第14話 ゴルァァァァァァっ!

 とりあえず綾辻あやつじ沙耶さやには先に帰ってもらっていて正解だった。

 まあ、それはほんの少し延命できたに過ぎないのだろうけど、ある程度心の準備ができる。

 むしろその時間が恐怖を増長させるって話もあるけど、ここ2日で暴落した俺の評判的危うさを考えると、学校で修羅場を迎えなかっただけでも御の字だ。


 今のところ亜美あみ先輩は上機嫌でいてくれているけど、家に着いて2人が一緒に住んでいることを知ったらどうなるのだろうか。


 このままだと俺……禿げるかもしれない。


 ——そして、俺の家に到着すると……漆黒の超高級外車が停まっていて、めちゃくちゃ怖い顔をしたお方が、大きなキャリーバッグーを携えて待っていた。


 もしかして……亜美先輩のお父様!?


「おう、亜美もってきたぞ」

「あっ、パパありがとう!」


 もしかしなくても、亜美先輩のお父様だった。


「こんなところで、合宿するのか……ウチですりゃいいのに」

「ほら、我が家は少し刺激的だから、彼が困っちゃうかも知れないでしょ」

「彼だぁっ!」


 亜美先輩のお父様にほぼゼロ距離でじっくりと顔を見られた。


「は、は、は、はじめまして! お父様っ!  わた、わたくし水嶋みずしま 弘臣ひろおみと申します! 亜美先輩には部活で大変お世話になっております!」


 とりあえず、自己紹介したが盛大に噛んだ。


「ああ? お父様だ? 誰がいつテメーのお父様になったんだよ?」


 おでこがくっつく距離で、定番のお叱りを受けた。……怖すぎるんですけど。


「それに、何が亜美先輩だ……なに、勝手に名前で呼んでんだゴルァァァァァァっ!」


 その刹那、もの凄い音が鳴り響いて、亜美先輩のお父様は俺の視界から消えた。


「やだなぁパパったら、私が亜美って呼ぶように、言ったのよ」


 亜美先輩のお父様は……巨大キャリーバッグの下敷きになっていた。


「……それにねパパ」

 

 グロッキーなお父様の胸ぐらを掴み、吊し上げる先輩。


「もしかしたら、近々本当のお父様になるかも知れないでしょ?」

 

 超絶笑顔で色んな意味で怖いことを言ってのける先輩。


「わ、悪りぃ……亜美ちゃん」

「分かってくれれば、いいのよ」


 何というタフネス、あんなにこっぴどくやられているのに、ほぼノーダメージ!

 その、頑丈さ……ください。


「じゃぁ、パパはとっとと帰ってくれる」

「……んあ、分かったよ」


 そして、パパは再び俺とゼロ距離まで詰め寄り。


「手出したり、泣かせたりしたら、どうなるか分かってんな?」

「もうっ! パパっ!」

「悪りぃ、悪りぃ」


 最後に俺をひと脅しして帰って行った。


 ぶっちゃけ——ちびってしまうかと思った。


「さあ、行きましょうか」


 超絶笑顔を崩さない亜美先輩。


「……つーか本当にいいんですか先輩?」

「何を今更ジタバタしてるの水嶋くん?」


 そりゃジタバタもする。

 だって、家には2人がいるし……お父様には強烈に釘を刺されたわけだし。


「だって俺、ひとり暮らしですよ……男ですよ!」


 ずいっと距離を詰めてくる亜美先輩。


「水嶋くんを、男にしてあげようか?」

「……え」

「なんてね」


 やばい……心臓が止まるかと思った。


「さ、早く行こ」

「いや……でも、本当に散らかってますし」

「大丈夫よ、別に彼女と幼馴染が出てきても驚かないわよ」


 え……何……もしかして2人の事、知ってんの。


 笑顔のままの亜美先輩。


 まあ、ここまで来たら、どっちでも同じか。

 とりあえず俺は……戻れない道に覚悟を決めた。


 ——そして、ついに。


「……ただいま」

「おかえりおみく……」

「遅かったわね弘……」

「おじゃましま……」


 3人がご対面した。

 皆んな、しばらく固まっていた。


 ……俺はずっとこのまま固まっていたい。


 この沈黙を破ったのは。


「あなたね弘臣ひろおみの浮気相手は」


 綾辻あやつじだった。

 つーか、浮気相手ってなんで。


「浮気相手って、どう言うことかしら?」


 笑顔で受け応えする亜美先輩。

 何だろう……胃がキリキリする。


「あなたの、その匂い……弘臣ひろおみが、ぷんぷん匂わせている女の匂いと同じだわ」

「あっ! 本当だ!」


 昨日、あんなことがあったから……つーか、沙耶さやも思ってたんだ。


「わざわざ乗り込んで来るって……いい度胸ね」


 不適な笑みを浮かべる綾辻……普通に怖ええよ。そしてどんどん胃が痛くなってきた。


「ん……あれ? あなた確か」


 亜美先輩がそんな綾辻あやつじを見て、意味深な言葉を呟いた。


 すると綾辻は、一瞬大きく目を見開いたかと思うと、その目を逸らした。


 うん……2人は知り合いなのか?

 まあ、そうだったとしても、同じ学校なのだ。何の不思議もないけど。


「まあ、いいわ……そう言うことなのね」


 さらに意味深なことを言って、ずかすずかと部屋に上がり込む亜美先輩。


「ちょ、ちょっと、勝手にあがらないでよ」


 沙耶は、そんな亜美先輩を止めようとしたが、綾辻は、先輩をスルーした。

 

 ……綾辻の様子が何かおかしい。

 さっき迄とは、まるでちがう。


「私は、糸井いとい 亜美あみ。水嶋くんとは同じ部活なの」


 亜美先輩は2人に自己紹介をはじめ。


「そして、今日から私もここに住むことになったから……よろしくね!」


 声高らかに同居宣言をした。

 綾辻あやつじの様子がおかしいのは気になったが……これから起こることを考えると——それどころじゃない俺だった。

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