第17話 意識しすぎる

 新しい部屋割り……誰かが夜中のうちに部屋に侵入してくるとか、一悶着あるのでは?

 なんて警戒していたけど——なにも起こらなかった。

 

 いや、別になにか起こって欲しいわけではないが、今までが今までだっただけに少し寂しく感じてしまう。


「おはよう水嶋くん」

「おはようございます、亜美先輩」


 ダイニングのテーブルには所狭しと朝食が並べられていた。

 もちろん亜美先輩の手作りだ。


 昨日の夜も、食事は亜美先輩が担当してくれた。


 まあ……控えめにいって最高に美味かった。


 年の功とか言ったら、張っ倒されるかもしれないが、3人の中では亜美先輩がぶっちぎりの女子力を誇る。


「朝から手が込んでますね」

「朝が一番大事だからね! 水嶋くんは朝はあっさり派だった?」

「そうですね……睡眠を優先していました」

「ダメだよ? 一流のプレイヤーは食事も一流なんだからね!」


 意識が高い。

 でも、それぐらいでなければ、あのプレイは生み出せないってことか。


「先に顔洗ってきなよ。私はあの2人起こしてくるから」

「ありがとうございます」


 いや、何から何まですみませんだな。


 綾辻あやつじのおっぱいの中で目覚めた昨日の朝と比べると、かなり平和な朝になった。


「おはよう弘臣ひろおみ

「おはようおみくん!」


 綾辻はともかく沙耶さやのやつは、何かちょっかいをかけてくると思っていたのだが、普通だった。

 なんかここまでくると、流石に拍子抜けというか調子が狂う。


 通学路でも昨日のように腕を組んでくるなどはなく、いたって普通だった。

 でも会話自体はいつもと変わらず弾んでいて、スキンシップだけが取り除かれた感じだ。

 

 そう、あの過度なスキンシップがなくなってしまったのだ。


 とても残念ではあるが、おかげとても平和だった。


 3人とも節度をもって接してくれている。

 もしかして、俺の平穏な日常が戻ったのか?

 いやでも、まだ油断はできない。今日だけという可能性も捨てきれない。


 しかし、予想に反して、翌日以降も平穏な日々は続いた。


 綾辻は彼女として俺に接し、沙耶さやは幼馴染として俺に接し、亜美先輩は部活の先輩として接してくれていた。


 キッチリ役割分担がされていて、ここまで来ると、逆に不自然だ。

 まるで皆んな、良き同居人を演じているかのようだ。


 あの日、亜美先輩は2人にいったい何を話したのだろうか。


 ここまで様子が変わってしまうと、何があったか、気になって仕方がない。



 *



「なあ、水嶋、最近どうなんだ?」

「どうって、何が?」

「いや、なんかお前、いやに落ち着いてるな〜と思って」

「落ち着いてる?」

「普通さ、彼女ができたら……こう、もっとデートしたりとかさ、浮ついたりするもんじゃない?」

「浮つく?」

「まあ……その、ほら、あるじゃん……男女の関係に発展していったりとか……お前らってそういうのないの?」


 無い……事故以外では皆無だ。


「無いな……」

「マジかよ!」

「何にもしてないのか?」


 まあ、おっぱいを見たり触ったりはしたけど、男女のそう言うのではない。


「何もしてない……」

「えっ! 何でだよ!」


 ……なんでだろ。


「したいとは、思うよな?」


 したい……したいってキスとかえちえちな事だよな。

 したいとは思うけど。


「何その反応! もしかしてしたいとも思ってないわけ?」

「いや……そんなわけじゃないんだけど」


 あれ……答えが見えない。


「もしかして水嶋って、彼女を性的な欲望の吐口として見るのに抵抗があるタイプだったりする」


 性的欲望の吐口って……言い方はあれだけど、むしろ彼女以外にしちやダメだと思っているタイプだと信じたい。


「……そんな事はない」

「だったら、なんで!」


 新井はかなりエキサイトしていた。


「なあ、したくないのか——初体験」


 初体験。


 したくないハズがない。

 勿論したい。

 綾辻と付き合う前は、彼女を作って童貞卒業なんて夢見てたぐらいだ。

 

 もしかして今の生活が、あまりにも現実味がなくて、俺はまだ夢だとでも思っているのだろうか。


 ——新井にあんな事を言われたもんだから、俺は妙に綾辻あやつじを意識し始めた。


 沙耶でも亜美先輩でもなく、綾辻をだ。


 これは俺が、綾辻の事を彼女として、心の中では認めているからなのだろうか。


 だけどその意識と反比例して、俺は綾辻と少し距離を取るようになった。


 本当に、距離を取りたい訳じゃない。

 

 綾辻の事を意識して、まともに話せなくなってしまったからだ。

 

 そんなある日の深夜に、綾辻が俺の部屋を訪ねてきた。


「ちょっと話したいんだけど、いい?」

「うん、いいよ」


 話したいなんて言いながら部屋に入ってきておいて、綾辻はベッドに座り、うつむいたまま何も話さなかった。


 しかし、こうやって綾辻がこの部屋にいるのも随分久しぶりな気がする。


「…………」


 沈黙はしばらく続いた。


 体感でおそらく十分は過ぎていると思う。

 俺はただ……綾辻の言葉を待った。

 例の件で意識し過ぎて、口をひらけば、くだらない問いかけをしそうだったからだ。


 そして長い沈黙の後、綾辻は、ようやく重い口を開いた。


「ねえ、あなた最近私のこと避けていない?」


 バレてたか。


 だけど。


「そんなことはないけど」


 理由が理由だけに誤魔化した。

 だっていくらなんでも、お前のことを性的欲求の吐口として意識し過ぎて、まともに見られなくなったとは言えないだろう。


「……理由をきかせて?」


 だけど綾辻あやつじには通用しなかった。

 何度も言うが、この理由は本人を前にして言えるわけない。


「本当だって、なにもないって」

 

 まともに顔を見ることすらできなかった。

 

「そう……ならいいわ」


 そう言い残し綾辻は、部屋を出て行った。

 そして俺は、この日のことを、激しく後悔する事になるのだった。

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