23歳♂ 鍛冶師を育てる

BrokenWing

第1話 プロローグ

       23歳♂、鍛冶師を育てる



       22歳♂、何故か女の身体に転生しました エピローグ



 ここは、フラッド帝国の南東に位置する国、イスリーン。

 南側が海に面しているので、海産物が豊かな国である。


 その国の王宮では、約2年前に召喚された勇者山城が、一人、あてがわれた自室のベッド上で腕を組んでいた。

 煌びやかな装飾を施された家具からは、この男が、如何にこの国で重用されているかが伺える。

 この男、年齢は17歳。青い髪に、青い瞳。見た目も、かなりの好青年と呼んでいいだろう。もっともそれは、この男本来の容姿ではなく、この世界に魂を召喚された際、偶々、器となった死体のおかげだが。



 そこへ、ノックが入る。


「どうぞ~」

「失礼しますぞ、武神勇者山城殿。そろそろ、ダンジョンに潜られては如何かな?」


 顎髭をさすりながら入って来た男は、この国の王、エンヴァル・イスリーン・レオポルド。

 年の頃は40歳くらいだろうか? カーキ色の軍服についている腹のボタンが、悲鳴を上げていそうだ。


 山城は顔を上げ、返事をする。


「あ~、陛下、僕も行きたいのは山々なんです。この国にはよくして貰っていますからね。前の世界じゃ、僕に対してこんな扱いは考えられなかった。でも……」

「あ~、それは、例の奴隷の件ですかな? ですが、武神勇者ともあろう貴殿ならば、逆に奴隷共を護り、信頼を得られるのでは? 何、私も、帝国の勇者、長野とやらのように、最深部まで攻略して頂きたい訳ではないのですぞ。そう、ダンジョンで得られる魔核を利用して、この国の礎、軍の装備を拡充させ、その帝国等の脅威に対抗できればよいのですぞ」


 だが、山城は首を振る。


「いや、だからこそ問題なんです。奴隷をパワーレベリングするのと、陛下の注文に応えようと、何度も30階層の階層主を倒すうちに、階層主にお引きの魔物が付くようになりました。ですが、21階~29階までに出現していた魔物だったので、それは問題無く倒せました」

「なるほど。しかし、武神勇者殿ならば楽勝だったと」


 ここで山城は一息入れ、そして一度項垂れた後、再び顔を上げ、一気にまくし立てる!


「それで、何十回目はもう忘れたけど、いきなり魔物が変わったんだ! あれには絶対に勝てない! 身長は2mも無かったので、今までの階層主と比べれば小型だった! だが、あの素早さは何だ?! 僕だって既にレベル63! 命中のステだって、総合で400近くある! なのに、掠らせるのが精一杯! 奴隷達のステータスだって、やっと人並み以上に伸び始めていたんです! それが全員瞬殺だ! 僕だけが後衛だったので、何とか上の階に逃げられたんです! おまけに、新しい奴隷を鍛えようと思ったら、今度は30階までの魔物が出ない! スライムですら! そして、30階には依然として奴が居る! これをどうしろと?!」


 流石にこれにはエンヴァル王もいたたまれなくなり、山城の背中を擦る。


「そ、それは確かに大問題ですな。30階の階層主からは、貴重な、リフレクトシールドの素材となる魔核が得られる。で、では、ダンジョン以外、街の結界の外で鍛えるというのは?」

「はい、魔核を使用した武器や防具が、これほど使えるとは、僕も思っていなかったので、本当に残念です。なので、それも試したのだけど、ダンジョン外で出る魔物は散発的ですし、レベルもなかなか上がりません。おまけに、冒険者連中からは、『頼むから俺達の獲物を取らないでくれ。勇者様ならダンジョンに潜って下さいよ』って、頭を下げられましたよ」


