第18話 最低な俺

「水嶋くん! 水嶋くん、起きて!」


 翌朝、慌てた様子で亜美先輩が俺を起こしにきた。


「どうしたんですか?」

綾辻あやつじさんが、いないの」


 え……。


「マジですか!?」

「こんなこと、冗談で言えないわよ、朝起きたら綾辻さんがいなかったのよ」


 綾辻が……コンビニにいってるとかはないか?


「先輩、荷物は?」

「キャリーバッグも無いのよ!」


 え……もしかして。


「出て行っちゃったのかも……」


 出て行った? 綾辻がなんで?


 って、馬鹿か俺は……明らかに昨日のことが、いや、最近の俺の態度が原因だろう。


「先輩、俺、先に学校に行きます!」


 ——俺は手早く身支度を整え、学校へ向かった。


 綾辻あやつじ……きっと避けられたと思ったに違いない。

 まあ、実際、はたから見れば、避けるような感じだった自覚もある。


 つーか、避けられてると思って出ていくって事は、あいつは本気で俺の事を。


 でも……流石にいえないじゃん。

 今の俺はお前の事をエロい目でしか見てないなんて。


 ——でも言わなかった結果がこれだ。


 じゃぁ、言えば良かったのか?

 言っても結果は同じだったんじゃないのか?


 違うな……思春期の男の子が彼女の事をエロい目で見るってのむしろ正常だ。

 だから同じじゃない。

 それに、生ゴミを見るような目で見られることになったとしても、出ていく事はなかったはずだ。


 俺は……馬鹿だ。


 俺がエロいことなんて隠したところで、バレバレだろうに……なんで格好つけるようなことしたんだ。


 俺は昨晩の行いを激しく後悔した。



 *



 ——学校にも綾辻はいなかった。


 くっ……こうなたらしらみつぶしに探すしか。


 でも、どこを探すんだ?

 あいつが立ち寄りそうな場所とか俺は知ってるのか?


 よくよく考えたら俺はあいつの事を何もしらない。我が校の高嶺の花で、可愛くて、頭がよくて、皆の人気者で、別に彼氏でなくても、あいつの事を知っているやつなら誰でも知っているような事しかしらない。


 ちょっと待てよ、俺ってもしかして——最低なんじゃないか?


 一緒に住んでいて、1日とはいえ、同じ部屋で夜を過ごして、何度も同じ食卓を囲んだ……でも、俺はあいつの事を何も知らない。


 俺は——本当にエロい目であいつを見ていただけじゃないか。


 居ても立っても居られなかった。

 俺は、もう一度学校を出て綾辻を探そうとしたが。


「おい、水嶋どこにいくんだ?」

「ちょっと、忘れ物を取りに」


 教師に呼び止められ。


「今からじゃ、間に合わんだろ。何を忘れたか知らんが、教室にもどれ」

「……分かりました」


 それすら出来なかった。


 最低な上、現状を変える勇気さえ俺にはなかった。


 きっとドラマの主人公なら、教師の静止を振り切り彼女を探しに学校を飛び出したのだろう。


 だけど……俺は、そんな事すら綾辻あやつじにしてやれなかった。


 教室に戻り少しすると、沙耶が登校してきた。


「学校にも来てなかったんだ」


 先輩に事情を聞いたのか。


「うん……」

「そっか……」


 表情を見るに、沙耶の方も何もつかめていないって感じだ。


「まだ、学校に来ないって決まったわけじゃないし……とりあえず、待とう?」

「そうだな……」


 まだその可能性はある。

 だけど、俺は酷く苛立っていた。


「おっす、水嶋」

「ああ」

「あれ? なんか元気ない? 綾辻に振られちゃった?」


 俺はこの新井の言った冗談ですら、受け止めることが出来なかった。


「お前のせいだろ!」


 最低なことに、俺は新井にの胸ぐらを掴み、やり場のない苛立ちをぶつけてしまった。


「ちょっとやめなよ! おみくん!」


 だけど、新井はそんな最低な俺を。


「いいぜ、話しならいくらでも聞いてやる。親友だからな——そんかわり本気で話せよ」


 親友扱いしてくれた。


 ——俺たちは場所を変えて話した。

 まあ、相手が男の新井だし、亜美先輩や沙耶にも相談できないような事も、相談できた。


「なるほどな……そりゃ、間接的に俺が悪いかもしれないな」

「いや……新井は全然悪くない、正直に話せなかった俺が悪いんだ」

「いや、それは話せんべ! それは俺でも言えんわ」


 ……仲間がいてよかった。


「でも、拗れてしまったんならそうは言ってられないな……ちょっと……いや、かなり勇気が必要だけど言わないとな」

「ああ、会えたなら必ず言うよ」

「綾辻な……あいつ謎のベールに包まれてるからな」

「え……そうなの?」

「何だお前、彼氏のくせに知らないのかよ」


 ああ……胸にグサグサくる。


「あいつさ、誰とでも話してるけど、誰ともつるんでないんだよ。だから、綾辻の情報を集めるのは苦労すると思うぜ」

「そうか……」


 だめだ、やっぱりじっとしてられない。


「なあ新井、一つ頼めるか?」

「なんだよ?」

「俺、やっぱ、あいつのこと探してくるわ。だから、あいつが学校に来たら連絡くれよ」

「なんだよ、そんなことか、任せとけ親友!」


 ——綾辻あやつじの言った『ズル休みはダメ』よって言葉が頭に浮かんだけど、俺は学校を抜け出し、家に向かった。


 何か手がかりが残っているかもしれないし、制服のまま探しに出かけて、補導でもされたら面倒だからだ。


 そして、急いで家に戻ると。

 手がかりどころか——


「あら、早かったのね」


 ——綾辻が居た。


「り……里依紗りいさ!」


 俺は、その場に、泣き崩れた。


「ちょっ……ちょっと弘臣ひろおみ?」


 そして、心配そうに近寄ってきた綾辻あやつじに、俺は抱きついた。


 綾辻あやつじは、そんな俺の頭を優しく撫でてくれた。


 ……まあ、すでにお分かりだと思うが。

 抱きついたら偶然に、俺は綾辻のおっぱいに顔を埋めていた。


 綾辻あやつじと会えなかった時間は、ほんの1、2時間だ。


 でも、この1、2時間は、人生で最低の1、2時間だった。


 離れてみて分かった。


 俺にとって、綾辻あやつじが大切な人になりつつある事を。



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