第3話 大したことじゃない

 いらっしゃいませ、と声がかかった。ステファンはそちらを見て、片眉を上げた。


「ずいぶん若いな」


 彼を出迎えたのは十代の少年のような従業員だった。


「大丈夫なのか?」


 従業員はまばたきをして、それから笑んだ。


「ええ、大丈夫ですよ。こう見えても僕は、この店で働いて六年になりますから」


「へえ」


 ステファンは驚いた。


「童顔なんだな。いくつ?」


「十五歳で雇用されまして、いまは二十一です」


「ふうん。それじゃ見た目と大幅に違うってほどでもないか。十七、八に見えたから」


 もっとも、そんなふうに言うステファンも、二十代の前半だ。


「よく言われます」


 気を悪くする様子もなく、自称二十一歳は笑みをキープした。


「まあ、いいや。こいつ、頼みたいんだけど」


「は……?」


 従業員は目をしばたたいた。


「頼みたい、と仰いますと?」


「メンテだよ、もちろん」


「え、メンテナンスですか」


「何で驚くんだ? メンテなんか珍しくないだろ?」


 従業員の反応に、ステファンは首をかしげた。


「ええ、もちろんです。ただ」


 彼はちらりと〈キャロル〉を見た。


「何か変? 六年やっててリンツェロイドを見たことない訳でもないだろ?」


 実に容赦なく、ステファンはばしばしと言った。従業員はすみませんと言った。


「初めてのお客様がリンツェロイドを同行させて、事前相談もいっさいないまま『頼む』と仰るのは珍しいです」


「何だ。そういうことか」


 得心いって、ステファンはうなずいた。


「いつもの工房だと、これで済むんだけどな。こいつ頼むね、終わったら連絡よろしく、って」


「もちろんご依頼とあらばお受けします。ただ基本事項を少々、お伺いすることになります」


「俺のIDとかこいつのIDとか?」


「ミスタのご連絡先等もですが、彼女の仕様書と、できましたら所有証明書のコピー、それから」


「何だ。面倒臭いんだな」


 ステファンは顔をしかめた。


「〈ミルキーウェイ〉はそんなにうるさくなかったぞ」


「それは彼女の製造工房でしょうか?」


「ああ。……そうか、製造工房なら仕様書も証明書のコピーもあるもんな」


「そうですね」


 気づいてもらえてよかった、というように従業員はそっと嘆息した。


「そちらの工房をお使いにならない理由を伺ってもよろしいですか?」


「ん、別に大したことじゃない。いつも〈キャロル〉を任せてたおっさんが違う店に行っちまって。そっちに行くのはちょっと遠いし、ブロウのロイドを見たから」


「ブロウ」


「パトリック・ブロウ。ここでリンツェロイド買って、いろいろ世話んなってるって聞いてる。〈リズ〉のオーナーだよ」


「ミスタ・ブロウのお友だちでしたか」


 従業員の顔に理解の色が浮かんだ。


「まあね」


 ステファンはうなずいた。


「何度か見たけどさ、〈リズ〉って、かなりいいよな。中古で手に入れたなんてあいつ、運がいい」


「有難うございます」


 〈クレイフィザ〉製品を褒められ、従業員は礼を言った。


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