第4話 困惑するデュポワ家

      困惑するデュポワ家



 夕方、いつもより少し遅い時間だが、ご主人様が帰って来られた。

 180cmくらいの身長に、緑色のローブを羽織った、平均的なエルフ貴族の装いだ。ちなみに、ローブの色は、爵位によって変わるらしい。

 もっとも、ご主人様は、エルフ族にしては珍しい黒髪。しかも、これもエルフ族には珍しく、鼻の下にちょび髭を蓄えておられる。なので、この街では少し目立つ存在だ。


 何やら大きな包みを抱え、満面の笑みだ。

 なるほど。さっきの件、既に知っていらっしゃるのかもしれない。

 被るかもしれないが、早速、僕とお嬢様で今日の報告をする。


「ふむ、そんな事があったのか。儂も、伯爵の良くない噂は聞いておったが、そこまでだったとは。いや、ナタン、クロエ、本当に面倒をかけたな。して、そのお方は、何というお方だ? きっと、さぞかし名の通った方だろう。儂とてこのイステンドの男爵。きちんと礼を述べて、立て替えてくれた金をお返しせねば。いやなに、今日は、儂の書いた魔法書が売れてな」


 あ~、ご主人様がご機嫌なのは、そういう事だったのか。思わぬ副収入があったってところだろう。

 ちなみに、男爵様のお仕事は、領地の経営などではなく、このエルフ領の首都、イステンドで、魔法の教師をなされている。


「名乗らずに帰ってしまわれましたわ。でも、あれは確かに二人共ヒューマね! あ、でも、今考えてみれば、ヒューマのくせにテレポートの魔法を使えるなんて、ちょっと意外よね。お父様でも無理なのに」

「ふむ、ナタンは?」

「確か、男性の方がアラタ、女性の方はリムと呼びあっておられました。そして、ダンジョンに潜れって……」

「あ! そうよ! それが問題なのよ! お父様! あの人達にお礼を言う必要なんかないわ! 私を性奴隷にするつもりなのよ!」


 お嬢様が僕を遮り、まくし立てる!

 う~ん。でも、あの感じでは、そんなつもりではなかったような?

 なので、僕も補足しておく。


「いえ、お嬢様、あの方達の望みは、僕に…」

「だから、あのおもちゃで階層主を倒せだなんて、無理だって言ってるでしょ!」

「これこれ、二人共、それでは良く分らぬ。食事中にで良い。もう一度、順を追って話してくれんか?」

「あ、ごめんなさい。じゃあ、ナタン! あたしが食事の支度をするから、あなたからお父様に報告しておきなさい!」

「ふむ、ならばナタン、頼むかの」


 うん、お嬢様の性格では、要領を得た説明は厳しい。

 それを、ご自分でも分かっていらっしゃるから、僕に任せて下さったのだろう。


「では、ご主人様……」


 僕は、最初からもう一度説明する。


「ふ~む。その方達、噂で聞く、勇者とか呼ばれる、召喚者ではなかろうか? このエルフ領ではおらぬが、他国では、数年前からそのような者を、魔法で異世界から召喚しておるらしい。儂も詳しくは知らぬが、なんでも、基本能力値が高く、ヒューマであっても魔法に長け、更に、成長速度も桁違いだと聞いておる」

「どうでしょうか? ただ、僕の感じでは、もはや全く次元の違う存在、というオーラでした。ご主人様、差し出がましいですが、絶対にあの方達に逆らってはいけないと思います!」

「ふむ、しかし、あれの凄さが分かる者が他にも居たとは…。いや、何でもない。まあ、その方の様子では、ナタンでも狩れるという事なのであろう。ならばナタンよ、お前はあの武器を改良するなりして、言われた通り、ダンジョンの10階の主を狩るしかあるまい。金貨11枚の仕事と思って、頑張るが良い。そして、クロエよ! お前は、ナタンを全力でサポートしてやりなさい!」


 え?

 ご主人様も、あの弓もどきが階層主に通用すると?

 そして、クロエお嬢様が僕のサポート?

 まあ、金属を溶かしたりするのに使う、うちの簡易炉は魔力を込める気力式なので、僕よりも気力も魔力も高いお嬢様が手伝ってくれるのならば、助かるのは間違いない。

 でも、大丈夫かな?


 すると、背後からかん高い声が飛んで来た!


