第8話 金や手をかければ、きりがない
「……俺はいま、〈サクラ〉のメンテを終えたばっかりなんだが」
アカシは続けざまの仕事に顔をしかめた。
「休憩も挟まず、次をやれってか」
「ちょっと、アカシ、お客様の前ですよっ」
「別に俺は今度でもいいよ。急がないから」
ひらひらとステファンは手を振った。
「ああ、すみません、ミスタ」
東洋系の顔立ちをした青年技術者は謝罪した。
「大丈夫、問題ないです。すぐにやりますよ。いまのはちょっと」
彼は肩をすくめた。
「トールをいじめただけですので」
「……アカシ」
「冗談だ。怒るな。コーヒー頼む」
「僕はウェイターじゃありませんと何度言ったらいいんですか」
「怒るなってば」
「怒っていません。ミスタ・スタンリー、ブラックでよろしいですか」
「ん? 俺にもくれるの? うん、ブラック」
「いい子だな、トール」
「……アカシ」
「何だ?」
「……いいえ、何でも」
そう言った割には、トールは軽くアカシを睨んでいた。アカシはにやにやとした。
「さて、〈キャロル〉でしたね、ミスタ。仕様書は?」
「持ってきてない。ライオットはキャロルに訊いてた」
「電源入れて、訊いてもいいんですが。まあ、接続して中身を見りゃいいだけのことですからね。このままはじめますよ」
少ししてトールが戻ってきたときには、アカシとステファンは何だか仲良くなって話をしていた。
「へえ、そのソフトってそんな役割も持ってるんだ」
「ああ。普通はデータ検索に使うし、〈キャロル〉の仕様もそうなってるみたいだけどな。一種の裏技みたいなもんだ」
「ふうん。キャロルにそれ、組み込める?」
「一種の改造になるから、ぱっとはできないぞ。それに、俺が勝手にオーケイしていいことでもない。金もかかるし」
「払うよ」
「あっさり、言うんだな。トール、見積もり、いくらで出してんの?」
「いつもと同じですよ。初診料がある訳でもないですし」
コーヒーカップを置きながら、少年は答えた。
「ランク2の改造だったら、いくら追加?」
「それは、マスターに確認しないと。僕も勝手には言えません」
「いや、今回はメンテだけでかまわないよ。俺自身も少し調べるから」
片手を上げて、ステファンは言った。
「そうか。勉強熱心だな」
「単に、好きなんだよ」
いつしかすっかり、友人口調である。
それからふたりはあれやこれやと話を続け、トールは居場所がない気持ちでじっと立っていた。
「……ま、こんなもんだろ。オーソルは最新だし、効率よく動いてる。データのゴミ掃除をして、整頓しといた。『タン・オン』のヴァージョンアップはしたが、『ブルー・スカイ』は新ヴァージョンがまだ安定してないから換えてない」
「終わりですか?」
久しぶりにトールは声を出した。
「もっと詳細にと言うなら、いくらでもやるが?」
アカシは唇を歪めてトールを見た。
「別に煽った訳じゃないですよ。ただ、尋ねただけです」
「それなら、終わりだよ」
肩をすくめてアカシは答えた。
「面白かったぜ、ステファン」
「俺も俺も。〈ミルキーウェイ〉のおっさんはいい腕してたけど、融通が利かないんだよ。なまじ〈キャロル〉の製作にかかわったからだろうけど、改造とかはよくないって主義で」
「どの時点で完成とするかだよなあ。クリエイターは完成したものを売りに出すが、オーナーが満足するとは限らない。最初は満足してても、新オプションが出たりだとか、ほかのロイドと比べたりだとかしてると、うちの子にもあれをこれを……となる。金や手をかければ、きりがないからな」
アカシは少し、諭す口調になった。
「そのおやっさんは、お前のために言ったのかもしれないぞ。ほかのことに時間や金をかけろとね」
「かもな」
ステファンは反発しなかった。
「でも俺は、〈キャロル〉に時間と金と手間をかけるのが好きなんだ」
「ま、好きなことを楽しんでやれるのは、いいこった」
結論はそういうことになった。
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