第5話 君が付き添って

 コーヒーカップを持ち上げながら、店主はふうんと呟いた。


「面白いお客がきたものだね。トール、ご苦労様」


「いえ」


 少年の姿をした従業員は、何でもないことですと首を振った。


「いま、フォーマットに記入していただいているんですが」


 どうしましょうか、と彼は続けた。


「どう、とは?」


「ミスタ・ステファン・スタンリーは、見学をご希望なんです」


「見学だって」


「はい。〈キャロル〉のメンテナンスの、一部始終を」


「珍しい希望だねえ」


 くすりと店主は笑った。


「いいんじゃないの。見てもらえば」


「いいんですか?」


「何か問題かな?」


「アカシはともかく、ライオットは、その」


 こほん、とトールは咳払いをした。


「接客レベルが、あまり高くないような」


「それもそうだ」


 店主は笑った。


「じゃあ、君が付き添ってフォローして。ライオットにもアカシにも」


「店頭はどうしましょう」


「私が出るよ」


「設計の方は?」


「一段落したから大丈夫。めどはついたし、期日にはきちんと間に合うよ」


「マスターが期日に遅れたことなんかないじゃありませんか。そんな心配はしてないです」


「何ごとにも、最初というのはあるからね。私がさぼらないか、たまにはチェックしてくれ」


 それが店主の冗談なのかどうか、トールは判断しかねた。


「リンツェロイドを連れてきたということは、すぐにでもかかってほしいのかな」


「あ、でも、仕様書がありません」


「『本人』に訊けばいいじゃない」


「まあ、それもそうですけど」


「ミスタ・スタンリーの都合さえよければ、やってしまったら? アカシは〈サクラ〉の点検中だから、ライオットから引き合わせてくれ」


「判りました」


 こくりとうなずいてから、トールははたとなった。


「あの、ミスタ・スタンリーはマスターの腕を見たいらしいんですけど」


「私の?」


「〈リズ〉のクリエイターはどんな技術者なのかと、気になったそうです」


「そんなの、私の作業を見たって意味がないだろう」


 店主は苦笑した。


「彼が〈リズ〉を見たなら、それで充分のはずだ」


「じゃあ、そう言っていただく必要があるかもしれません」


「判った。原稿を用意しておくよ」


 笑って店主は言い、トールは苦笑を返した。


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