第17話 クーデター


      クーデター



 更に、ガレルさんの左手には巨大な盾!

 しかも、薄青く光っている!

 これも、リフレクトシールドなのか?


 ガレルさんは、俯きながら、伯爵の隣に立つ。


「あ~、失礼しましたな、陛下。実は吾輩、既に、そのリフレクトシールドへの対抗策を練っておったのです! それが、その奴隷の持っている弓ですぞ! この弓、試したところ、弓術スキルを持っていない、その亜人でも使えたのです! しかも、威力は保証付きでしてな。昨日、このイステンドに出現した、魔法を反射する、強大な魔物を駆逐したのです!」

「そ、それ! 僕のアルク・フェイブル!」


 僕は、思わず口走る!

 すると、伯爵は僕を見下ろしながら、にやつきやがった!

 そして、ご主人様に振り返る。


「ふむ、これは今朝、吾輩の屋敷の前に落ちておったのだが? 吾輩は、デュポワ男爵、てっきりそなたが気を利かして、この武器を最も有効活用できる、イステンド軍司令官たる、吾輩に献上したと思っておったのだが? ふむ、男爵、水臭いではないか。そのような重大な案件ならば、早朝であっても、吾輩は応対しましたぞ」


 ぶっ!

 なんたる詭弁!

 そして何となく理解できる。

 この男は、この口先でこの地位までのし上がったのだろう。


 ご主人様は、頬をひくつかせながら、それに答える。


「ふむ、そうでありましたか。しかし、昨日その魔物を退治したのは、その武器を用いて、そこのナタンと、我が娘、クロエ・ヴァン・デュポワ準爵、そして、亜人のガレルという男であったはず。更にその武器は、今朝から行方不明でしてな」


 ご主人様は、思いっきり伯爵を睨みつけている!


「ふむ、男爵とは少し齟齬がありますな。あの魔物の討伐は、イステンド軍司令官である吾輩が、このガレルに足止めを命じたところ、デュポワ準爵が、そのナタンを率いて、討伐任務に協力した。なので、討伐そのものはイステンド軍の指揮下で行われた。吾輩はそうとっておりますぞ。ですので、準爵には、吾輩もきちんと謝辞を述べた。うむ、あの者はイステンド貴族の鑑ですな。そして、その武器に関しては、今朝、吾輩の屋敷の前に落ちていたというのは事実ですぞ!」


 あ~、もうアホらしくなってきた。

 この男に何を言っても無駄だろう。

 しかも、ムカつく事にこの男、あの時の事実に関しては、何一つ嘘を吐いていない!

 屋敷の前に落ちていたというのも事実だろう。


 それでも、ご主人様は食い下がる。


「そ、そうですか。ですが、そのガレルが今手にしている武器は、そこのナタンが作ったものに、私が命名したものでしてな。『アルク・フェイブル』、たとえ閣下の家の前に落ちていたのであれ、それの所有権は私にあると思えるのですが?」

「ならば、今、この場でイステンド軍が買い取ろうではないか。今は有事! 異論はあるまいな?! ふむ、これだけあれば充分であろう!」


 ブネは、懐をまさぐり、白く輝く硬貨を、ご主人様に差し出す。

 ご主人様も、もう勝ち目は無いと踏んだのだろう。黙ってその白金貨を受け取った。


 そしてブネは、陛下に振り返る。


「お見苦しいところを、大変失礼致しました。では、この武器の性能を、是非とも拝見して頂きたいですぞ」

「全くじゃな。じゃが、アルク・フェイブル、弱者の弓か。わらわも興味あるのう。うむ、見せてみるがよい」

「かしこまりましたぞ。では、あれを持て!」


 すると衛兵さんが、ガレルさんが出て来た扉から、幾重もの円が書かれた、射的と思われるものを持ち出して来た。


「あの的は鉄製でしてな。一般的なヒューマの軍人が装備しておる、鎧と考えて頂きたいですぞ。では、ガレル! あの的に向けて矢を放て!」


 ガレルさんは、背中の矢筒から矢を取り出し、アルク・フェイブルに番え、レバーを引いて装填する。

 そして、的に向かって構えた!


