第11話 いつまでもは待てない

 とまあ、そんな感じで夜はおっぱい尽くしだった。

 そしてそれは今も続いている。

 耳をすませば綾辻あやつじの寝息が聞こえてくる。これは……少しぐらいちょっかいを出してもバレないんじゃないだろうか。


 ……とても悩ましい。


 でも寝ている間に、この状況でそんなことをするのは流石にアウトだろう。

 ……むしろ、もうアウトか。


 そして俺がうんうん悩んでいると。


「おはよう、むっつりさん」


 ついに、綾辻様がお目覚めになられた。


「お……おはよう里依紗りいさ

弘臣ひろおみ……あなたは本当に、おっぱいが好きなのね」


 それは勿論好きだ。

 だけど綾辻あやつじは今の状況を皮肉って言っているのだろう。

 ……とりあえず、弁解だ。


「い……いや、違うぞ、里依紗りいさ……ここはだな、俺のベッドだ、シーツの色をよく見ろ! きっとお前が、寝ぼけてだな」

「寝ぼけてなどいないわ」

「え……」


 ……まさか、自ら入って来たとでもいうのか?


「間違えて、ベッドに入ってきたんじゃないのか?」

「そうよ」


 何ということでしょう!?


「なぜ、こうなったか分からないの?」

「……うん……分からない」


 いや、分かるはずもないだろう。


「愛してると……言ったはずだけど?」


 またそれか……仮にそれが本当だったとしても『あんなことやこんなこと』つまり、今みたいな状況になるのは1ミクロンも好きじゃないから問題があると綾辻はいった。

 ……なのにこの状況だ。


「……信じていないの?」


 信じていないも何も……矛盾してるじゃん。


「なあ里依紗りいさ、色んなことが唐突に起きて、正直分からねーよ……そもそも、俺とお前に、愛を育むような接点はなかっただろ?」


 頬を赤らめ、少しもじもじした様子の綾辻……俺なんか、照れさせるようなこと言ったか?


「愛について、熱弁してくれるのは嬉しいけど……少し、こそばゆいわ」

「あ……」


 俺は、おっぱいに顔を埋めたまま熱弁をふるっていた。


「ごめっ……」


 慌てて離れようとすると、綾辻は「いいのよ」と言い、俺をそのまま抱きしめた。


 なにごと!?


「ねえ、弘臣ひろおみはまだ、なぜ私がここにきたかわかないの?」


 え……質問の意図すら分からない。


「私は約束を守ったわ……次はあなたの番よ」


 約束……約束ってなんだ?


「ちょっと待て、約束ってなんだよ……それにあなたの番って」

弘臣ひろおみ……それを私に言わせないで、さすがにそれは悲しすぎるわ」


 いつものような、皮肉まじりの感じではなかった。

 その証拠に——綾辻あやつじの声は震えていた。


「私はあなたが思い出すまで待っているわ……でも、これだけは忘れないでね、いつまでもは待てないから」


 な……何だっていうんだよ。

 いつまでもは待てないって、この関係は有限ってことなのか?


 しかし……綾辻の言っていることが本当なら、一連の行動は、俺との約束の結果ということだ。


 一体いつ、どこで、どんな約束をしたっていうんだ?


 ……ダメだ……思い出せない。


 でも……たった1日の付き合いだけど分かる。

 綾辻あやつじはこのことについては嘘は言っていない。



 *



「それはそれとして、昨日のあれはどういうこと?」


 綾辻あやつじは俺を突き放し、キッっと睨みつけた。

 

「えっ……あれって何のことだ?」

「私が知らないとでも、思っているの?」


 まさか……バレてたのか。


「私は、何度も言ったわよね? 浮気は許さないって……なのになぜ広瀬ひろせさんと、一緒にお風呂に入っていたのかしら?」


 や……やっぱり。


「違うぞ、里依紗りいさ! あれは違うんだ!」

「何が違うのかしら?」


 違わない……確かに違わないけど、沙耶さやの奴が勝手に入って来たのだ。俺から防ぐ手立てはなかった。


「どうせあなたの事だから『背中ながすよ』なんて言いながら強引にお風呂に入って来たあの子に『昔はこうやってよく一緒にはいったね〜』なんて言われて鼻の下でも伸ばしていたのでしょ」


 なんだろう……綾辻あやつじとまともに話したのはたった1日だけど、俺たちのことをよく分かってらっしゃる。ていうか、さっきの話からすると過去に出会っていた可能性はあるのか。


「昔、弘臣ひろおみと一緒にお風呂に入っていたのは、あの子だけじゃないのにね」


 え……今のはどういう意味だ?


「さて、起きましょ……早く用意しないと遅刻するわよ」

「ああ、うん」


 綾辻あやつじに言いくるめられるようなかたちで付き合って、この同棲生活がはじまった。


 冷静に考えたら、いくら綾辻あやつじが可愛いからって、俺の決断はどうかしている。


 ……それは綾辻あやつじも同じだと思っていた。


 だけど……綾辻あやつじは違う。

 俺はもっと綾辻あやつじのことを知らなければならない。

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