第9話 貧乏人だろうと大富豪だろうと

「電源、入れるぞ。……よし」


 かすかな駆動音。起きあがる身体、開く瞳。


 エンジンが稼働し、オーソルが起動し、〈キャロル〉に、息吹が戻った。


「調子は? お嬢さん」


「……たいへん、いいようです。あなたは?」


「アカシ。〈クレイフィザ〉の技術者だ」


「お世話になりました。有難うございます」


「だいぶ、丁寧なトーキングだな。そのおやっさんの仕事か?」


「うん、そう」


「トークレベルは?」


 アカシはステファンにとも〈キャロル〉にともつかず尋ねた。


「もともとは、3」


 答えたのは彼女のマスターだった。


「でもこの前、3の設定のままで限りなく4に近くしてもらったんだ」


「それも同じおやっさんに?」


「そう」


「へえ」


 アカシは口の端を上げた。


「いい人そうじゃないか。うちにくるより、そっち追っかけた方がいいんじゃないか?」


「考えたけど、遠いんだよな」


 面倒臭いとステファンは言った。


「それに、ほかを知っておくのも悪いことじゃないだろ。それでやっぱり〈ミルキーウェイ〉やいつものおっさんの方がいいと判るんならさ」


「『ほか』代表で〈クレイフィザ〉か。責任重大だったんだな」


 アカシは肩をすくめた。


「聞いてたら、何か違うことやったのか?」


「いいや。初めての客だろうと常連だろうと、貧乏人だろうと大富豪だろうと、ロイドにやるこた同じだよ」


「へえ」


 今度はステファンが言った。


「誠実なのかサービス精神が足りないのか、よく判らないな」


「どうなのかね」


 アカシは笑った。


「だいたい、余所へ行った方がいいんじゃないかなんて、客を逃してもいいのか?」


「よかないけどな。うちも……」


 何か言いかけたアカシだが、言葉をとめると手を振った。


「いや、何でもない」


 何やら中途半端な彼の物言いに、ステファンのみならずトールも首をひねったが、アカシは何でもないと繰り返した。


「そうだ、ライオットにも訊いたんだけど、アカシにも質問」


 片手を上げるとステファンは、またしても「何故ここの店主はトーキングロイドを作らないのか」という問いを発した。アカシもまずは「注文次第だから」と答えたが、そのあとでつけ加えた。


「確かにマスターは、勧めないかもな」


「だから、何で?」


「女のお喋りは、かしましいだろ」


 軽くウィンクして彼は言った。ステファンは笑った。


「そんなの、プログラム次第だろうに」


「まあ、その通りだけどな。ブロウ氏に訊いてみたらどうだ?」


「ブロウが、何だって?」


「リズのトークレベルはゼロ。だが彼は、トーク機能の追加を頼んでこない。……懲りた、というのもあるのかもしれないが」


 肩をすくめてアカシは続けた。


「喋らないロイドに魅力を覚えるオーナーもいる。最初は予算の問題だったとしても、それに慣れちまうと、いまさら喋らせたら『別人』のようだと感じることもあるだろう。うちにはそうしたタイプの客が多い、その程度のことだと思うがね」


「ふうん」


 ステファンは釈然としない様子だった。


「でもここのマスターなら、いいトーキング、させるだろうになあ」


 その呟きに、トールとアカシはそっと苦笑した。


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