 ガシュッ!


 矢は、先端分が的を突き破り、そのまま突き刺さっている!

 しかも、ど真ん中だ!


 う~ん、我ながら凄いな。

 まさか、鉄板まで突き破れたとは。


 そこで、ブネは僕達の方へ振り返る。


「皆様、ご覧頂けましたかな? あの武器さえあれば、魔法を封じられたエルフであっても、一方的にイスリーンのヒューマ共を駆逐できましょう!」


 ブネは、満面の笑みだ!


「うん、あれなら勝てる!」

「しかも、弓術スキル無しで使えるとは!」

「男爵には同情するが、こればかりは認めねばなるまい」


 貴族達の顔もほころびる。

 それを見て、ブネは陛下に振り返る。


「陛下、如何でしたでしょうか? これさえあれば、魔法を封じられても問題ありますまい! なので陛下! 吾輩は、イスリーンへの進軍を提案致しますぞ! 待って迎撃するなど愚策! 攻撃こそ最大の防御ですぞ! なに、連中もリフレクトシールドは、コノエ殿の話では、まだ数もそう多くはない。なので、それを装備した連中はこの弓で殲滅し、後は範囲魔法で蹂躙し尽くすのみ! 思い上がったヒューマ共に、吾輩が鉄槌を下しましょうぞ!」


 ぶっ!

 この人、あれを手に入れて、完全に舞い上がってるな。

 だが、一理あるか?


「ふむ、だが、それでは犠牲が増えよう。わらわはアラタに約束した。犠牲は最小限にすると。なので、進軍してくるイスリーン軍を追い返せればそれでよかろう。連中も、これに懲りて、二度と愚行は冒すまい」

「さ、左様でございますか。ですが…」


 更にブネが喋ろうとすると、それを陛下が片手で遮る。

 そして、一度僕に視線を向けてから、立ち上がる!


「うむ、皆、大義であった! そして、今の話によれば、ナタン、そなた、このイステンドを、魔物の手から守ってくれたそうじゃな。感謝するぞ。また、魔物を討伐したクロエ・ヴァン・デュポワ準爵と、そのナタンの所有者である、ヘクター・ヴァン・デュポワ男爵、及び、ガレルの所有者である、ボウケ・ブネ伯爵、それぞれに昇爵を授ける! よって、これより、クロエ・ヴァン・デュポワ男爵、ヘクター・ヴァン・デュポワ子爵、ボウケ・ブネ公爵となる。更に、此度、アラタをわらわに引き合わせ、イスリーンの脅威を皆に知らしめた、ヘクター・ヴァン・デュポワ子爵には、更に昇爵を授け、ヘクター・ヴァン・デュポワ伯爵となる! 皆、覚えておくが良い!」


 うわっ!

 ご主人様、いきなり2爵位特進だ!

 そして、お嬢様も男爵に!

 こんな素晴らしい事は無い!

 うん、頑張ってあの魔物を倒した甲斐があったというものだろう!


 だが、これ、そもそもは、僕にダンジョンに潜れって言った、アラタさん抜きでは語れまい!

 うん、アラタさんにも感謝だ!


 もっとも、ブネの昇爵には不満が残るな。陛下は、あの時点では、ガレルさんが奴隷じゃなかった事を知らないと見える。


「はっ! ありがたき幸せ!」

「はは~っ! 陛下、感謝致しますぞ!」


 ご主人様とブネは、揃って陛下の前に跪き、頭を下げる!


「では、ブネ公爵! そなたには、このイステンドの南端、ザスイス地方を領地として与える! 未開ではあるが、聖銀ミスリル鉱山があるゆえ、収入は期待できよう。また、そなたが統治すれば、必ずやあの一帯を豊穣の地と変えることができよう。わらわも期待しておるぞ」


 おお~!

 やっぱ、公爵ともなれば、領地が貰えるんだ!

 御主人様も、また功績を上げれば……って、あれ?

 確か、ザスイス地方って、小さ村落がいくつかあったのみでは?

 それも、亜人の。

 これ…、実は昇進じゃなくて、左遷では?


「へ、陛下! か、感謝致しますが、さ、流石に…。そ、それに、吾輩が居なくなった後の、イステンド軍は……」


 ブネは、立ち上がって、陛下に懇願するかのように、両手を差し出す!

 だが、陛下は、それを毅然とした表情で、はね退ける!


「ふむ、何かあるようじゃが、此度の、わらわの決定に異を唱える事は許さぬ! そして、デュポワ伯爵! そなたには、ブネ公爵に代わり、イステンド軍を率いることを命ずる! 魔法の教師なぞより適任であろう。何、心配する事は無い。今回のイスリーンの件が片付くまでだけじゃ」


 周りの貴族達が一斉にざわつく!


「ま、まあ、伯爵ならば、お任せできよう」

「し、しかし、あのドゥミエルフでは……」

「おい、滅多な事を言うな! だが、ブネ公爵よりは…」

「陛下の決定ならば、仕方あるまい」

「あの男がどうなろうと……」


 ふむふむ。

 ドゥミエルフと言うのは分からないけど、この反応からは、ご主人様の評価は微妙と。もっとも、ご主人様の爵位では、此処に呼ばれたような上級貴族様とはあまり縁が無かっただろうし。そして、ブネは、貴族達からもあまり好かれていないようだ。



 ん?

 ブネ公爵の様子が少しおかしい。

 肩を震わせ、陛下を睨みつけている!


「わ、吾輩は…。吾輩は、今まで陛下に尽くしてきたではないか! 陛下がその椅子にふんぞり返っていられるのは……! え~いっ! もう我慢できませんぞ! おい! ガレル! その矢を番え、陛下、いや、この小娘、エリアーヌ・ローレンを狙え! そして、そのリフレクトシールドを絶対に手放すな!」


 げ!

 これって……。

 クーデターだろ!


 ブネは、更に自分の盾を振り翳す!

 だが、何人かの衛兵が、条件反射的に動いてしまったようだ。


「公爵様! 乱心されたか?! え~い! ファイアショット!」

「陛下! 我々の後ろに! サンダーラッシュ!」

「ロックバレッツ!」


 ブネの盾が、青く光る!


「ぐわっ!」

「ふぎゃっ!」

「しまった!」


 ブネに迫った火球、雷線、石礫は、全てユータンし、唱えた本人を襲う!


「ふははは! うむ! この盾さえあれば、吾輩は無敵だ! そ~れっ! ファイアトルネード!」


 更に、ブネを取り囲もうとしていた衛兵さん達が、炎の渦に巻き込まれる!


「うぎゃっ!」

「あ、あつあつあつっ!」

「今消してやる! ウォーターチャージ!」


 ブネはこれを見て、即座にガレルさんの盾の陰に回り込む!


「よし、ガレルよ、そのままでよい、吾輩を守れ! 近づく者には、容赦なくその矢を撃て!」


 陛下も、その隙にご主人様の背後に走り込んだ!


「ナタン! そなたも儂の後ろに!」

「は、はい!」


 何と、ご主人様は、いつの間にか剣を構えて居る!

 僕も、即座にその背後に避難する!


 そして、そのままブネとご主人様が睨み合う!

 ガレルさんの矢は、依然、陛下に向いている!

 そこでご主人様が叫ぶ!


「皆、公爵から距離を取れ! 剣を扱える者は抜いて待機! 絶対に刺激するな! 傷ついている者には回復魔法を! 土魔法を使える者は、陛下の側にて、『ロックウォール』の詠唱準備! その他の者は、諸侯をお連れして、部屋の外へ退避しろ!」

「「「「「は、はい!」」」」」


 衛兵さん達が一斉に駆け出す!


 ご、ご主人様……!

 着任早々にして、この指揮! 


 僕が呆気に取られていると、隣から声がかかる。


「ふむ、そなたは知らなかったようじゃが、ヘクターは、元々は冒険者じゃ。ブネの奴、あの盾があるだけで、『わらわのヘクター』に勝てると思っておるようじゃが、それはどうかの~? もっとも、あのガレルとやらが本気を出せば、ちと厳しいかの」


 え?

 そ、そうだったんだ。

 道理で、剣を構えて居る姿が様になっている訳だ。

 そして、陛下はそんなご主人様に、全幅の信頼を置いているようだ。


「ふん、逃げたい者は勝手に逃げるがよい! 但し、陛下、貴女にだけは残って貰いますがな!」


 ふむ、一段落ついたようだ。


 先程まで列を為していた貴族達は、流石に陛下を置いて部屋の外へは出られなかったと見えて、部屋の隅で縮こまっている。

 そして、ご主人様の横には、剣や槍を構えた衛兵さんがずらりと並ぶ。

 更に、僕と陛下の横には、杖と弓を構えた衛兵が付き従う。


 ちなみに、アラタさんはと言うと、僕達とブネの中間、ガレルさんの射線から僅かに外れた所で、一人、軽く上を向き、腕を組んで何やら思案中のようだ。

 って、余裕あり過ぎでは?!

 まあ、確かにこの状況で、アラタさんを狙う意味は無いのだろうけど。


「それで、そなたも、ここまでして只で済むとは思っておらぬじゃろう。して、この騒動、どう収めるつもりじゃ?」


 陛下が、衛兵さんの隙間から、ひょっこり顔だけ出す。


「そ、そうですな。ならば陛下! この吾輩と結婚して頂きたい! さすれば、全てが解決しますな。実は吾輩、前々から陛下をお慕いしておりました。公爵たる吾輩であれば、周囲からも文句は出ますまい」


 ぶっ!

 こいつ、この期に及んで、陛下に求婚とは!

 しかし、確かにこの男が助かるには、これしか手段は無いのかもしれない。

 そして、陛下が独身だったとは初めて知ったが、考えてみれば、結婚していれば、普通、夫が王になる訳で。


「ふむ。では、そなた、王になりたいのだな?」


 え?

 陛下、それ、聞くまでもないのでは?


「そ、そうですな。吾輩が王になれば、この国は更に繁栄しましょうぞ! イスリーンなど、早晩属国にして、国民全員奴隷にしてくれるわ!」


 ですよね~。


「では、わらわは退位しよう。臣下に裏切られたとあっては、わらわもちと心苦しいしの。そして、わらわが退位するにあたり、後継にそなたを指名しよう。そなたの気持ちは嬉しいが、結婚は拒否する! ブネ公爵よ、それなら文句なかろう?」


 は?

 へ?

 何、この展開?


 皆、呆然と立ち尽くす。


「では、皆の者、今までわらわに尽くしてくれたこと、大変感謝しておるぞ。そして、今、この瞬間、ボウケ・ブネ王の誕生じゃ! 皆、祝ってやるがよい! では、一介の平民となったわらわに、もう用は無かろう。わらわを無視して、イスリーン軍撃退の策でも練るが良かろう。但し! 先程のアラタとの約束は守って貰うぞ。王が代わったからといって、前王のした約束を反故にするのであらば、このイステンド、いや、エルフ族の信用に関わるのでな」


 ブネまでもが呆気に取られている中、陛下は衛兵さんを掻き分け、部屋の入り口に向かって、悠然と歩を進める。

 そこへ、正気に戻ったご主人様が駆けて行く。

 なので、僕も慌てて付き従う。

 すると、陛下は入り口の扉の前で、いきなり立ち止まった。


「あ、そうじゃ、ヘクター、いや、デュポワ伯爵、平民たるわらわを娶っては貰えぬかのう? 先程のように、好きでもない者に求婚されては、わらわも面倒じゃ」


 ぶっ!

 もう、何が何やら。


「は、はあ。し、しかし……、あ~、もう勝手にして下さい! 全く、昔から陛下には勝てませんな! うむ、エリアーヌ、確かにこれが最善やもしれぬ。あのままでは、確実に犠牲が出たであろう。もっとも…、いや、何でもない。それに、ブネ陛下は決して無能では無い。倉からあの盾を引っ張り出すなど、寧ろ優秀と言えよう。ガレルの盾も、あの魔物の魔核を利用したのであろう。とは言え、昇爵する為に色々と汚い手を使っておったので、人望はあまり無いがな。そして、やっとクロエに真実を話せる!」

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