第20話 禁じられた言葉

「六年間、君は私を見ている訳だ。年を取っただろう? もう六年経ったら? 更にもう六年。いつまでクリエイターをやっていられるかな? いずれは、ひとりで何もかもというのが不可能になってくるだろう。いまさら、誰か人を入れるかな? 無理だろうね。私の引退は、そう遠い未来の話ではないよ」


「マスター……」


「そんな顔、しないで。まだ五年六年はちっとも問題ない。それに、引退をしても君たちの面倒は見るよ。死ぬまでは、ということになるけれど」


「そんなこと、言わないでください」


「何が?」


「――その……」


「死ぬということ? 仕方がない、人間はやがて、死ぬんだから」


 さて、と店主はディスプレイからデータを消した。


「もうすっかり遅くなった。私はもう少し続けるが、君は休みなさい」


 この「休む」は、充電池にエネルギーを溜めてくるといい、という意である。


「駄目です」


 トールはぱっと端末に向かうと、ディスプレイを消した。


「おや」


「マスターこそ休んでください」


「移転費用を稼がないとならないんだが」


「明日からでも続きはできます。マスターに」


 トールは彼のマスターを正面から見た。


「時間は、まだまだありますから」


「――そう」


「あの……マスター」


「何だい」


「……いえ」


 本当は、どうなのかと。


 本当は、彼のデータを書き換えているのではないかと。


 彼はその質問を飲み込んだ。


 書き換えられたら、彼には絶対、判らない。


 事実。


 嘘。


 真実。


 本当は。


(ライオットは気づいている節があるね)


(アカシは気づいてない)


(――君も、全く)


 トールは尋ねなかった。


 怖れたのではない。彼は怖れない。


 ただ、質問にも回答にも、何の意味もない。


 そう判断しただけだ。


 事実も。嘘も。


 マスターが望むままに。


「すぐにまた、様子を見にきますからね。続きをやっているようだと、端末の電源を無理にでも落としますよ」


 そして、彼はただ、そう言った。


「はいはい」


 降参するように店主は両手を上げた。


「アカシの様子も見てこないと。さっきはもう終わるなんて言ってましたけど、レポートにまとめるの、苦手にしてるんだから。それからライオットがちゃんと戸締まりしたか、確認しないといけない」


 トールが言えば、店主はくすりと笑った。


「クリエイターはロイドの親だと言うけれど」


「はい?」


「私が君たちの父親でも、トールは、私を含めた〈クレイフィザ〉のお母さんだね」


「……あんまり嬉しくないです」


 しかめ面をして、「長兄」にして「母」の役割まで与えられた少年ロイドは踵を返した。


 店主は黙って、その後ろ姿を見送った。


「気づいているかい、トール」


 それから助手のいなくなった部屋で、彼はそっと呟いた。


「スタンリー氏の前で、君は一度、禁じられた言葉を口にした」


(機械だって)


(注がれた愛情は理解できる)


(――愛を返したいと、思う)


「これは、差し替えたばかりのプログラムが引き起こしたバグかな? それとも?」


 〈クレイフィザ〉の店主は眼鏡を外すと軽く伸びをし、少しだけ、声を出して笑った。


―Next Linze-roids are Clayfizzer's.―

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クレイフィザ・スタイル ―キャロル― 一枝 唯 @y_ichieda

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