけてはいけないと、ルータックは感じたのだ。
代わりに、帰りの準備をすることにした。
「ランプの予備のオイルもある………食料に、水も………今、何時かな?」
ルータックは、懐中時計を取り出す。
感覚では、まだ夕方までずいぶんと時間があるはずだ。しかし、ランプの光で過ごしていれば、時間の経過はあいまいだ。外がすでに暗くなっていても、不思議はない。自分の感覚を疑えとは、暗闇での探検の基本である。余裕を持ったつもりで、実はぎりぎりだと教わった。
出口と思っていたつもりで、逆方向に向かっていることも、よくあるというのだ。
「サイルークはどうやって、水晶を手にしたんだろうな………」
ギーネイはようやく手記を閉じると、
一晩くらいは、この暗闇で過ごしてもいい。食事を取り、眠り、目覚めたら、出発をする。
だが、それは最後の手段だ。
非常食は、あくまで非常事態のためのものである。最初から当てにしてどうすると、荷物を背負った。
「ルータック、俺自身も混乱しているが、とにかく後だ。ここには発見すべきものがいくらでもあると分かっただけでも、収穫だ。引き上げよう」
声をかけられたルータックは、すでに、方向の確認を終えていた。
手作りの、作りたての地図と見つめあい、そしてギーネイに向かい合う。
「分かった。例のぶつは、また今度な」
いつもの、悪ガキの笑みだ。
ギーネイも作り笑いで応えた。少し不気味だ、それはランプのせいではない、互いの不安な気分が、鏡写しだった。
身をかがめて、ギーネイが先頭を行く。
何か発掘しても、それが何かを判断するのは、ギーネイの役割だ。少しだけ、この遺跡に限って言えば、ルータック、サイルーク組みが有利である。この遺跡で過ごした、ギーネイがいるのだから。
ギーネイにとっては、我が家に帰ったという本日、我が家はずいぶんと模様替えをしたようだ。灰色と、白亜と、銀色の世界が、暗闇と木の根っこと、うごめく色々の世界に変わっていた。
「今の、ゲティアオオトカゲの子供か?」
「まさか、ここにまで来てるのか?湿地じゃ………って、水辺ならどこでもか」
二人の脳裏に、学園祭で食した謎の串焼きこと、ゲティアオオトカゲの串焼きの味がよみがえる。
主に、歯ごたえがよみがえる。
今にして思えば、あの独特の食感はとても印象的だった。むしろ、あの学園祭で何を発表しても、あのゲティアオオトカゲの串焼きを置いて、全ては記憶に値しないと言っても過言ではない。
むしろ、ゲティアオオトカゲの串焼きの記憶しかない。
「アイツ………『安い、不思議、未知の味』の店主だけどさ、仲間引き連れて、例の燻製屋のマスターと旅に出たんだってよ」
「………そのうち、遠くの町に、謎の名物串焼き登場って噂が、たつな………」
迷宮の出口に向かい、二人は無駄話に花を咲かせる。
旅に出たのか、正式に弟子入りしたのか、どちらにしろ、大変なことだ。かく言う悪ガキコンビも、学生でありながら、探険家の真似事をしている。笑いながら、
探し求めたのは、失ったものを取り戻すための、手がかり。
魔法の、水晶。
そのつもりだったのに、またもギーネイの心を大きく揺さぶる出来事が起こってしまった。
恩師ユーメルの、手記である。
「俺がここにいることが、そもそも間違いだからな」
「あぁ、早く明るいところに出ようぜ」
つぶやきの意味を履き違えたのか、あるいは、わざとだろうか、ルータックは明るく答えた。
一時間後、二人は収穫なしとして、地上に這い上がった。
隠したのだ。
ギーネイの内ポケットには、発見した手記があった。
もしも提出してしまえば、閲覧に許可が必要となり、今後、ただの学生である二人に見せてくれるという保証はない。
それに、熟練の探検家でも、数ヶ月の大掛かりな探検の成果が、何もないということもよくある。むしろ、無事に戻ったことで、評価は上がっていた。
次の機会を待つように、それまで無断の探検をしないようにと、釘を刺されて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます