第11話 若手の育つ分野

 面白いな、とステファンは言った。何が、とアカシは尋ねた。


「だってさ。アカシ、いくつ? 三十四くらい?」


 応接室のソファに座り、ステファンは立ったままのアカシを見上げた。


「……普通、若く見られるんだがな。三十一だよ」


「充分、若いじゃないか」


「東洋系は若く見られがちってこと」


「ああ、成程。それも加味して言ったから。除けば、二十七くらいに見えるよ」


「そりゃどうも」


「トールが二十一だろ。ライオットもかなり若いけど、二十三、四ってとこ? やたら若いよな、〈クレイフィザ〉の面子。〈ミルキーウェイ〉なんかおっさんばっか。デザイナーは若いけど」


「別に、珍しくもないと思うが?」


「うん、若手の育つ分野だし、何もおかしくない」


 二十歳そこそこのステファンはずいぶん知ったように言った。


「でもさ、見てるとトールの方が、アカシやライオットより権威があるみたいだ。年下で、技能もないのに」


「あいつはいちばん、長いからな」


 アカシはそうとだけ言った。


「それに、技能がないとか言うなよ。あいつがいなけりゃ、〈クレイフィザ〉はちっとも立ち行かないんだ」


「何で? 接客とコーヒー出しくらい、馬鹿でもない限りできるだろ?」


 容赦なくステファンは指摘した。


「秘書的な役割もある。助手って言うのがいちばん適してるだろうな。それに」


 アカシは苦笑した。


「マスターが経営に興味、ないから。あの人もやっぱ、技術者で。実質上、〈クレイフィザ〉を運営してるのはトールだよ。ウェイターだなんてとんでもない」


「へえ」


 ステファンは目をぱちぱちとさせた。


「人は見かけによらないもんだな」


「まあな」


「んで、店主は?」


「ん?」


「やっぱ若いのか? アカシくらいとか」


「十年前はそれくらいだったんじゃないか」


「四十くらいか。クリエイターとしちゃ平均だけど、ぱっと咲くにはそろそろ限界ってとこだな」


「……言うなあ、お前さん」


 呆れるのか感心するのか判らない口調でアカシは呟いた。


「もったいないと思うからな」


 しかめ面でステファンは言った。


「〈リズ〉のトークレベルを4以上にしたら、コンテストで入賞するクラスだよ。あんたたちの腕も確かだし、〈クレイフィザ〉ブランドだって作れそうなのに」


「無理無理」


「何で」


「第一に、マスターにその気がない」


「……じゃ、そこで終わる話だな、確かに」


 ステファンは両腕を組んだ。


「ん、そうでもないか。あんたは独立する気とか、ないのか?」


 尋ねられたアカシは目をぱちくりとさせて、それから大笑いした。息も絶え絶えと言う体で笑う彼に、今度はステファンが目をしばたたく。


「いったい、何がそんなに可笑しいんだ?」


「いや、俺たちはね、ステファン」


 アカシは涙を拭うような仕草をしながら、口の端を上げて続けた。


「俺もライオットもトールも。みんな。――ここのマスターから、離れられない運命なんだよ」


「運命だなんて、技術者らしくない台詞だ」


 少し笑ってステファンは返した。


「恩義でもあるのか」


「まあね」


「へえ。義理堅いと言うか、運命だなんて言うところを見ると、案外ロマンチストだってとこ?」


「そんなところさ」


 うなずいてアカシは真顔を保とうとしたが、頬がひくひくとしていた。


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