第8話 矛盾だらけ

 愛してる……愛してるだと?

 ……愛してるってどう言う事だ?


綾辻あやつじ、愛してるってお前……俺が一人暮しだから告白したって言ってたじゃねえか」

「照れ隠しよ、一人暮しなら山下くんもしてるわ」

「そ……そうなのか」


 告白で一番大事なそこを隠しちゃダメだろ。

 つーか、なんで綾辻は山下が一人暮ししてるの知ってんだ。


「信じる信じないは——あなたの自由よ」


 妖艶な笑みを浮かべる綾辻。だからお前可愛いからそういうの反則だって。


 ……綾辻の笑みに俺が鼻の下を伸ばしていると、玄関が開く音がした。


 ……沙耶さやか?


 沙耶さやのやつ忘れ物でもしたのか?

 なんて思っていると、沙耶が大きなキャリーバッグを持ってリビングに入ってきた。


 ま……まさか。


おみくん! 綾辻あやつじさん! 今日から私もここで住む!」

「はあ———————————————っ!」


 さ……沙耶さやが一緒に住むだと!?


「沙耶、お……お前、何考えてんだよ? おじさんと、おばさんは知ってんのかよ?」

「大丈夫! お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんも許してくれた!」


 ま……まじか。

 ていうか、俺の意思は無視?


「今日から私が幼馴染として、おみくんと綾辻あやつじさんが間違った方向に行かないように監視するっ!

 一緒に住むための告白なんて認められないし、1ミクロンしか好きじゃない人と恋人になるのも私は間違ってると思うもん!」


 ま……まあ、そのことは一応の解決を迎えたのだけど……ただしそれは、綾辻の言っている事が真実ならばだ。


 ——やっぱりあいつの言葉は矛盾を抱えている。


 好きで括りたくないと言っておきながら、1ミクロンは好きなわけだし、今朝は1ミクロンも好きじゃないことを理由に、部屋に連れ込んで『あんなことやこんなこと』をするのを拒否られた。


「好きにするといいわ……どうせ結果は同じなのだから」

「うん! 好きにする!」


 家主を無視して話が進む異常事態。


「ちょっ、待てよ! 俺はまだ……」

「なにおみくん? 何か文句でもあるの?」


 ぐほっ! ……な、なんだ。

 なんだ、この凍てつくような沙耶さやの冷たい視線は。


「言っとくけど、私怒ってるからね……ここで拒否ったら、おみくんとは絶交だからね」


 こんなドスの効いた声を沙耶さやが出せるだなんて……ていうか、怒ってるって……好きじゃないのになんで怒ってるのっ!?


 沙耶の言っていることも矛盾を抱えている。


 だけど。


「分かった……好きにしろよ」


 沙耶と絶交は……勘弁だ。


 実感はないけど綾辻は俺の彼女だ。その彼女との同棲に、幼馴染とはいえ、他の女の子も同居させるだなんて……俺の行動も矛盾している。


「やった! ありがとうおみくん! 好きにするっ!」


 そう言うと沙耶さやは勢いよく飛びついてきて。


「ちょ、おまっ!」


 そのまま、俺は押し倒されてしまった。

 ——そして、その拍子に。


「ちょっ……ちょっと臣くん! どこ触ってんのよ!?」


 おっぱいを触ってしまった……というか、おっぱいを受け止めたというか……とにかく柔らかかった。


「……おみくんのエッチ」


 両手で胸を隠し、頬を赤らめ、若干上目遣い且つ、口を尖らせてそんなセリフを言われたら……いくら、幼馴染でも、好きじゃないって言われてもときめいてしまう。


弘臣ひろおみ……私、いったはずよ」


 そして、振り返るとそこには。


「……浮気は許さないって」


 鬼の形相で仁王立ちした、綾辻がいた。


 浮気は許さないとか言いながら、沙耶が一緒に住むことは認めるし……どっちなんだよ!?


 ——こうして、多くの矛盾を抱えながら、俺たちの同棲生活はスタートした。


 ……しかし、抱えていたのは矛盾だけではなく、本当に多くの問題を抱えていた。


 まずは、部屋割りだ。


 一人暮らしの俺には、とても贅沢なことに、我が家は3LDK。各自が部屋を持つことも可能なのだが、一部屋は防音ブースになっている。

 だから、実質部屋として使えるのは2部屋だ。


「私が、おみくんと一緒の部屋! 中学ぐらいまで一緒のお布団で寝たこともあるし!」


 これこれ……それは言わない約束でしょ。


「何を言っているのかしら……私は、彼女なのよ? 当然私が弘臣ひろおみと同じ部屋よ」


 あんなことやこんなことは拒否ったのに、部屋は一緒の方がいいのか。


 しばらく2人の押し問答が続いたが。


「臣くんはどっちがいいの?」

「当然私よね?」


 結論は、俺に委ねられた。


 常識的に考えたら綾辻と一緒の部屋になるんだろうけど、もはや今起こっている出来事は常識の範疇を超えている。


 常識などもはや無意味だ。


 かといって、沙耶と同じ部屋っていうのも何か違う気がする。確かに沙耶は幼馴染だし、中学までお互いん家に泊まりに行った時は、一緒の布団で寝ていたし、ルームメイトとしてなら沙耶の方が落ち着くっちゃ落ち着く。


 いや……そうじゃねーじゃん。

 俺は家主だよ?

 なんで俺が相部屋前提なの?


「俺が、1人部屋で、里依紗りいさ沙耶さやが相部屋になれば……」

「「はぁ————————————っ?」」


 俺の名案は即却下された。


 となると……。


「じゃ、ジャンケンで……」


 これぐらいしか、思いつかなった。


「「ジャンケン!」」


 そしてジャンケンに勝ったのは……。


「当然よ」


 綾辻だった。


「くぅ————悔しいっ!」


 兎にも角にも——こうして、多くの矛盾と問題を抱えながら、俺たちの同棲生活はスタートした。


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