 エンヴァル王は、山城の隣に腰掛けながら、一緒に腕を組む。

 しかし、その表情は、山城と一緒に悩んでいる感じではなかった。


「ふむ。ならば、我が国の『ヌフのダンジョン』は諦めて、隣国の、『アンのダンジョン』を攻略されては如何ですかな?」

「え? それって、問題になるんじゃ? 以前、共和国のダンジョンで、何かトラブルがあったって話を聞いた気がしますよ?」


 これにエンヴァル王は、一瞬にやりとしてから答えた。


「もっともですな。如何にダンジョンとはいえ、自国に、他国の勇者が立ち入ることを良しとする国は無いでしょう。なので、武神殿、東国のエルフ領、イステンドを併合することを提案しますぞ!」

「え~っ!? それって戦争になるんじゃ?! 僕、そんなの嫌ですよ! それに、その、武神って呼ばれ方も…」


 すると、エンヴァル王はいきなり立ち上がり、拳を胸に当てる!

 この国での、忠誠のポーズだ。


「何を仰るか! 勇者山城殿は、栄えある伯爵にして、この国の守護神! それを武神と呼ばずになんとお呼びすれば?!」

「で、でも…」


 尚も戸惑う山城の肩に、エンヴァル王は軽く手を添える。


「なに、心配することはありませんぞ。武神殿のお力と、あのリフレクトシールドさえあれば、容易い話なのです。エルフ共は、魔法には優れておるものの、武術の方はからっきしですからな。幸い、あ奴らに召喚者はおりませぬ。なので、武神殿は、何もせず、後ろに控えて下さっているだけで良いのです。魔法を封じられたエルフ共では、そもそも、戦いにはならぬでしょう」


 戦いにはならないと聞いて、山城は、少しほっとしたのか顔を上げる。

 そして、その機を逃すエンヴァル王ではなかった。


「それに、エルフの女共は、年齢の割には、非常に幼い顔立ちでしてな」

「え?! それって、羽瀬君くらいの?!」

「そうですぞ! 羽瀬殿の容貌、人族ならば13~4歳ですが、エルフの場合だと、年齢は18歳くらいと聞きますぞ。も、もっとも、貴殿の高尚な趣味は、私などではちと理解できませぬが」


 エンヴァル王は、そこで一息つき、山城の顔を覗う。

 山城は、エルフという種族に想像を馳せてか、鼻を膨らませている。


 それを見て、エンヴァル王は立ち上がり、更に追い打ちをかける。


「まあ、武神殿がエルフ族を知らぬのは当然ですな。この国は、古よりエルフ共とは敵対しておった故、例え奴隷であっても、エルフ族の入国は認めておりませなんだ。だが、イスリーン領になれば話は別。イステンドを併合した暁には、是非とも、武神に公爵の位に就いて頂き、エルフ共の統治をお任せしたい、と考えておりますぞ」


 山城も立ち上がり、エンヴァル王の差し出した手をしっかりと握った。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「それで、ロキ、前から聞きたかったのだけど、俺とリムのあの状態、何故放置していたんだ? 閻魔大王も、かなり困っていた感じだったぞ? もっとも、あれがなきゃ今の俺は無かったが」

「あ~、あれは俺様も想定外だったな。そして、それはな……」

「ん? それは?」

「面白い事になりそうだったからだ!」


 ぶはっ!


 全く…、ロキらしいというか。

 俺、こんなのと友達になって、本当に良かったのだろうか?


「ついでに言っておくが、閻魔がお前に構っていた理由はもう一つあるぞ」

「ん? 閻魔大王は魂の番人だから、ってだけじゃないのか?」

「それだけの理由で、わざわざあいつがこの世界に顔を出すと思うか? あいつのお目当ては、俺様の娘、ヘルだ! 貴様にかこつけて、口説いてやがったぞ。まあ、同じ職だし、気が合うのだろう。俺様としても、あいつにくれてやるのならば、異存はないからな」


 ぐはっ!

