第19話 それでも君は
「――ええ、そうですけど、でも」
「でも? トール、君は……」
トールを遮ったにもかかわらず、店主は言葉をとめた。
「ごめんね、トール」
それから、彼は言った。
「いまのはみんな、嘘だよ」
「……は?」
「君が、『ロイドのふり』をしたいなんて言うから、ちょっと意地悪を」
「……はい?」
「酷いな。信用がないんだね。そんな形でのデータ削除なんて、私がするはずないじゃないか」
「……あの?」
「そうだよ」
にっこりと、店主は笑む。
「
実に性質の悪い微笑みに、トールは唖然とした。
「何なら、ログをみんな見せようか? 君のデータはみんな保存してあるから」
「い、いえ、いいです。証拠を見せろなんて、言いません」
呆然としたまま、トールは手を振った。
「……取ってあるんですか? いちいち、全部? かなりの量になりません?」
「まあね。でも、消したくないもの」
店主は手を振った。
「それでも君は、私が君たちを嫌いだと言うの?」
「あ……」
トールは口に手を当てた。
「す、すみません!」
「いいんだよ。悪かったのはどう考えても私なんだから」
ごめんね、と彼はまた言った。
「でも移転のことは、本当に考えているよ。候補地は既に見つけてある」
彼は端末に向かうとディスプレイにデータを呼び出した。
「これだよ。アカシが見つけてくれた」
「そうだったんですか」
道理で「弟」が何か知っている風情だった、と「長兄」は理解した。
「もともと、個人工房だったそうだ。だがクリエイターが借金を背負って、店を閉めるしかなくなったらしくてね。広さもちょうどいいし、大通りに面していなくてここみたいに静かだし」
「……借金で、閉店」
トールは呟いた。
「験が悪くないですか、それ」
「非科学的な台詞だねえ」
「あなたのプログラムです」
少年ロイドは顔をしかめた。
「だいたい、答えをひとつ、もらっていないようなんですけれど」
「何の答え?」
「移転を強いられる原因です」
自らの手首を示して、彼は言った。
「何だ、そのこと」
「『何だ』じゃないですよ。どうしてですか」
「どうして法律違反及び技術士資格剥奪の危険まで冒して君たちのパーツを換えているかと訊かれれば、趣味または好みと答えるしかないね」
店主は肩をすくめた。
「……それだけですか」
「ほかにどんな理由が欲しいの」
「別に、僕が欲しがってる訳じゃないですよ。ただ、もう少し、説得力のある言葉が出てくるかと……」
「じゃあ環境を変えたい、というのは?」
店主は「移転の理由」に話をすげ替えた。
「三年もいて、飽きたんだよ」
どうにも適当な、「いま思いついた」という雰囲気の返答に、トールは胡乱そうな顔をした。
「せっかく、常連客もついたのに」
「行った先でも、またつくさ」
「その頃に、また移転ですか?」
「そうだねえ、いつまで続けられるかは判らないけれど」
「え?」
「私は、年を取るから」
やはり笑みを浮かべて、店主は言った。
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