第2話 ナタンとクロエ
ナタンとクロエ
「クロエお嬢様~、ご主人様の部屋の掃除、終わりました~!」
「ご苦労様~。って、ナタン! これじゃダメよ! 確かにゴミは片付いているけど、本棚の本の位置がばらばらよ! ちゃんと大きさ順に並べてよね!」
「え~? それ、僕なりに整理したつもりなんですよ~。ほら、左から火魔法、風魔法、光魔法…」
「あんたの基準なんて聞いてないわよ! あたし達貴族は、美しさ、調和を重視するの! なので、種類じゃなくて、本の大きさ、厚さ、背表紙の色、そういった基準で並べないといけないの!」
「は、はあ…」
「あ~、もういいわ! 後はあたしがやるわ! 全く使えない奴隷ね! お父様も、何だって、こんなのに部屋まで与えていらっしゃるのかしら? 奴隷なんて、裏庭で充分なのよ!」
僕の名前はナタン。16歳♂、ヒューマ族。ちなみに、ヒューマ族という呼び方は、エルフ族の言葉で、エルフ領以外では人族と呼ばれる。
ステータスは以下の通り。
【ステータス表示】
氏名:ナタン 年齢:16歳 性別:男
職業:奴隷≪ヘクター・ヴァン・デュポワ:死後譲渡:クロエ・ヴァン・デュポワ≫
レベル:18
体力:59/59
気力:62/62
攻撃力:58
素早さ:62
命中:63 +1
防御:58 +2
知力:65
魔力:68
魔法防御:65
スキル:言語理解3 交渉術1 家事2 武器作成2 危機感知1
土魔法2 水魔法2
このステータスだと、ヒューマ、所謂人族にしては、そこそこ魔法関連の能力が高いようだけど、このエルフ領では何の自慢にもならない。同じレベル18のエルフ族なら、普通、80くらいだからだ。もっとも、攻撃力とかなら、この僕の数値でも羨ましいらしいけど。まあ、ヒューマは平均的な伸び方らしいので、種族の特性と割り切るしかないけどね。
ちなみに、この『レベル』は、個人差はあるものの、年と比例して伸びていく。だけど、25歳くらいで頭打ちするらしい。もっとも、魔物とかを倒すと上がり易いので、それを生業としている冒険者は、年に比べてかなりレベルが高いと聞く。
後、ステータスの意味に関しては、ほぼ文字通りだ。気力は、魔法とかのスキルを使う時に消費するので、当然、上限は高い方がいい。丸一日で満タンに戻る。
知力に関しては、頭の良さというよりも、魔法の命中率、及び、習得のしやすさに関わるらしい。
現在僕は、ここのご主人様、ヘクター・ヴァン・デュポワ男爵様に、10歳の頃からお世話になっている。当時、孤児だった僕が、孤児仲間と一緒にこのお屋敷に盗みに入ったところを捕まり、その後、犯罪奴隷として引き取って頂けた。この、ナタンという名前だって、ご主人様から頂いた名前だ。古代エルフ語では、何か意味があるらしい。
また、奴隷という職業は蔑みの対象なので、正直、早く刑期を終えたいところなのだけど、こればかりは、いくら頑張っても反省しても短くはならない。おまけに、その時逃げた奴の罪まで僕に被らされた結果、刑期はかなり長めの6年。しかしそれでも、僕は他の奴らよりは恵まれていると思うので、あまり不満は無い。逃げた奴らのその後の消息なんて、もはや聞かないからだ。
そう、自由は無くても、こうやって、決まった寝場所と食事があるだけ、あの頃の生活よりは遥かにマシだ!
そして、この厳しそうな美少女は、クロエお嬢様。丸顔の横に、エルフ族特有の尖った耳を携え、軽くウェーブのかかった、山葵色の髪を肩までなびかせてはいるが、まだかなりあどけなさが残っている。
年齢は20歳らしいのだが、ヒューマの僕から見れば、まだ14~5歳くらいに見える。胸だってぺったんこだ。エルフ族はヒューマ族より寿命が長い反面、成長もゆっくりらしいので、これは仕方ないか。
性格は、絵に描いたような貴族だ。我儘、無謀、気まぐれ。なので、初めのうちは、お嬢様のせいで生傷が耐えなかった。そう、魔法の練習だとか、僕を鍛える為だとか言って、まだ10歳の僕を、魔物狩りに連れ回したからだ。もっとも、魔物の巣窟、ダンジョンにまでは流石に行かなかったけど。そこは、ご主人様に厳しく言われていたと見ていいだろう。
しかし、そんなお嬢様でも、僕は特に嫌いではない。見た目が可愛いということもあるのだろうけど、自分にも良く分らない。まあ、5年以上も一緒に生活しているので、慣れてしまったのだろう。
お嬢様に邪魔者扱いされてしまったので、僕は夕食の準備にとりかかる。
とは言っても、僕がするのは、食材の下拵えと食器の準備までだ。
僕が調理にまで手を出すと、お嬢様に叱られてしまう。
何でも、僕の調理法は独創的過ぎて、味は変わらなくても、作り方を知ってしまうと、食欲が失せるそうだ。
う~ん、魔法を使って調理しているだけなのにな~。
土魔法がいけないのだろうか?
