第3話 神の加護

       神の加護



 へ?

 この人達、どっから湧いてきた?

 あ~、テレポートの魔法か。でも、それって、エルフでも使える人はごく僅かでは?

 なら、テレポートの石? しかし、それも国の管理が厳しいと聞く。貴族ならともかく、一般人には手に入らない代物のはずだ。


 一人は男で、身長はそれ程高くはない。僕と同じ銀髪を後ろに束ね、真っ白なマントで身をくるんでいる。年齢は僕より少し上くらいか? そして、穏やかそうな顔なのに、何か、とてつもないオーラを発している気がする。

 もう一人は、見事な金髪を胸までなびかせた、切れ長の目に、細い眉の美人、いや、美少女か? 見た感じ、年は僕と同じくらいだけど、この人も真っ白なマントを纏っていて、何やら黒いものを、虚空に突っ込んでいる。うん、あれはアイテムボックスだな。何度か、ご主人様が使っていたのを見た事がある。



 僕を両脇から掴んでいた手が離れ、借金取りは同時に振り返る!


「な、お、お前! い、いつ、来た?! ん? お前?! いや、あれ、忘れる約束」


 盾の方は、何か口走りかけたようだが、かなりびびってるな。

 まあ、良く分らないけど、びびっているのは僕も同じだ。


 しかし、槍使いの方は、そこまでではないようだ。


「え~っと、あんた、誰だ? で、待って欲しいって何だ? 俺達もこれが仕事なんでな。はいそうですか、とは言えないんだよ!」


 それに、そのマントの男が返す。


「う~ん、自己紹介する義理はないかな? それで、その証文、ちょっと見せてくれ。話はそれからだ。リム!」

「ええ、そうね。縮地!」


 げっ! リムと呼ばれた金髪美少女が消えた!


 と、思った瞬間、彼女は槍使いの目の前に出現し、そいつの懐から、あの紙きれを引き摺り出した!

 慌てて槍使いが奪い返そうとするが、彼女はもうそこには居ない!

 銀髪の男の側に立って、二人でその証文に目を通している!


「ふ~ん、確かに期限は過ぎているわね。でも、これ、元金は白金貨1枚よね? 利息だって、普通に一割。金貨1枚のはずよ? 何で白金貨11枚なの?」


 彼女はそう言いながら首を捻る。

 すると、槍使いの方が、にやつきながら答えた。


「おっと、裏を見てみな! 返済期限は6日前だ! これでも、端数は切り捨ててやってるんだぜ」


 二人は、すぐに証文を裏返す。


「げ! なんじゃこりゃ~っ! 返済期限を過ぎたら、利息は毎日50%って!」


 銀髪の男が、大声で叫ぶ!

 金髪美少女も、目を丸くしている!


 げげっ!

 暴利なんてもんじゃない!

 おまけに、裏に記載されてたって…。

 もはや、完全に詐欺のレベルでは?


 だが、槍使いは、さも当然といった様子で答える。


「確かにちょっと高めの利息かもしれねぇが、男爵様はそれにサインをされたんだ。なんで、約束は守って貰わないと困るんだよ。ちなみにそれ、複利なんで、明日になったら白金貨16枚ってところだな。分かったら、返してくれ!」


 槍使いは、呆気に取られている二人に駆け寄り、証文をひったくる!


 そこで、白マントの二人も正気に返ったようだ。

 銀髪のほうが、何とも高圧的な口調で、一言だけ発する。


「俺に従え!」


 すると、二人は手に持っていた槍と盾を地面に落とし、直立不動の姿勢を取った!


 へ? この人、今何をした?

 魔法か? しかし、『俺に従え』なんて、呪文ではないよな?


 すると、銀髪の方はうんうんと頷きながら、マントの中に手を入れる。


「ふむ、リム、こいつらにもちゃんと知能はあったようだ。これは成功だろう」


 リムと呼ばれた女性がそれに返す。


「ええ、流石はアラタね。で、これ、どうするつもり?」

「ん? 普通に金を返してあげて終わりだ。勿論、こんな契約書の金額じゃないがな。おい、手を出せ!」


 槍使いが黙って手を差し出すと、銀髪がマントから手を抜き、その手の平に、2枚の貨幣を置いた。

 僕も見るのは初めてだが、あの白く光っている方が白金貨だろう。もう一枚は金貨だな。

 そして、『アラタ』さんか、覚えておこう。


「帰ったら、雇い主に伝えろ! 『元金と利息は、6日前に回収しました』とな!」


 へ?

 いくら何でも、それは無理では?

 確かに6日前に返却した事にすれば、それでいいのだろうけど、こいつらが聞く訳が無い! 


「はい。そのように伝えます」

「はい。そう伝える」


 しかし、二人は、揃って、無機質に返事をした。


 ん~?

 どうやらそれでいいようだ。


「じゃあ、その証文を破って捨てろ!」

「「はい」」


 僕が呆然と見ていると、槍使いの方が、真っ二つに証文を割き、地面に投げ捨てた!


「うん、ご苦労さん。もう帰っていいぞ~。あと、二度とここには来るなよ~」

「「はい」」


 それ以上は何も起こらず、借金取り二人は武器を拾い、そのまま黙って帰って行った。


 そこで、完全に呆気に取られていた僕の後ろから、声が飛ぶ!


「ファイアショット!」


 僕の横を、30cm程の火球が掠める!