 なんか、聞きたくなかったわ~。

 しかし、これで今までの全てが理解できた気がする。




 俺は近衛新このえ・あらた、23歳♂。


 10か月前、俺が元の世界で死んだ時、手違いで地獄に送られたのだが、無実の罪だったことが判明した為、閻魔によって、この世界に魂だけ送られた。

 そして、本来ならば、この世界で用意されていた死体に乗り移るところだったのだが、俺の場合、何故か、乗り移った死体にはまだ魂が残っていた。おまけに、その身体は女。

 まあ、その状態は、色々あって何とか解消され、現在、男の身体に魂を移す事に成功したのだが。


 更に、この世界の神、『ロキ』の作った、『ダンジョンという試練』をクリアしてしまったものだから、神と同格として扱われ、結果、こうして、ロキとは友人として付き合っている。


 ちなみにロキの奴は、現在、梟に擬態して、さも当たり前のように俺の肩に止まってやがる。今はこの姿がお気に入りのようだ。奴に言わせれば、俺は神の休憩場所、止まり木とのことだ。鳥居かよ。


「確かに、お前にとっては面白い事なんだろうが、こっちはそれどころじゃなかったぞ! ロキもこの世界の神なんだから、ああいったイレギュラーには……」

「まあまあ、ヘルも自力で解決させたがっていたし、良いではないか。その結果、貴様もこうして俺様と知り合えた訳だ。俺様も人間の友は初めてだ。こんな面白い事は、前の世界では不可能だったからな。アラタもそう思うだろう?」

「あ~、なんか納得できてしまうんで、もういいわ~。で、俺に頼みってのは?」

「ああ、それなんだが、こいつを見てくれ。俺様は、こいつが気に入ったぜ!」


 俺は、ロキが翼で指したモニターを覗き込む。


 ここは、この世界を統治する、神の空間。

 そして、この部屋は無数のモニターに埋め尽くされており、望めば、この世界のいかなる場所でも見る事が出来る。勿論、良からぬ使い方も出来るが、俺にその気は無い。もっとも、この世界での先輩であるイオリは、そういった使い方もしていたようだが。


「ふむ、何か武器を持っているようだな。って…、ん? これ、弓…、いや、ボウガン、クロスボウだな。ふむ、前の世界じゃありふれた武器だが、この世界で見るのは初めてだな」


 モニターの中では、一人の小柄な男が、レンガで囲まれた部屋に居た。

 ふむ、ベッドや、箪笥があるところからは、牢とかでは無さそうだ。地下室か?


 そして、その男の手には、形状としては、サブマシンガンの頭に弓がついたような、地球で言う所の、ボウガンと思われる武器が握られている。また、上部には大きなレバーがついており、それを引く事で、弓が絞られる。地球のと違うのは、引き金を指で弾くのではなく、前方の、サブマシンガンでなら弾倉に当たる、グリップ部分を握ることにより発射する仕組みのようだ。


「そうだ! 今までなら、こういった武器は、貴様やイオリのような、あの世界、地球から来た奴の知識が無いと不可能だと思っていた! しかし、この男は違う! 貴様ら勇者とは無縁の男だ! そして、こういった物こそが俺様の思惑だったのだ!」


 なるほど。

 この世界の文明レベルは、地球の中世レベル。

 だが、魔法があるからか、この手の武器はあまり発展していない。

 もっとも、魔法と違って気力も消費しないし、熟練した者なら連射も可能なので、弓そのものはかなり普及しているのだが。


 そして、ロキの思惑とは、俺のようなチート勇者とは違う一般人には、こういった創意工夫をして、ダンジョンをクリアして欲しかったのだろう。


「どれ、名前はナタン。で、この人の職業は…、って、奴隷じゃないか! その境遇で、よくこんな物、考え付いたな~」

「うむ、俺様が気に入った理由は理解できたよな?」

「ああ、これは凄いと思う!」


 その男、まだ15歳くらいに見える。

 俺の今の身体と同様、銀髪だが、ひょろっとしていて、少し気の弱そうな感じ。如何にも頼りない。身長は160cmくらいか。お世辞にもいい体格とは言えないが、まだ若いし、これからだろう。