かき混ぜたりするのに、便利なんだけどな~。
そこで、玄関を叩く音が聞こえた。
「は~い、今出ます」
ん? このお屋敷にお客さんとは珍しい。
だが、客の用件は予想がつく。
僕は玄関まで走って行くが、同時に、奥でお嬢様が走る音も聞こえる。
なるほど、お嬢様も僕と同じ考えのようだ。
僕が玄関の扉を開けると、やっぱりだ!
そこには、二人、如何にも人相の悪い、ヒューマの男が立っていた。
片方は身長が高く、皮製の兜を被っており、背中には大きな盾を背負っている。もう片方は、背は低いものの、がっしりとした体格で、背中には槍。二人共、皮の鎧に身を包み、腰には剣を挿しているので、雇われ冒険者だろう。
背の高い、盾を背負ったごつい男が口を開く。
「お、おらたち、ブネ伯爵、使い。で、お、お前、用件、わ、解っているよな? だ、男爵様、いるよな?」
僕は、どもりながら自己紹介する大男に、型通りの返答をする。
「丁度…、いえ、あいにく、ご主人様は居られません。なので、今日のところはお引き取り下さい!」
そう、こいつらは借金取り。これは想像だけど、どうやらご主人様は、
それでも、前回、ご主人様が居た時は、大人しく帰っていたのだが。
もっとも、僕はあんなご主人様を見たくはなかった。
ご主人様は、こんな奴らにぺこぺこと頭を下げ、いくつかの魔核を手渡していた。僕とお嬢様で狩った、ゴブリンの魔核だ。
魔核は、僕も詳しい事は知らないけど、何でも武器や防具の性能を上げるのに使われるらしい。しかし、最弱種ゴブリンのじゃ、大して金にはならないだろう。しかし、お嬢様がとても悲しそうな顔をしていたのを思い出す。
また、こんな奴らと言う理由は、奴隷でヒューマで、元ストリートチルドレンの僕が言うのもなんだけど、こいつらは只の冒険者、しかもヒューマだ。このエルフの街では、最下層の人種だ。そんな連中が、曲がりなりにもエルフの貴族、男爵であるご主人様に横柄な口を利き、あげくに、ずかずかと屋敷に入って来るのだ。僕はまだしも、プライドの高いお嬢様が悲しむのも無理は無い。
そして、思った通り、こいつらは帰ってくれないようだ。
槍を背負った、小柄の男が返す。
「おいおい、俺達もガキの使いじゃないんだよ。お前だって、ヒューマだから分かるだろう? このエルフの街、イステンドじゃ、こうでもしなきゃ食えないんだよ。なんで、この前みたいに魔核でいい。とにかく、利息分だけで払ってくれなきゃ、俺達も帰れないんだ」
ん? この人達、実はそれ程悪い人ではない?
僕がどう返事しようか迷っていると、背後から声がする!
「ナタンの言った通りよ! お父様はいらっしゃらないわ! それに、利息分ならこの前の魔核で充分なはずよ! それに、返済期限はまだのはずよ! だから帰って!」
振り返ると、そこには、杖を構えたクロエお嬢様が、鬼の形相で立っていた。
なるほど。お嬢様の言った事が本当なら、こいつらは、只、たかりに来ただけと。
しかし、これは不味いかもしれない。
こいつら、今の所は特に脅しもかけず、大人しく話をしていた。そこに杖を翳して、こちらから魔法を撃つぞという姿勢を示したのだ!
エルフの魔法は、ヒューマにとっては一種の凶器。確かに魔法が使えるヒューマも、僕を含めてそれなりには居るが、数は多くない。何より、魔力が段違いだ! 同じレベルで、同じ魔法を使った場合、ほぼ5割増しの威力と考えていい。
思った通り、こいつらは一瞬怯えた眼付をしたものの、すぐさま、戦闘態勢を整える!
