第4話 修羅場
「いつも、うちの
でも、それは少し苦しそうだわ——手を離してあげてくれないかしら?
「あ……ごめん
沙耶は綾辻の求めに応じ、掴んでいた手を離してくれた。
「何あれ? 揉めてるの?」
「なんか、綾辻がうちの弘臣とかいってたけど」
「弘臣って誰?」
「水嶋のことじゃね?」
「あーっ、広瀬が臣くんって呼んでるもんな」
そしてこの
「ねえ臣くん、綾辻さんの、言ってることって本当なの? 本当に綾辻さんに告白されたの?」
『『えぇ————————————っ!?』』
沙耶の不用意な言葉に、クラス中どよめいた。
そりゃ、あの綾辻が、俺みたいなモブ男に告白したなんて話が聞こえてきたら、そうもなるだろう。
「ああ、本当だ……綾辻の言う通りだ」
そして俺がこのことを認めると。
「うそっ! なんで!?」
「なんで綾辻さんが、水嶋なんかに!?」
「嘘だって言ってよ綾辻さん!」
「水嶋になんか弱みでも握られたの!?」
クラスの連中の、綾辻への疑念と、俺へのディスりが止まらなくなった。
そんな中、今度は綾辻が、右手で俺の右側の胸ぐらを掴んだ。
……あれ? 俺なんかした?
「弘臣……
ブレないやつだ……言葉尻は丁寧だけど——下の名前呼びしなかったことに怒っているようだ。
「ごめん里依紗……」
とりあえず……これ以上面倒な事になりたくなかったから素直に謝っておいた。
「分かってくれればいいのよ」
だけど言葉とは裏腹に、胸ぐらは掴んだままだった。そして綾辻は続けた。
「ねえ弘臣、ちゃんと私たちの関係を説明しておいてくるかしら?」
ちゃんと説明……付き合い始めたことを、今この場で話せというのか。
「ちゃんと説明ってなに臣くん? 私にも分かるように話してくれるかな?」
そして今度は沙耶が左手で俺の左側の胸ぐらを掴み、めっちゃ睨んできた。
……何これ……2人の美少女から吊し上げられる図の完成だ。なんか泣きそう。
「なあ、話すからさ……2人とも手を……」
手を離して欲しいとお願いするつもりだったけど、2人からの物凄い圧を感じて、俺は言葉をのんだ。
クラス中が俺たちに注目している。
……この空気の中、綾辻と付き合うことにしたって言わなきゃなんねーのか。
……ハードルが高い。
でも……言わないと終わらないよな。
——俺は覚悟を決めた。
「俺は……里依紗と付き合うことにした」
言った……言ってやった。
……すると。
『『はぁ————————————っ!』』
「何言ってんだテメー?」
「付き合うことにしたとか、偉そうにいってんじゃねーよ!」
「調子にのんなよ水嶋!」
「なんで上からなんだよ!」
クラス中で俺への恨み節が炸裂した。
そして綾辻は胸ぐらから手を離してくれたが、空いた胸ぐらを、今度は沙耶が掴み。
「どう言う事なの? もっと分かるように話してくれるかな?」
息がかかるほどの距離で沙耶に締め上げられた。
沙耶の声は、今までに聞いたことのないような、ドスの効いた声だった。
「だから……今朝、里依紗に告白されて、付き合う事にしたんだよ」
俺は今朝起こったありのままを伝えた。
同棲する事になったのは隠したが、これが全てだ。むしろ付き合わなかったら同棲なんてないわけだし。
「ねえ……臣くんは、綾辻さんの事が好きなの?……」
好き……。
ボソっと沙耶が核心に迫ったが。
予鈴が鳴り……このことは、持ち越しになった。
*
そして次の休み時間……俺は沙耶に手を取られ、教室から連れ出された。
チラリと綾辻の方を見ると、俺の事など視界に入っていない様子で、無表情に、どこか一点を見つめていた。まるで今日の出来事など、なかったかのように。
……だけど沙耶は違った。
さっきの勢いをそのままに。
「どう言う事なの? 私、何がなんだかわからないんだけど?」
また胸ぐらを掴み詰め寄ってきた。
もう……このシャツはダメだ……ヨレヨレだ。
「どう言うことって……さっき話した通りだけど」
「違うわよっ、なんで彼女に告白されたの? 臣くんと綾辻さんって……そんなに仲良かった?」
いや……仲がいい以前に。
「殆ど話したことも、なかったけど……」
「だよね! じゃぁ、なんで付き合うなんて事になってるのよ?」
それは、告白されたからだけど……多分、沙耶が求めてる答えはそれではないよね?
……じゃぁ、色仕掛けに負けたから?
……そんなこと、沙耶に話せるわけないし、それだけじゃないと信じたい。
いあ……まじ……なんでだろ?
俺が、もにょってる間に予鈴が鳴った。
また時間切れだ。
「もういいわっ! 今日帰り臣くん家によるから。その時にゆっくり聞かせて」
帰りに家に寄るですと……。
「いや、それは」
「なによっ、都合でも悪いの?」
今日から綾辻が一緒に暮らすんだ。
めちゃくちゃ都合が悪いに決まってるけど。
「いやぁ……」
はっきりとは言えなかった。
「先に帰らないでよっ!」
「え……あ、うん」
……どうしよう?
優柔不断で押しに弱い自分が恨めしい。
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