第14話 マスターの操縦
「あのな、マスター」
苛ついた口調で、ステファンは何か言いかけた。
「ステファン、マスターを誤解しないでください。マスターが受注を増やさないのは、一体一体のリンツェロイドを大事にしたいからなんです」
助手はそれを遮るように、声を出した。
「マスターは、ひとりですから。仕事量が増えれば身体を壊したり、品質が落ちたりすることも考えられます。そうしたことは、マスター自身のみならず、僕ら従業員一同、避けるべきと……」
「……普段、暇なんだろ。もうちょい頑張った方がいいんじゃないの」
「う、そ、そう言われると」
助手のフォローはいま一歩と見えた。
「そうだね」
一方、店主は同意した。
「むしろ君がいつも言うじゃないか、トール。もっと働けって」
「そんなこと言いませんよ。そりゃあたまには近いことも言いますけど、もうちょっと収支のやりくりが楽になったらなと思うだけです。ときどきでいいんで、支払いの督促をされる僕の身にもなってもらえると助かります」
「うん。ごめんね」
店主は謝罪したが、本当に悪いと思っているのかどうかは判らなかった。ステファンの顔に、苦笑が浮かぶ。
「無理をして倒れられても困るが、遊ばれても困る。マスターの操縦するのもたいへんだな、トール」
ステファンが片目をつむって言えば、店主は笑い、トールはものすごく慌てた顔をした。
「や、やめてくださいよ、そんな言い方は」
客の台詞はトールにとってとんでもない内容だったのだが、客自身はそのことを知らなかった。
「しかし、人間の矛盾だな」
〈キャロル〉のマスターは、彼のリンツェロイドをちらりと見た。
「時に他人の身体を案じ、時に収益を案じる。キャロルはそんなこと、しない。健康なら健康を、貯金なら貯金を心配する。まあ、実際には特にどっちもしないけど」
冗談めかしてステファンは肩をすくめた。
「どっちがいいんだろうな。揺らぐのと、揺らぎようがないのとって」
誰にともなく、彼は呟いた。トールはちらりとマスターを見た。
「揺らぎ、ですか」
店主はただ繰り返し、何もつけ加えなかった。
その代わり。
「もし、リンツェロイドに『揺らぐ』プログラムがあるとしたら」
トールが呟く。
「それは、揺らぐことになるんでしょうか。やはり、ならないんでしょうか」
「ははあ」
ステファンはにやりとした。
「『アルファロイドの憂鬱』だな?」
「え?」
「何だ。知らないのか」
少しがっかりしたように、ステファンは顔をしかめた。
「そういうクラシック・ノベルがあるんだよ。主人公のパートナーが感情的なアンドロイドで、主人公は『どこの阿呆な天才がこんなプログラムを組んだんだ』って悪態をつく」
「感情的な、アンドロイド」
トールは不思議そうに繰り返した。
「ロイドの感情はプログラム。そうと知りながら、主人公はついつい本気で応対しちまう。そのなかに、いまトールが言ったような一文があるんだ。基本はコメディだが、ロイド・オーナーには身につまされるところもあってなあ」
彼は苦笑した。
「ブロウに読ませてやろうと思ってるんだが、ロイド・オーナーじゃなくてもお勧めの一作だ。時間あったら読んでみて」
「あ……はい」
戸惑いつつ、トールはうなずいた。
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