第6話 第2ラウンド

 今日の部活は……天国だった。

 

 元々人が少ない部活だけど。


「……今日は皆んな休みみたいだね、水嶋みずしまくんの練習見てあげるよ」


 俺たち以外の部員が休み、亜美あみ先輩と2人っきりの、特別個人レッスンになったからだ。


 ……それに今日の亜美先輩は、いつもより倍増しで優しかった。いつもは口頭プラス模範演奏の指導だけど。


「あっ、水嶋くんここはね、薬指をこうやって押さえないと次の小節に繋がらないよ」


 今日は手取り足取りではないが、俺の指をとり、スキンシップ混じりに懇切丁寧に教えてくれた。

 

 そればかりか。


「右手の使い方も、ちょっと見ててくれる?」


 背後から俺に覆いかぶさり、二人羽織のような格好で、手本まで見せてくれるという熱の入りようだった。


 —しかし、それと習熟効果は反比例した。


「こらこら、もっと集中しないとダメだよ?」


 そんなこと言われても……亜美先輩みたいな美少女に指を取られると、緊張で手汗をかきそうになるし、覆いかぶさられると息もかかるし、いい匂いだし、背中に胸の感触もあるし。


 とても集中なんて出来る状態ではなかった。


 ……俺の頭の中を支配したのはギターのことではなく、亜美先輩のいい匂いと、すべすべの肌の温もりと、背中伝わる柔らかい感触だった。

 俺の向上心は何処かへお出かけしてしまったらしい。


 ……まあでも、今日の俺には、これぐらいの役得はあってもバチは当たらないだろう。


 何せこの後の俺には——修羅場の第二ラウンドが待ち受けているのだから。



 *



 部活が終わり教室へ戻ると、綾辻あやつじ沙耶さやが談笑していた。


 ——不幸中の幸いだ。


 2人が仲良くやってくれているのなら、そこまで酷いことにはならないだろう。


「そっか綾辻あやつじさん、おみくんとはの付き合いなんだね、私はなんやかんやの頃からの付き合いだよ」

「そう……広瀬ひろせさんは、そんな頃から弘臣ひろおみとの付き合いがありながら、なんのもなかったのね」


 ……全然違った。


「私は、綾辻あやつじさんの知らないおみくんをいっぱい知ってるよ!」

「私はこれから広瀬さんの知らない弘臣ひろおみを、沢山知っていくことになるわ」


 満面の笑顔でバチバチしてる……女って……怖えぇ。


「あの……部活終わったけど」

「おかえりおみくん!」

「遅かったのね……弘臣ひろおみ


 2人に部活が終わったことを報告すると。


「さあ、帰りましょ」

「さっ! 帰ろっ!」


 綾辻あやつじは俺の左腕にしがみつき、沙耶さやは俺の右腕にしがみついてきた。


「「むっ!」」


 校内でも評判の美少女2人に腕を組まれるなんて、はたから見れば、とても羨ましいシチュエーションなのかもしれない。

 だけど、当の本人からすると——冷や汗しか出ない。


「ねえ広瀬さん……何故あなたが弘臣ひろおみと一緒に帰るのかしら?」

「えっ、私とおみくんはいっつも一緒なんだよ? 知らなかった?」

「そう……今日からは、その役割も私のものになるわ、今までご苦労様。もう帰っていいわよ」

「えーっ何言ってるの? おみくんが私と一緒にいたいのよ?」


 やめて……本当に怖いからやめてっ!


「そうなの弘臣ひろおみ?」

「ねーっおみくん!」


 絶対零度の視線を向けてくる綾辻あやつじと、頬をぷーっと膨らませ眉を八の字にする沙耶さや


 アプローチは全然違うけど、どっちも嫌じゃない……って、何を考えてんだ俺は!


 この場合……なんて答えるのが正解なんだ。


「と……とりあえず、3人で俺ん家にいこうか」


 苦し紛れに言った言葉で2人は、キッっと俺を睨みつけた。

 ……どっちも、怖い。


 だけど。


「まあ、いいわ……こんなところで立ち話もなんだし、家で落ちついて話しましょう」

「そうだね……じっくり話、聞かせてもらうよ」


 ……なんとか合意を得られた。

 

 まあ、学校だし、教室だし、人目が全くないわけでもないし、消去法で助かった感じだ。


 ……だけど、校内にはまだ沢山の生徒が残っていて、否が応にも俺たちは注目を集めた。


 亜美先輩を入れて、我が校3大美少女と言っても過言ではない、綾辻あやつじ沙耶さやを相手に、両手に花をしているのだ。


 男子達から向けられる視線の痛さは、今までに味わったことがないものだった。


 これも……マジ怖い。

 闇討ちされたりしないよな。

 

 ——明日から俺はどうなってしまうのだろうか。

 


 *



 帰り道、会話らしい会話もなく、とりあえず家には無事たどり着けた。


 ……俺はリビングのカウチソファーに座る2人の前に、なんとなく正座した。

 こうする事が正しいように思えたからだ。


「ねえおみくん」

「……はい」

「あのカバンは……なに?」


 沙耶さやが指さしたのは綾辻あやつじのキャリーバッグだった。


「あれは、私の荷物よ」


 俺が答えるより早く、綾辻あやつじが答えた。


「なぜ、綾辻あやつじさんの荷物が、おみくんの部屋にあるの?」

「簡単よ」


 綾辻あやつじが俺と沙耶さやを交互に見つめて、ニヤリと笑う。


 そして、席を立ち、正座する俺の横に寄り添うように座り。


「今日から、弘臣ひろおみと、ここで暮らすからよ」


「…………」


 高らかに宣言した。


「はぁ——————————————っ!」


 ついに爆弾が投下された。

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