「ちょっと、お父様! いくら何でもあたしが奴隷の手伝いって!」


 やはりこうなる訳で。


 それに、ご主人様が溜息交じりに返す。


「ではクロエよ、お前の言い分では、その方達は、お前の身体が目的なのであろう? ふむ、お前はそうなるのが望みと。儂はお前を育てるのに失敗したのかの~? お前の母は…」

「ちょ、ちょっと、お父様、酷いわ! あ、あたしだって、そうはなりたくないわよ! あ~、仕方ないわね! ナタン! あたしが手伝ってあげるから感謝しなさい! そして、必ず生きて帰るのよ! でも、これじゃ、命を担保に取られたようなものじゃない!」

「そ、そうですよね……。と、とにかく、お嬢様、頑張ります!」


 うん、階層主がどんなのかは知らないが、今のままでは流石に無理だろう。でも、弓部分の素材を改良し、矢も鉄製にしたら、数十発も撃てば、不可能ではないと思える。

 それに、お嬢様が一緒に手伝って下さるというだけで、僕もかなりやる気が出て来た!


 話も一区切りついたところで、御主人様は、持って帰ってきた、大きな包みを机に置く。


「それでナタンよ。これは、丁度お前のあの武器に使えるのではないか? たまたま街の門で、お腹の大きな亜人の女がおってな。何でも、冒険者に騙されて、スケルトンの魔核ではなく、骨を買わされてしもうたそうでの~。これから生まれて来る子供の為にも、助けて欲しいと泣きつかれて……」


 ぶはっ!

 まあ、ご主人様のお人好しはいつものことか。

 机には、ぶっとい、くすんだ銀色の骨がいっぱいに広げられる。


 そして、お嬢様の反応もいつも通りと。


「あ~っ! またお父様はそんなものを買わされて! だいたい、このエルフ領に居る亜人なんて、碌な奴じゃないわ!」

「まあまあ、そう言うでない。確かに不審な点がある亜人ではあったがの。金を無心しているのは分かったが、それ程困っているような雰囲気は感じられなんだ。金額だって、銀貨一枚でいいからと言われたしの~。それに、いかに骨とはいえ、スケルトンのものは、武器の素材になると聞いておる。ならば、この量なら安かろう」


 ん? 確かに妙な感じだ。

 だけど、これは助かる。

 スケルトンの骨が武器の素材になるなら、うまくすれば、あの弓もどきを強化できるかもしれない。


 ところで、スケルトンとは、大きな剣を振り回す、人型の骸骨の魔物だ。僕は、まだ一度しか出会った事がないが、その時は一匹だけだったので、お嬢様の魔法で弱らせたところを、マッハで逃げた。この付近に出現する魔物の中では、そこそこというところだろう。


 ちなみに、銀貨一枚あれば、安い食堂なら充分な晩飯にありつける。

 そして、スケルトンの魔核なら、銀貨80枚くらいと聞く。最弱種、ゴブリンのならかなり劣るが、それでも、1個で銀貨20枚。なので、5匹で金貨一枚になる。


「はい、ご主人様、それは使えるかもしれませんね。あれを改良するにしても、素材をどうしようかと困っていたところなんです。しかも、その量で銀貨一枚は、確かに安いかもですね」

「うむ。ほれ、クロエ、ナタンもそう申しておるではないか。たまには、儂でも良い買い物をするであろう」

「ま、まあ、今のナタンに必要なら、丁度良かったわね。じゃあ、お父様、食事の支度が出来たわ。席にお付きになって。ナタンも、運ぶの手伝いなさい」

「はい、お嬢様」



 その後、三人で相談しながら食事を摂る。


 その結果、お嬢様は反対したが、僕の弓もどきが改良出来たら、冒険者ギルドへ行き、そこで、ダンジョンに潜る予定の、冒険者のパーティーに混ぜて貰えばいいのではないか?という結論に達した。


 そう、アラタさんは、あの弓もどきで階層主を倒せとは言ったが、あの武器『のみ』で倒せとは言っていない。それに、ついてくる訳でもないだろう。なので、何か、倒した証拠になるような、身体の一部でも持ち帰ればいいはずだ。

 本来なら、魔物には必ず一つある、『魔核』を見せればいいのだろうけど、流石にそれは無理っぽい。冒険者達は、それが目的で危険なダンジョンに潜るのだから。


「だが、クロエ、ナタンよ、そう簡単に混ぜては貰えまい。特に、ダンジョンに潜れるような連中にはな。だが、もし見つけられたなら、潜る前に、必ず儂にも紹介しなさい。これは命令だ。まあ、見つからなかった…、いや、とにかく二人で頑張るのだぞ」

「「はい!」」

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