第13話 思い立ったが吉日

「ねえ……彼女が出来たって……どういう事?」


 今までに聞いたことのないような低いトーンで話す亜美あみ先輩。

 俺……なんか気に触るような事言った?


「……昨日、告白されたんです」


 とりあえず、昨日告白された旨を正直に話した。


「き……昨日……」

「……はい」

「……昨日のいつ?」


 なんか亜美先輩……雰囲気がすごく怖い。


「……朝です」

「……朝……じゃぁ、彼女がいるのに、私にあんなことさせたの?」


 あれ……?


「水嶋くんって……案外酷いんだね」


 えっ、えっ、えっ……なんで?

 なんでそんな事になってるの!?


「……ねえ水嶋くん……なんで彼女がいるのに、私にあんな事させたの?」


 あんなことってやっぱ、あれだよね……昨日、先輩が抱擁してくれたやつだよね?


 俺としては……ただ先輩のギターで癒して欲しかっただけだ。

 だけど、結果的に先輩が勘違いしてあんな事になった。それに……紛らわしい言い方をしたつもりもない。


 ……だからって。


『やだなぁ〜あれは先輩が、勝手に勘違いしただけですよ〜』


 なんて口が裂けても言えない。

 ……どうしよう。

 なんて答えよう。


「……いつからなの?」

 

 答えに窮していると、亜美先輩は更に質問を重ねた。


「……昨日です」

「それは、付き合った日でしょ? いつから好きだったの?」


 ……好き。

 それはまだ怪しいが、一応昨日って事になるのかな。


「……それも昨日です」

「……え」


 戸惑いの表情を見せる亜美先輩。


「ちょっと待って……それって、もしかして、告白されてから好きになったってこと?」


 微妙に違うっちゃ違うけど……概ね有ってる。


「……そんな、感じです」


 亜美先輩は、しばらく沈黙した後、ずいっと距離を詰めてきた。


 そして、俺の胸ぐらを掴み。


「水嶋くん! それは愛なの!?」


 物凄い勢いで愛を語り始めた。


「告白されたからって、好きになるのって愛じゃないよね? 愛っていうのは日々の積み重ね中で少しずつ育まれて行くものだよね? 例えばよ? 例えば私と水嶋くんのように、同じ目的を持ってそれに向かって、困難を乗り越える中で、支え合って『あ、私この人好きかも? で、でも……まだ彼の事よく知らないし……一時的に盛り上がっているだけかもしれない』なんて葛藤がありつつも、一緒の時を共有してく中で『違う……一時の盛り上がりなんかじゃない、勘違いなんかじゃない……私はやっぱり……この人のことが好き』ってなって、それでも本当の愛って言うのは『怖い……好きだけど気持ちを伝えるのが怖い』ってなりながらも『ダメ、私、勇気を出して……このままじゃ、何も始まらない』的なのが愛なんじゃないの?」


 小芝居を交えつつ、先輩はご自身の恋愛観を語ってくれた。

 でも、勢いが凄すぎて、何を仰っているのか、正直よく分からなかった。

 ていうか、顔が近すぎて、話を聞くどころでははなかった。

 亜美先輩はまだ、俺の胸ぐらを掴んだままで、息がかかるほどの距離に、その美しいご尊顔がある。

 この状況で、まともに話を聞けるやつがいるのなら見てみたい。


「水嶋くん……」

「……はい」

「あなた、コンクールには出場するのよね」


 なんで、いきなりコンクールの話なんだろう。

 ていうか、亜美先輩の息が届くほどの距離って事は俺の息も届くんだよね?


 ……歯磨きしてくればよかった。


「……はい、一応そのつもりですが」


 なるべく息がかからないように、小さく口を開けて答えた。


「でも、そんな浮ついた心じゃ、音無おとなし りんと同じ舞台には立てないわよ」


 それはそうだろう……そんな事は分かっているけど『もしかして?』って淡い期待を抱いていた俺の胸に、ズンと先輩の言葉がのしかかった。


「……だから決めたわ」


 え……何を?


「今日から合宿よ!」

「……合宿!?」


 なんで、そんな流れになってるの?

 流石に意味が分からないんだけど。


「水嶋くんの浮ついた心を合宿で鍛えて、強い気持ちでコンクールに挑むのよ!」


 とても、もっともらしく聞こえるけれども。


「先輩……合宿って、どこで?」


 やっと亜美先輩は掴んでいた胸ぐらを離してくれた。

 このシャツももうダメだ。ヨレヨレだ。

 二日連続でシャツをダメにしてしまった。


 そして、先輩は俺に指差し。


「水嶋くん、あなたの家よっ!」


 先輩は声高らかに前言した。


「な……なんでですか!?」

「えっ……だって水嶋くん家って防音室があるんでしょ? 24時間、時間を気にせずマンツーマンでレッスンできるでしょ?」


 24時間マンツーマンでレッスン……とても甘美出来な響きだけど。


 ……それはだけは例え先輩の頼みでも聞き届けられない。


「先輩、それはまずいですよ!」

「何が、まずいの?」


 だって……綾辻あやつじ沙耶さやが昨日から一緒に住んでるんだもん。


「いやだって、若い男女が一つ屋根の下で、合宿なんて……なにか間違いでも起こったら」


 盛大なブーメランだ。


「水嶋くんとなら……いいよ」


 え……今、先輩なんって言った?


「違うのっ! そんな雑念を振り払うための合宿なのよ! むしろその方が都合がいいのよっ!」


 なんか……とんでも理論のような気がするんだけど。


「善は急げよ、さっ、行きましょっ」


 え……なんで?

 俺、無理って言ったよね?


「先輩、流石にそれは性急過ぎるのでは?」

「思い立ったが吉日よ!」


 そして先輩はスマホを取り出し、どこかに電話を掛けた。


「あ、パパ、私、今日から部活の合宿するから、今から言う場所に私の荷物持ってきて」


 そして、先輩は俺の住所を伝えていた。

 つーか、なんで俺の住所を空で言えるんだっ!


「頑張ろうねっ! 水嶋くん!」


 引くに引けない状況を作られてしまった。

 ……俺……どうなってしまっちゃうんだろう。


 もう、不安を通り越して、無の境地に到達しそうな俺だった。


  


 ————


 【あとがき】

 

 これは……また修羅場の予感!?

 

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