第7話 お前が言う?

「どう言う事なの……説明してくれる——おみくん」

「…………」


 ……どう言うことって。


 なんとか平静を保ってくれている沙耶さやだけど、ここの受け答えを間違えると、不味いことになりそうだ。

 まあ、今より不味い状況なんて、あるのかどうかは置いといて。


「…………」


 そんな恐ろしいことを考えるよりも、まず、今の状況を整理しよう。


 とりあえず、修羅場ってる。


 ……これは、誰がどう見ても間違いない、紛れもない事実だ。


 では……何故、修羅場ってる?


 俺と綾辻あやつじが一緒に暮らすことに、沙耶さやが腹を立ててるからだ。

 綾辻あやつじの方はというと……案外冷静というか……いや、こいつはただの火種だ。


 つまり、まずこの場を収めるには、沙耶さやを鎮火し、綾辻あやつじにこれ以上着火させないことだ。


 よし……もう少し、掘り下げて考えよう。


 そもそも……沙耶さやは何故怒ってるんだ?

 沙耶さやは幼馴染ではあるが、今までに色恋の関係になったことは、一度もないし、当然、今もそのような関係にない。それなら別に俺が、他の女の子と一緒に暮らそうと、関係なくないか?


 なのに沙耶は怒っている。


 ……ということは……も、もしかして——沙耶さやは俺のことが好きなのか?


「…………」


 ない、ない、ない、ない……それは絶対ないわ。

 

 沙耶さや綾辻あやつじと同じく、スクールカーストの上位存在だし、可愛いし、スタイルも抜群だし、モテるし、女子からも人気あるし、胸が大きいし、胸は大きいし、胸も大きいし、俺を好きになる理由なんて何ひとつない。


 本当に俺は、綾辻あやつじの言う通り、自意識過剰だな。


「何、黙ってるのよ」

「いや……それは」

「それは何っ!」


 俺がモゴモゴしていると。


「今朝も話したでしょ……それは、今日、私が弘臣ひろおみに告白して、それを彼が受け入れてくれたからよ」


 綾辻が代わりに答えた。

 

『うぐぐっ……』となる沙耶さやに綾辻は続けた。


「ねえ広瀬ひろせさん、あなたもしかして——弘臣ひろおみの事が好きなの?」

「…………」


 はぁ——————————っ!

 何、言っちゃってんのこいつ!

 沙耶が俺の事を好きだなんて……そんな事あるはずないだろっ!


 だけど沙耶は……綾辻の質問には答えず、顔を真っ赤にして、俺の方をただ、じぃーっと見ている。


 えっ……まさか本当なの?

 沙耶……もしかして、俺の事が好きなの?


「そ、そ、そ、そ、そ、そ……そんな事あるわけないじゃん! なんで私がおみくんなんかの事、好きにならなきゃならないのっ!」


 ……うん……知ってた。

 でも、そこまで否定しなくても。


「そう……なら、私たちのやる事に目くじらを立てるのは何故かしら?」

「そ、それは……」


 言葉に詰まる沙耶に、追い討ちをかける綾辻。


「まさか、幼馴染だからとは……言わないわよね?」


 だけど沙耶は、その綾辻の言葉に反応して。

 

「幼馴染……そうっ! 私はおみくんの幼馴染として、臣くんが、間違った方向に行かないように見届ける義務があるのよっ!」


 とんでも理論をぶちまけた。

 な……なんだそりゃ。


 そして沙耶は続けた。


「て……ていうかっ! 綾辻あやつじさん、おみくんの何処が好きになったのよっ!」

「好きなところなんてないわ」


 綾辻は即答した。

 ……少しは迷えよ。


「え……じゃ、なんで告白なんてしたの?」

「一緒に住むためよ」

「へ……」


 呆気にとられる沙耶。

 俺も今朝はそうだった。気持ちはよく分かるぞ。


「じ、じゃぁ……綾辻あやつじさんは、好きでもない人と一緒に住むっていうの?」

「何を言ってるの広瀬さん、私は弘臣ひろおみのことが1ミクロンだけ好きよ?」


 頭を抱え込む沙耶さや

 今朝の俺と同じように異次元に迷い込んだようだ。


 そして沙耶は。


「……認めない……私は絶対に認めないから!」

「何を認めないのかしら?」

「全部よっ! 一緒に住むために告白したのなんて間違ってるし、1ミクロンしか好きじゃない人と一緒に住むなんて間違ってる! 私は絶対認めない! あんたたちが付き合う事も認めない!」


 ブチ切れた。


 でも、綾辻は冷静に返した。


「それを決めるのは、あなたじゃないわ……弘臣ひろおみよ……そして弘臣は、私と住むって決めたの——この意味が分かる?」


 決めたと言うか……決められたと言うか。


「本当なの、おみくん!」


 キッっと俺を睨みつける沙耶。


 綾辻のやり方はどうあれ、俺が綾辻の要求に「はい」と答えたのは事実だ。


 だから。


「ああ……本当だ」


 ここは、正直に答えた。


「……分かった」


 沙耶は、意気消沈し、肩を落とし、そのまま俺の家を後にした。俺は、それを黙って見送った。


 とりあえず、修羅場からは脱却した。


 だけど——

 ……なんだろう、このモヤっとした気持ち。


「追いかけなくていいの?」


 お前が言う?


「ああ、いいんだ」


 追いかけたところで、あいつが何で怒っているのか分からない、余計に拗れてしまうだけだ。


「案外冷たいのね」


 お前が言う?


「…………」


 色々言いたかったけど言葉を飲んだ。


「ねえ弘臣ひろおみ

「……なんだ?」

「あなたも、彼女も、ひとつ誤解しているみたいだから訂正しておくわ」

「……訂正?」


 ……なんだろう。


「私は、あなたを『好き』なんて言葉で括りたくないの」


 恋のはじまりは、いつも突然だと綾辻は言った。


「……だって私はあなたを」




 今、この瞬間——






「愛しているもの」





 俺たちの恋の物語がはじまった気がした。





  

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