 もっとも、俺に預けてくれれば、半年もあれば、身長はともかく、筋肉に関しては、皆が羨む身体つきにはできる。俺のこの身体だって、元はこいつと大差無かったものだ。


「え? でも、これは弓みたいだけど、威力は低そうね。普通の弓よりも弱そうだと思うわよ? 二人共、なんでこんなのに感心しているの?」


 こいつはリム。

 俺の魂が最初に憑依した身体の持ち主で、俺が出て行った結果、今は、俺の妻の一人でもある。

 金髪ロングの美少女、16歳。俺はロリコンではないが、成り行き上、娶る事になってしまった。


「ああ。だが、あの武器の利点は、弓とは違って、さほどの修練が必要無い事にあるんだ。多分だが、あれを扱うのに、筋力もだが、弓スキルは不要だろう。それと、あれを発展させると、かなり強力になる。サラちゃんの弓には負けるかもしれないが、低層の階層主くらいなら、一撃で狩るのも不可能じゃないはずだ」


 そう、ボウガンを強力にすれば、それはいしゆみとなり、立派な軍用兵器だ。

 充分、この世界の魔法に対抗できうる武器だ。


「アラタ、そ、それって…」

「ああ、下手しなくても、この世界の、攻撃魔法の価値が変わる!」


 ここで、俺とリムの会話を聞いていたロキが、にやりと笑う。


「そうだ! で、俺様が貴様らに頼みたい事も分かるよな?」

「ああ、ロキは神様だから、黙って見守るしか出来ない。だが、こいつだけは特別扱いしたいって事だろ? でも、いいのか? これは立派な武器。つまり、戦争にも使われるだろう。ロキは、人間同士が殺し合うのは嫌なんだろ?」


 うん、ロキは、人間同士が戦争するのが嫌だから、わざわざダンジョンと魔物をこの世界に出現させたと聞いている。


「うむ、流石はアラタだぜ。だが、俺様も貴様に出会ってから、少し考えが変わったのだ。なので、そこは気にしなくていいぞ。そして、これこそが俗に言う、神の加護って奴だな」

「う~ん、本当にいいんだな? しかし……。あ~、そういうことか! なんか少し分かったぞ! 確かに情勢はひっ迫している!」


 そう、全く、俺達人間ってのはどうしようもない。フェンリルは、階層主にお引きを付けることで、警告としたのだが、山城はそれに全く気付かず、遂にロキまで怒らせてしまった。

 とは言え、アウガル教信者でもなければ、ダンジョンは魔核採取場等ではなく、試練の場だということを知らないので、お引きが増えただけで気付けってのも、ちと厳しいだろう。

 もっとも、俺の時は最初からついていたけどな!


 ちなみに、ヌフの30階層に突如出現したあの魔物、実はトロワの80階層の階層主で、ロキが、チートな俺にぶつけるべく創造した、特別製だ!

 余談だが、ロキの話によると、フェンリルが試したら、結構いい勝負したらしい。


 それはともかく、遂に戦争と来たもんだ!


 しかも、当の山城は、もしエンヴァル王のシナリオ通りになったとしても、その結果がどうなるか、全く理解できていないときている!

 そらそうだ。彼はエンヴァル王に踊らされているだけ。使い捨てにしている奴隷だって、終身奴隷ばかり。日本でなら死刑囚だ。これも、彼に罪悪感を抱かせない為の、エンヴァル王の策の一環なのは間違い無い。

 うん、これ以上山城が壊れる前に、何とか止めてやるべきだろう。このまま放って置いたら、人を殺しても何も感じない、純粋な人間兵器にされてしまいそうだ。


 ロキは、俺の肩の上で、軽く微笑み翼を組む。


「分ってくれたようだな。つくづく俺様はいい友を得たものだ」

「ああ、俺も興味があるから彼のサポートは任せてくれ。あっちの方は、なるべく死人が出ないように頑張ってみるよ。だが、このエルフ領イステンドは、俺も行ったことが無い。なので、ロキ、この近くに飛ばしてくれないか。あ、出来れば、俺の屋敷ごと頼むよ。そろそろ、俺達の事を怪しむのも出て来たし、丁度いい」

「うむ! それでこそアラタだぜ! よし! そっちは任せろ! じゃあ、後は頼んだぞ!」

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