第5話 癒しを求めて

 今日の教室は、まるで……針のむしろだ。

 いつもは俺に優しい沙耶さやも、綾辻あやつじの件で物凄く機嫌が悪いし、いつもは空気のように扱ってくれるクラスメイトも、今日ばかりは、俺に害意向けてくる……。


 俺……何もしてないよね?


 綾辻のやつも、あれからは、特に何も話しかけてこないし、もうわけが分からない。


 よし……。


 ——昼休み、俺は癒しを求めて部室を訪ねた。


 俺の部活はクラシックギター部。


 中学の頃に俺とそれほど歳も変わらない、音無おとなし りんという、天使のような美少女の演奏に心を奪われたのがきっかけで、俺はクラシックギターをはじめた。

 それ以来俺は、クラシックギターの音色が、最大の癒しになったのだ。


「失礼します……」

「あら、いらっしゃい水嶋みずしまくん」


 俺を出迎えてくれた彼女は3年の糸井いとい 亜美あみ先輩。

 我がクラシックギター部の部長で、毎日昼練習を続けている。

 ちなみに亜美先輩は、綾辻あやつじ沙耶さやに負けないぐらいの美少女だ。

 

 しかも、非公認だがファンクラブまで存在する。


 もし、美少女ランキングなるものが存在するのなら、間違いなく1位は亜美先輩だと思えるぐらい男子からの人気は絶大だ。


「どうしたの? 何か疲れてない? 何かあった?」

「まあ、色々とありまして……先輩に癒して欲しくて来ちゃいました」


 先輩の演奏で今の俺の心を癒してほしい。


「……え……私に」

「はい」


 つーか、部室が亜美先輩のいい匂いになっていて、なんかこれだけでも癒される。


「……ど、どんな感じで?」


 どんな感じか……俺の心を優しく包み込んでくれるような雰囲気の曲がいいかな。


「俺を……頭の先から全身まで優しく包み込んでくれるような、感じでお願いします」

「優しく包み込むような感じ……」

「はい」

「……分かったわ」


 すると、亜美先輩は何を思ったのか、ギターを抱えず、スタンドに置き、対面して座る俺の前まで歩みをすすめ。


 むにゅっ。


 ぎゅーっと俺の頭を抱きしめてくれた。

 ……今のむにゅって効果音はあれだ。

 亜美先輩の胸に顔を埋めた音だ。

 先輩の胸……めっちゃ柔らかい。

 それに先輩……めっちゃいい匂いだ。

 アロマ効果でもありそうだ。


 全身の力が抜けて、心の奥から癒されて行くのが分かる。


「…………」


 いやいやいや、そんなこと考えてる場合じゃないだろっ!

 これは……何事!?

 なんで、こんなことになってるの?

 なんで先輩に抱きしめられてるの!?


 先輩……もしかして曲じゃなくて……。

 身体で優しく包み込んじゃったって感じ!?


 ……めちゃくちゃドキドキしてきた。

 そして……同じぐらいの速さの、先輩の鼓動の音が聞こえる。


 亜美先輩は、もうしばらく、このまま俺を抱きしめていてくれた。


 そして、静かに元いた場所に戻り、椅子に座った。


「ど……どうだったかな?」


 頬を赤らめ上目遣い気味で感想を聞いてくる亜美先輩。


 なんて答えたらいいの?

 御馳走様?

 最高でした?

 最適解が分からない。


 でも……。


「めっちゃ癒されました」


 今の気持ちを素直に伝えた。


「そう……良かった」

「ありがとうございます……」

「うん……私でよければ、これぐらい……いつでも言ってね?」

「はい……」って……。


 なんですとぉ——————————っ!


 今のをいつでも……?


「…………」


 ダメだ……考えただけで昇天してしまいそうだ。


 演奏で癒されようと思ってここに来たのに、まさかこんな癒され方をしようとは思ってもみなかった。


「あっ、そう言えばね、水嶋くんに嬉しいお知らせがあるよ」


 嬉しい知らせ……嬉しいお知らせならたった今受けましたが。


「……なんですか?」


 なんてことは言えないので一応聞いてみた。


「今年のコンクール……音無 凛さんも出場するらしいよ」

「……え」


 ま……マジか。


「音無さんは海外じゃなかったんですか?」

「なんか、去年から日本に帰って来ているらしいよ」

「本当ですか!」

「うん!」


 や……ヤバい。

 めっちゃ嬉しい。


 ……あの音無さんの演奏をまた目にすることができるなんて。


「水嶋くんも頑張って、ギター練習しないとね」

「え……なんでですか?」

「あれ? コンクールに出ないの? 同じ舞台に上がったら、お話しぐらいできるんじゃない?」


 お……お話し……俺が音無さんと!?


「そ……そんな滅相もない! 俺なんか、客席から見てるだけで幸せですよ!」

「……凄く神格化してるのね」

「そりゃ……初めて見たときは天使かと思いましたからね!」

「……なんか妬けるなぁ……」

「……えっ?」


 今、先輩……妬けるとか言わなかった?


「なんでもないっ! もう昼休み終わるよっ! 教室にもどらないとっ!」


 もう、そんな時間か。

 先輩に抱きしめられていたこともあって、時間が過ぎるのがあっという間だった。


「水嶋くん、また放課後ね」

「はい、また放課後」


 ——放課後という言葉を聞いて、俺は少し憂鬱になった。


 綾辻に、沙耶……。


 まじで、どうしよう。



 *



 ——教室に戻る途中の廊下で、ひとり佇んでいる綾辻が居た。


弘臣ひろおみ……どこへ行ってたのかしら?」


 まさか……俺を待っていたのか?


「……ちょっとな」


 どことは言わず、俺はそのまま綾辻の前を通り過ぎようとした。


 ……すると。


「待って……あなた……女の匂いがするわね」


 腕を掴まれ、止められた。


 そして綾辻は——


「べ……別に、休み時間にどこへ行っても弘臣の勝手だけど……浮気だけは許さないからっ!」


 頬を赤らめ、目を逸らし、俺があいつに抱いているイメージと、まるで違う反応を見せた。


里依紗りいさ……」


 そして綾辻は先に教室に戻った。


 もしかして……デレたのか?


 記念すべき、綾辻、初めてのデレだった。

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