第2話 交際と同棲

 色んなことを有耶無耶にして、綾辻あやつじは、強引に俺の部屋に上がり込んだ。


「思ったよりも綺麗にしてるのね」

「ああ……散らかっているのは落ち着かないからな」

「見かけによらず、綺麗好きなのね」

「見かけによらずって……いったいお前の目には、俺はどういうふうに映ってるんだ?」

「……それを、私に言わせないでね」


 哀れみの目を向けられた。


「くっ……」


 ……だが、そんな事よりも、まずは聞かなければならないだろう。


 例え聞くに耐えない、くだらない理由だったとしても、俺にはそれを知る権利がある。


 ……何故、俺に告ったのか。

 ……そして——頑張ったら俺でも入れそうな、その巨大なキャリーバッグのことを。


「なあ、綾辻……何故、俺なんだ?」

「何故って……告白のこと?」

「ああ、告白のことだ」


 含みのある笑みを浮かべる、綾辻。

 なんだかそれが妙に大人っぽくて、ぞくっとしてしまう。


水嶋みずしまくん、落ち着いて聞いてね……」

 

 言われるまでもなく落ち着いている。

 ……こんな異常事態だというのに、不思議なぐらいに。

 

「うちのクラスで一人暮らしをしてるのが、水嶋くんしかいなかったからよ」


 ……え。


「……それだけ?」

「……それだけよ」

「…………」


 まじか————————————っ!


 ——本当に聞くに耐えない、くだらない理由だった。

 俺は、家目的で……告白されたのか。

 ……ということは、そのキャリーバッグの中身はやっぱり。


「ところで水嶋くん。告白の返事を、私はまだ聞いていないのだけれど」


 えぇぇ……今の告白の理由で返事を聞けるとか、どんな鉄のメンタルなんだよ。

 

「つーかさ……綾辻は、俺のこと好きじゃないんだろ?」

「それは重要な事じゃないわ」


 ……うそん!?

 俺にとっては、とても重要な事なんだけどっ!


「そんな事より……あなたが私を好きかどうかの方が、重要な事ではないかしら?」


 俺にとって重要なことを、そんなことって言っちゃった!?


 まあ、それはそれとして……見事に問題をすり替えられた。

 これがスクールカースト上位のコミュ力ってやつか……恐ろしい。


「綾辻……お前、俺にさ……キモいとか好きじゃないとか散々酷いこと言っといてさ、好かれてる自信なんてあるの?」


 ……自分で聞いといてなんだけど、綾辻ならなんの悪びれもなく『あるわよ』とかあっさり言ってのけると思っていた。


 だが——


「それを私に言わせて……水嶋くんは、どうするつもり?」


 綾辻の答えは俺の予想斜め上を行き、質問に質問で返された。


「さあ、どうなの水嶋くん?」


 おかしい……俺が質問していたはずなのに、いつの間にか、立場が逆転している。


 そして、そんな俺の耳元で、綾辻は吐息まじりに囁いた。


弘臣ひろおみくん……私のことが好きじゃないの?」

 

 そして、軽く息を吹きかけられた。


「ひゃっ……!」


 不意をつかれたこと、下の名前で呼ばれたこと、耳元で囁かれたこと、息を吹きかけられたこと。


 完全に腰砕けになってしまった。


「どうしたの? そんなに顔を赤くして」

「ど、ど、ど、どうしたも、こうしたもねーよっ……何すんだよ!?」


 そんな俺に綾辻は。


「嫌……だった?」


 頬を赤らめ、猫撫で声プラス、上目遣いで追い討ちをかける。


 ……さっきはこれで、上手く丸め込まれてしまったが、そう何度も同じ手に引っ掛かるほど、俺もお人好しじゃ……!?


「…………」


 いや……違う。

 さっきと同じなんかじゃない。


 綾辻はなんと……ブラウスのボタンを一つ外し、俺にEカップはあろうという、豊満な胸の谷間を強調してきたのだ。


 こっ……これが色仕掛けというやつか。


 この状況でノーと言える強者が、この世の中に存在するのだろうか。


 ……答えは否だ。


 まあ、仮にいたとしても、俺にこの状況を、打破する力はなかった。


「嫌じゃないです……」

「そう……じゃぁ、好きなのね?」


 好き!?

 好きって、綾辻のことだよね。


 俺が返事をためらっていると、綾辻は首に手を回し……抱きついてきた。


「好き……だよね?」


 な……なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!


 猫撫で声、上目遣い、そして少し潤んだ瞳……極め付けは——胸の感触。


「……はい」


 俺に、綾辻にあらがすべはなかった。


「じゃぁ、水嶋くん今日からよろしくね」

「はい……って、えええっ!」

「何? どうしたの?」

「よろしくって……なにすんだよ」

「何するって……あなたは今、私の愛の告白を受け入れたわけでしょ……となると、交際以外に何があるっていうの?」


 こ……交際。

 俺と、綾辻が付き合うってことだよな。


「だから今日から、私もここで住むわ」


 へっ……。


 今、綾辻なんて言った?


「綾辻……それはどう言うことだ?」

「今、この時から私と水嶋くんは恋人同士よ……そして水嶋くんは一人暮らし。一緒に住むのに何か問題でもある?」


 ……問題があるっていうか。


 ぶっちゃけ、問題があるとかないとかいうより……わけが分からないが正解だ。


 それに、抱きつかれたままで、息がかかるほどの超至近距離での会話。思考停止寸前だ。


 そんな俺を綾辻は、グイっと抱き寄せ。


弘臣ひろおみくん……よろしくね」


 また、耳元でそう囁いた。


 俺には「……はい」と答えるしかできなかった。


 高校2年の春のある日、俺こと水嶋 弘臣は、有耶無耶のうちに彼女ができて——同棲することになった。


 どうやらこれが、唯一確かな事実らしい。


 そして俺は……押しにめっちゃ弱かった。


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