 振り返ると、お嬢様だ。

 破られた証文は炎に包まれ、黒い欠片となり、風に飛ばされていった。


 そして、お嬢様は深々と頭を下げる。

 こんなお嬢様は初めて見た。


「そ、その、本当にあり…、いえ、助かったわ! でも、あんなチンピラ、あたし一人で何とか出来たんだけど」


 ぶっ!

 お嬢様のプライドの高さは相変わらずのようだ。でも、頭下げてるし、感謝の意は伝わっていると期待しよう。

 しかし、ここはフォローしておくべきだろう。


「どなたか存じませんが、本当にありがとうございました! あ、申し遅れました! ぼ、僕はナタンと申します! デュポワ男爵様の奴隷です。そ、それで、あの白金貨1枚と金貨1枚、どのようにさせて頂ければ?」

「あ、あたしは、クロエ・ヴァン・デュポワ準爵よ! あ、確かにナタンの言う通りね。でも、ここでは何よね。狭い家だけど、どうぞお上がりになって!」


 うん、お嬢様も分かって下さっている。そう、不当な利息分はともかく、金貨11枚を、この人達が立て替えてくれたのは事実なのだ。

 しかし、アラタさんは、想定外の事を言い出した。


「ん~、家に上がるのは遠慮しておくよ。いや、噂を聞いてね。それでナタン君、君は、弓みたいな武器を作ったよね?」


 ん? あれのことか。

 僕がまだ小さい時に作った、弓もどきだろう。お嬢様がレベル上げと称して、魔物狩りに僕を連れ回すので、何の攻撃スキルもない非力な僕が、命の危険を感じた末に作った武器だ。

 ゴブリン程度なら、お嬢様の魔法なら2発で仕留められるけど、あの弓もどきでも3~4発で倒せる。

 慣れれば、気力の消費もなく、数秒で一発撃てるので、ゴブリンが相手なら、お嬢様の魔法とでもいい勝負ができる。お嬢様の魔法だと、次の詠唱に10秒くらいかかるからだ。


 しかし、あれ、お嬢様とご主人様以外には、見せた事がないんだけどな?


「はい。でも、あれ、作ったはいいのですが、ゴブリンくらいにしか通用しませんよ? スライムとかには、あの手の攻撃、あまり効果ないですし。それに、一対一ならともかく、数で来られたら、次弾の装填が追い付きません」


 うん、確かに便利だけど、そこまで価値はないのでは?

 お嬢様があれを見た時の反応は、聞くまでもなかろう。『こんなものに頼らず、もっと魔法を鍛えなさい!』だ。

 お嬢様も、僕と同様、隣で首を傾げている。


 しかし、アラタさんは落ちついた口調で返してくる。


「うん、今はそうだろうね。じゃあ、今から俺が言う事をよく聞いてくれ。ナタン君、あの武器を改良して…、そうだな~、この近くなら、アンのダンジョンかな。そこで、10階の階層主を倒してくれ。それが出来たら、それを、俺が金貨11枚で買い取ろう。あ、でも、階層主の魔核だけでもそれくらいの価値は充分あるか? まあ、魔核や、魔物から得られる素材は好きにしてくれ。それで、期限は、今のナタン君の、犯罪奴隷の刑期が終わるまでだ」


 え? え?

 それって、ダンジョンに潜れってことでは?


 ダンジョンの中は危険の巣窟そのものだ!

 入るのは、命知らずの冒険者だけと聞いている。


 確かに、あの弓もどきでも戦力にはなるけれど、それは、ゴブリンとかの最弱種相手だけだろう。

 10階毎に出現する階層主は、それこそ化物だという噂だ。

 それを倒せって、無茶振り、いや、死ねって言っているのと同じでは?


 等と考え込んでいると、お嬢様がアラタさんにつっかかった!


「あんなおもちゃで階層主を倒せなんて無茶よ! しかも、期限は一月って! あ! 解ったわ! 貴方、あいつらと一緒ね! きっと、あたしの身体が目的なのね! そうよ! 無理難題を吹っかけて、あたしを性奴隷にするつもりね!」


 ぶっ!

 いや、お嬢様、流石にそれは無いと思いますよ?

 お嬢様も可愛いと思いますが、言っては何ですが、そこのリムさんは、お嬢様よりも『女』っぽいです。具体的には、胸の辺りが若干。

 それに、あんなことが出来るなら、こんなまだるっこしい事をする必要も無いのでは?


「ふむ、なら、それでいいか。とにかく、さっきの条件は譲らない。嫌なら、今すぐここで金貨11枚だ。丁度、うちには特殊なスキルを持った奴が何人かいてね。そいつらの相手をして貰おう。いや、俺一人じゃ身体が……」


 ぶっ!

 これまた予期せぬ返答だ!


 だが、隣のリムさんが遮り、最後まで喋らせない。


「アラタ! あ、あたしはしないわよ! でも、奴隷はともかく、そこのクロエお嬢様が借金の担保、という案は面白そうね。じゃあ、ナタンさん、頑張ってね! それで、アラタ、こっちはこれだけでいいのね?」

「ああ。という事で、一月後にまた来るよ。では、ナタン君、クロエお嬢様が、『特殊なスキル』に目覚めない為にも頑張ってくれ。リム!」

「はい! テレポート!」


 げげ!

 二人が消えた!

 なるほど。これがテレポートの魔法と。


 僕はお嬢様と顔を見合わせる。


「特殊なスキルって何?!」

「特殊なスキルって何でしょうか?!」


 見事にはもってしまった。

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