第9話 正直に話す大切さ

 なんとも言えない、暑苦しさと、息苦しさで目が覚めた。

 そして……目を開けると、そこには——綾辻あやつじのおっぱいがあった。


 ……どうやら綾辻あやつじは俺を、抱き枕のようにぎゅーっとしているようだ。


 そして、俺の右手は綾辻のおっぱいの下敷きになり、左手はがっつり、お尻を触っていた。


 ……おかしい。


 寝る前はこんな、体勢ではなかった。

 確か俺がベッドで寝て、綾辻あやつじはその下に布団を敷いて寝ていたはずだ。


 ——もしかして、俺がベッドから転げ落ちてこうなったのか?


 ……もしそうだったら、この状況は実にヤバい。


「…………」


 一瞬焦ったが、その心配はないようだ。

 綾辻あやつじに用意した布団のシーツは純白だったが、俺の視界にあるのは、濃い青のシーツ、つまり俺のベッドだということを物語っている。


 これは、あれだ……綾辻がトイレかなんかに行った時に、寝ぼけて俺のベッドにインして抱き枕にしちゃったってやつだろう。


 俗に言う、ラッキースケベ——俺は悪くない。


 つまり、俺はこの状況をいくら堪能しても誰にも怒られる筋合いはないってことだ。


 昨日は綾辻あやつじにも散々振り回されたのだ、俺にも多少の役得はあって然るべきだ。


 昨日は本当に大変だった。

 飯に風呂。


 日常の営みが同棲するだけで、こんなにも大変なモノになるとは、思っても見なかった。


 もしよかったら俺の回想に、少しお付き合い頂ければと思う。



 *



 ——あの後、わりとすぐに夕食の話しになった。


「今日は、私が夕飯を作るわ、冷蔵庫の物使っていいかしら」


 綾辻あやつじの手料理……我が校の高嶺の花の手料理……それを振る舞ってもらえるなんて、冷静に考えたら、これはとんでもなく贅沢なことだよな。


「別に、いいけど……お前、料理できるのか?」

「愚問ね弘臣ひろおみ……私を誰だと思ってるの?」


 ……誰なんだよ。


「私に不可能はないわ」


 ……うん? なんだその、言葉とは裏腹に自信がなさそげな表情は。


「私も作るっ!」


 ……なんで沙耶さやまで。


「あなたはすっこんでなさい」

「やだっ! 私もおみくんに作るもん!」


 すっこんでなさいって……やだな……険悪にならないでほしいな。


「なあ沙耶、俺だけじゃなくてさ、皆んなの夕飯だぞ、ここは里依紗りいさに……」


 ……仲裁に入ろうとしたら。


おみくんは黙ってて」


 すげー睨まれた……怖ええよ沙耶。


「分かったわ、広瀬ひろせさん、ここは公平に勝負をしましょう」


 ……しょ、勝負だと!?


「望むところよっ! 受けてたつ!」


 つーかさ、なんでこんな展開になるの?

 普通に食べようよ。


弘臣ひろおみもそれでいいわね」

「いいよねおみくんっ!」


 あ……圧がすごい。


 俺に拒否権はなかった。


「う……うん」


 そんなわけで、同棲生活初めての食事は、謎に料理対決になった。


 勝負とか言っといて、あいつら勝利条件も決めてないけど……多分俺がジャッジするんだよな。


 ……あぁ、なんか嫌だなぁ〜普通に俺が作るって言えばよかった。


 ——そして、時がたてば立つほど、その思いは強くなる。


「うおぉぉぉぉぉっ! おりゃぁぁぁぁぁぁっ!」


 さっきから沙耶さやはボールで何かをこねくり回している。いったい何を作ってんだ。


「あれっ? 思ってたのと違うわね……何これっ!?」


 不安になる独り言を、ひたすらこぼす綾辻。


 ……明日から家事の担当は俺だな。こんな状況でも前向きに明日を考えられる自分を少し褒めてあげたいとおもった。


 そして——


「できたっ!」「できたわ」

「…………」


 思わず俺は絶句した。


 二人ができたといって、出してくれたのは……丸くて黒い物体と、四角くて馬鹿デカくて黒い物体だった。


 ……な……なんだよこれ。


「食べて食べてっ!」


 黒くて丸い物体を食べろと促す沙耶。


「なあ、沙耶……これは何だ?」

「えーっ、おみくん好きじゃなかった? ハンバーグだよ?」


 ……まじか。


「遠慮なく食べて!」


 屈託のない笑顔で、この危険物を進めてくる沙耶さや


 そんな沙耶さやをみていると……とても断ることなんて出来なかった。


「……いただきます」


 だが……そんな情けは無用だったと気付くのに、そう時間は掛からなかった。


「がはっ……!」


 ……一瞬天国のおばあちゃんに会えた気がした。それほどまでに沙耶のハンバーグは危険だった。


「どう! おみくん美味しい!」


 美味しくはない、決して美味しくはない。むしろ『食べるな危険』レベルだ……だけど。


「こ……個性的な味だったぞ!」


 目一杯、オブラートに包んだ表現に留める俺がいた。


 ——続いて、綾辻あやつじの試食だ。


「う……うまくできなかったけど、食べてもらえると嬉しいわ」


 らしくない、しおらしい態度で黒くて馬鹿デカくて四角い物体をすすめてくる綾辻あやつじ


 いつもの感じで来られると、全力で拒否れるのだけど、こう、しおらしいと……どうにも調子が狂ってしまう。


「……いただきます」


 そして、この黒くて馬鹿デカくて四角い物体の正体は……卵焼きだった。

 表面こそ焦げてて食えたものじゃなかったけど……中は普通に美味しかった。


「ど……どう?」


 とても心配そうな表情で俺を見つめる綾辻あやつじ。ヤバい……可愛い。


「うん……外はちょっと残念な感じだけど、中は普通に美味しかったよ」

「そう……ありがとう」


 一貫して、しおらしい綾辻だった。

 ずっとこうだったら、めっちゃ可愛いのに。

 

「で、どうだったおみくん? どっちの勝ち?」


 まあ、正直にいうと綾辻の勝ちだけど、味はともかく一生懸命つくってくれた、二人の気持ちを考えると勝ち負けは決められなかった。


「まだ、あるんだし……自分たちで食ってみれば?」


 まあ、あの『食べるな危険』を食べれば、お互いで察してくれるだろう。

 

 そう思っていたが。


「わ……私の負けね」

「やりぃーっ!」


 え……なんで、そうなるの?


「こんな、複雑な味……私には作れないわ」

「でしょっ! でしょっ!」


 二人は沙耶さやのハンバーグを絶賛した。


「まだまだあるよ、おみくんも沢山食べてね」

「おっ……おう」


 例え、相手のことを傷つけることになったとしても、時には正直に話すことの大切さを思い知った俺だった。


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