大男の方は両手で大楯を前に翳し、小男の方は、その背後から槍を身構える!
ヤバッ!
僕は慌ててお嬢様と連中の間に割って入り、双方を遮る!
「と、とにかく、今はご主人様がいらっしゃらないので、僕達も勝手な事はできません。なので、ご主人様がお帰りになられたら、今日の事は必ずお伝えしますので、今日は、どうかお引き取り頂けませんか? ほら、お嬢様も杖を引いて下さい!」
すると、大男の方が、少しほっとした表情で盾を片手に持ち直し、空いた手を懐に入れ、一枚の紙を取り出す。そして、僕達から目を逸らしながら言う。
「ま、まあ、おら達、ここでやり合うつもり、無い。お互い、何の解決、ならない。ただ、そのお嬢様の言った事、間違い。ほら、これ証文! 期限、とっくに過ぎてる!」
僕がその証文を確認しようと手を伸ばすと、そいつは慌てて引っ込める。
そして、小男の方に一度振り返ってから、再びこっちを向く。
「ま、魔法で燃やされたら、困る。そ、それで、そのお嬢様、割と可愛い。こ、こういうの、おらも嫌い。だけど、あんた、返済の足しになる?」
そこへ、槍を構えていた奴が、にやつきながら追従する。
「お~、解決手段が見つかったじゃないか! お嬢様とやら、早速今から奴隷商だ! エルフの奴隷は少ないから…って、その胸じゃこの借金の額、白金貨11枚には足りないがな」
そいつはそう言って、お嬢様に近寄っていき、手を差し出す!
「ほら、来るんだよ! 確かに、もう少し胸がありゃ、3年契約で白金貨7枚くらいにはなるだろうが、今はこれで我慢だ! 嫌なら、この担保の家を差し押さえるだけだけどな! そうすりゃ、あんたら、明日からはどうするんだ? しかし、本当にこの家、白金貨11枚になるのか~?」
大男の方は相変わらず目を逸らしているが、小男の方は、にやにやしながら僕達を見回す。
チッ!
こいつら、最初からそのつもりだったのかもしれない!
そして、どうやら小男の方が指示役と。
確かに、このお屋敷、僕が見ても、白金貨11枚になるかは怪しいところだ。
何故なら、このお屋敷は街の城壁の外。街の結界の届くギリギリの範囲なので、魔物は近寄っては来ないが、とてもいい場所とは言えない。
おまけに、お屋敷とは言っているが、普通の貴族の住むお屋敷には、到底及ばない。リビング、シャワー、台所、お手洗い、一応最低限の設備はあるが、平屋だし、部屋も4部屋しかなく、後は、僕が使わせて貰っている地下室だけだ。
振り返ると、お嬢様は顔を真っ赤にして、連中を睨みつけているが、右手の杖を振り翳す素振りは見られない。
そして、小男の方が、下卑た笑いと共に腕を伸ばして来た!
僕は思わず口走ってしまった!
「じゃ、じゃあ、先に僕を売って下さい! もう刑期は殆どありませんが、何なら、更に契約しましょう! こんな僕でも、3年契約なら、白金貨数枚くらいにはなるはずです!」
すると、小男は手を引っ込め、僕を舐め回すように見る。
「ほ~。確かに見た感じ、そんなところだな。じゃあ、今日は利息分ってことで、こいつを貰っていく! お嬢様は次まで待ってやるから、その胸、もう少し成長させとけ!」
二人は僕の両脇に手を回す。
あ~、これ、ひょっとして、やっちゃった!って奴か?
確かにご主人様には、盗みに入った僕を、犯罪奴隷とはいえ、今までここに居させて頂いた恩がある。しかし、僕の刑期は6年なので、来月まで。そうすれば、晴れて自由になれる予定だった。
それを、後、更に3年って…。
しかも、買う奴は、今のご主人様のような人とは限らない。これは聞いた噂だけど、ダンジョンに奴隷を連れて行き、魔物の盾にする冒険者も居るとのことだ。そうなった場合、命がいくつあっても足りないだろう。
お嬢様を見ると、顔は真っ赤にしたまま、うな垂れてしまった。
プライドの高いお嬢様からすれば、相当悔しいのだろう。実質僕は、殆どお嬢様専属の奴隷だったような気もするし。
僕が大人しく彼等に連行されかけた時だ!
いきなり、連中の背後に、二人の人影が現れた!
「う~ん、そいつはちょっと待って欲しいんだが。今の環境を変えたくはないんでね」
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