第21話 魔法使いの、お家にて(下)
暖炉の炎を見つめながら、ギーネイは独り言のように、口を開いた。
「ユーメル先生の警告は、このことだった。気付いた誰かが、止めねばならない………気付くことが出来れば、傷口が広がる前に、止められる」
今回の被害は、先走った魔人族が一人である。それが、都市ひとつの混乱、異なる勢力の要人の殺害、国家単位の騒乱と拡大していけば、どうなるか。
その前に、終わらせねばならない。
百年前の『ドーラッシュの集い』は、世界へ歩みだす日を夢見て、一歩を
ギーネイの恩師であるユーメルが、そのように仕向けたのだ。
では、今は?
ギーネイは、優等生ニキーレスから没収した武装を、持ち上げた。
「これは、トライホーン。魔人族の、将軍クラスにも通用する武器です」
ギーネイの動きに、ククラーンが、身を硬くする。目の前で、魔人族があっけなく殺される様を目撃したのだ。一方の、無骨な武人の印象の、魔法使いのご老人は動じていない。
さすがククラーンのお師匠様だと思いつつ、ギーネイは優等生ニキーレスに、トライホーンを向ける。
三本の角を出していないが、ニキーレスは、おびえた。
ギーネイは申し訳ない気持ちと、なぜ、今を壊す選択をしたのか、攻めたい気持ちを込めて、ため息をついた。
「俺たちの愚かさを引き継いだのは、コイツってわけだ」
ニキーレスは哀れに震え、深い緑色の短い髪の毛が、引きちぎれてしまえといわんばかりに押さえ込んで、ぶつぶつと、つぶやいていた。
「私は………ワーゲナイ先生の言ったとおりにしただけだ。『ドーラッシュの集い』の同士と共に、間違った体制など、正義の前には意味を成さないと………悪魔との取り決めなど――」
優等生の物言いながら、ニキーレスの言葉は、どこかむなしい。教えられた文言に、ニキーレス自信はすでに疑問を抱いているのか、言葉尻はすぼみ、威力は皆無だった。
ギーネイは、自分達の戦いの続きに巻き込んだ気持ちがあるため、無責任であると怒鳴りつけるつもりには、なれなかった。
それでも、同情するつもりには、なれなかった。
隔離されて育ったギーネイたちと異なり、ニキーレスは、過去を学び、理想が現実を見ない、夢に過ぎないと、学び取る機会があったのだから。
過去の過ち、理想だけを見た、愚か者による悲劇。それを、知ることが出来たはずなのだから。
「追っ手が………敵がいたら、撃って当然だろう。もし見つかったら、私は………私達は――」
宙をさまよう瞳で、ニキーレスは顔を上げた。
初めて武器を手にした興奮と、そして、初めて敵の前に身を投じたという恐怖による、暴走だ。そのつもりでなくとも、背後に魔人族がいると知ったときの恐怖が、理性失わせた。
殺される――と
その結果、魔人族はひらひらと、木の葉のように地に落ちた。
開戦の引き金かもしれない出来事であるが、いま、それを議論するつもりはないはずだ。
この場に座る二人の魔法使いも、叱責を目的として、この場にニキーレスを同席させたわけではない。
そそのかされた子供に罪を望んで、何の意味があるのか。
では、そそのかしたのは、誰だ。
「ニキーレス、トライホーンの使い方は、誰に教わった。仲間は、どこにいる………教えろ」
ギーネイに名前を呼ばれて、ニキーレスは姿勢を正す。
この質問は、ギーネイが捕らえてすぐ、ニキーレスに迫ったもの。動揺していたニキーレスは、答えることが出来ず、やむなく合流して、改めての問いかけだった。
「ユーメル先生の願いは、自分達の争いを、未来に残さないことだ。自分をドーラッシュの集いの一員と思うなら、ニキーレス、君はユーメル先生の言葉を、どう受け止める」
問われたニキーレス君は、優等生の頭脳をフル回転させていた。詰め込まれた膨大なる正義の言葉は、全てが、教えられた言葉である。
学ぶうちに、ニキーレスの言葉になっていたが、それが
だが、真に『ドーラッシュの集い』を受け継いだ人物は、目の前にいる。そして、その恩師の言葉を、どう受け止めるのか。
正義ではなく、過ちであると、百年前の『ドーラッシュの集い』のメンバーが、口にしたのだ。
「ワーゲナイ先生と、何人か………古い倉庫を会合場所にして、訓練も、そこで受けました。先導者と言う方が――」
ニキーレス君は、素直に、お返事をすることにしたようだ。
世界に正義を実現させるためなら、自分がどうなろうとかまわない。そのような、殉教者の返答を恐れたギーネイだが、素直であるのは、さすが優等生だ。
それどころか、ギーネイを見つめる視線にどこか、尊敬のまなざしを含み始めていた。本当に導いてくれる相手を見つけたかのようだ。
やめてくれ。
そう言いたい気持ちを抑えて、ギーネイは、情報収集に集中した。『先導者』と呼ばれる人物が、各地にいる、理想主義のワーゲナイや、優等生ニキーレスのような人物を集め、勢力を育てている張本人だろう。
ニキーレスは、下っ端に過ぎない、遺跡を爆破して、すぐに見つけた武器を、集合場所にしている倉庫へと運ぶ途中だったという。
遺跡には、本体がいる。倉庫にも、待っている人々がいるらしい。
「お姉さんに、その場所教えて。兄弟子達に、伝えるから」
ギーネイが口を開くより早く、荒縄使いのお姉さんが、立ち上がった。
兄弟子が、いるらしい。
ギーネイはまだ出会ったことはないものの、そういえば、魔人族が殺害されたあとの色々は、全て任せているのだったか。
そこへ、ふと気付いたルータックが、口を開く。
「あれ、ククラーンおば………姉さんは、いかないのかよ」
やっと口を開ける。そんなルータックは、いきなり、余計な事を口走った。おば様と言いかけて、お姉さんと言い直したのは、経験の故である。
お姉さんは、にっこりと微笑んで答える。
「だって、か弱い女の子ですもの」
荒縄たちも、そうだ、そうだと、グネグネとうねっていた。
蛇使いのように扱う荒縄たちは、その気になれば、木々を打ち倒す強靭な鞭にもなり、その木々と合わされば、巨大な腕にもなる。
か弱い女のことは、どの口が言うのか。
口を挟める人物は、この場では老魔法使いが、ただ一人。
老いた賢者は、賢明だ。無視を決め込んでおいでだ。
十七歳の少女の姿でいるが、実年齢は、いくつなのだろう。ククラーンと言うお姉さんの周囲で、荒縄たちがうねうねと、こちらを見つめる。
文句、あっか――と
全員、無言を貫いた。
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