通学路で高嶺の花に告られて同棲することになって幼馴染に話したら、とんでもない事になってしまった件

逢坂こひる

第1話 恋のはじまりはいつも突然

 ある日の朝、いつもの通学路で俺は、我が校の高嶺の花、綾辻あやつじ 里依紗りいさに。


水嶋みずしまくん。私と付き合ってください」


 告られた。


「……へ」


 なんの脈絡もなく告られた。

 綾辻とは同じクラスだけど、挨拶すら交わしたことがない。

 むしろ綾辻が俺の名前を知っていたことに、驚いているというのが本音だ。


 綾辻は可愛くて、成績も優秀で、面倒見もよくて、クラスのみんなから慕われていて、教師たちからの評判もいい。


 俺とは比べるべくもない、スクールカースト、最上位の存在だ。


 そんな、綾辻が……なんで。


「い……いきなりだね」

「……ええ、恋のはじまりはいつも突然に訪れるものなのよ」


 黒く長い髪をかき上げ、ドラマでも言わなさそうなセリフを、恥ずかし気もなく言ってのける綾辻。


「じゃぁ……俺と恋が始まっちゃうってことか?」

「そう言うことよ」


 ま……マジか!? 

 俺と綾辻の間に恋が始まっちゃうんだ!?


「じゃぁ……部屋に連れ込んで、あんなことやこんなことをしても問題ないってこと?」

「それは問題あるわね……だって私、まだあなたのことが、1ミクロンも好きじゃないもの」


 ん? ん? ん?


 この人、告っといて俺のこと好きじゃないって言ったよね?

 しかも1ミクロンも好きじゃないって……むしろディスってるよね?


 まあ、百歩譲って『あんなことやこんなこと』をするのに問題があるって言うのは分かる。

 ぶっちゃけ、マトモに会話するのなんて初めてだし。


 だけどさ……告白しといてさ……。

 1ミクロンも好きじゃないってさ……。

 どう言うことやね————————ん!


「…………」


 ……まあ、落ち着け俺。

 とにかくだ。

 とにかく理由を聞こう。


「……綾辻……一体それは、なんの冗談だ?」

「冗談なんて、1ミクロンも言っていないのだけれど?」


 また1ミクロン。

 ……頭がおかしくなりそうだ。

 

 つーか……綾辻は可愛くて勉強もできて、周りからの評判も抜群だけど……ちょっと、イタイ子だったのか。

 ……いくら可愛くたって、これ以上訳の分からないことに付き合わされるのは流石に勘弁だ。


「じゃぁ、遅れるから、俺、学校行くわ」


 俺は、この不可思議な綾辻の告白をスルーしようとしたが。


「待って、水嶋くん——まだ答えを聞いていないわ」


 綾辻は俺の腕を掴み、強引に引き止めた。


 ……答えだと?


 好きじゃないってはっきり言われて、答えを聞かせてくれって綾辻のやつ……本格的に頭がイカれてるんじゃないか?


「いや、答えも何も、お前自身がもう答え持ってんじゃん!」


 流石にちょっとイラついたので、語気を強めて言ってやった。


 ……すると。


「……あ、綾辻!?」


 綾辻はいきなり泣き出してしまった。

 

 ……なんで?

 俺が泣かせたの?


「綾辻……なんで泣いてんだ?」

「酷いわ……それを私に言わせるの?」


 わけ分かんねぇ——————って!


 ……俺、なんか酷いことした?


 むしろ俺の方が酷いことされてるよね?


 唐突に告白されて、好きじゃないってカミングアウトされて……これって、いくら俺がDTどぅてぃーだからって、しちゃいけないことだよね?

 ……こんなからかい方、人の道に反してるよね?


「……振られてしまって、悲しくない女なんているのかしら」


 振ってね——————————っし!

 言わせるのとか言っときながら、自分で言っちゃってるしっ!

 すっかり泣き止んじゃってるしっ!


 ……つーか、マジどうしよう。

 綾辻と話せたのは嬉しいけど、この異次元から早く抜け出したい。

 一刻も早くこの状態異常から回復したい。


「とりあえず、水嶋くんの部屋で落ち着いて、ゆっくり話でもしましょうか?」


 いや……こいつ、マジ何言ってんだ。

 つーか……なんで、俺の部屋なんだ。


「さあ、行きましょう」


 綾辻は強引に俺の手を取り、俺の家に向かおうとした。


「ちょっと待て……なんだそれは?」


 綾辻は右手で俺の手を引っ張り、左手では——とても大きなキャリーバッグを引っ張っていた。


「通学用のカバンだけど?」

「んなわけあるか————————いっ!」


 思わず声を上げて突っ込んでしまった。


 もしかして……この状況。


「なあ、綾辻……お前、もしかして家出してきたのか?」

「何のことかしら?」

「何のことかしらじゃねーよっ!」

「分かったわ……とりあえず水嶋くんの家で話しましょう」

「いや、だからっ!」


 上目遣いで頬を赤らめ、猫撫で声で。


「嫌……なの?」


 ……なんて言われて。


「嫌……」


 ……だなんて。


「嫌なわけないだろ!」


 言えるわけがなかった。

 

「ありがとう、水嶋くん。1ミクロンだけ、あなたのことを好きになったかもしれないわ」


 とびっきりの笑顔で綾辻はそう言った。


「おっ……おう」


 やべぇ……やっぱこいつ可愛い。


 恋のはじまりはいつも突然に訪れるか……俺は何故かこの時、綾辻の言ったセリフを思い返し、一人ニヤついていた。


 ……そんな俺を見て綾辻は言った。


「それ、キモいからやめた方がいいわよ」


 恋なんて絶対に始まらない。

 俺は1ミクロンも信じて疑わなかった。

 

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