第12話 矛盾するステータス
矛盾するステータス
その晩、食事を摂りながら、もう一度詳しく、今日の出来事をご主人様に説明する。
「ふむ、ならば、そのガレルという亜人、お前達はどうしたい? 今日の事であれば、まだ買い手はついておらぬと思うが、奴隷は高い。刑期にもよるが、白金貨数枚はするであろう。ナタンのように、儂が被害者であれば只なのだが、今回の被害者はブネ伯爵率いる、イステンド正規軍。残念ながら、儂にそこまでの持ち合わせはないのでな」
そう、奴隷落ちした犯罪者の所有権は、最初は被害者にある。勿論、被害者が居ないような犯罪なら、国の所有だ。
そして、あのブネ伯爵が、自分で亜人の奴隷を使うとは思えない。当然、売りに出されているだろう。
僕とお嬢様が顔を見合わせていると、ご主人様は軽く微笑む。
「まあ、その件は、明日、陛下にお会いすれば何とかなるであろう。あの二人は、それをも見越しておると見た。しかし、あの者達、本当に何者なのかの~? そもそも、何故ヒューマが、それを見下しているエルフの為に動く? 失礼とは思ったが、人物鑑定スキルで彼等のステータスを覗こうとしたのだが、全く見えなんだ。儂とてエルフの端くれ、魔力には自信があったのだがの~」
うん、考えてみれば本当に謎だ。
その後、ご主人様が、今回の事の発端となった、ブネ伯爵との経緯を教えてくれる。
何でも、伯爵は行商人を通じて、イステンドの西のイスリーンより、更に西に位置するフラッド帝国に居た、とある、ヒューマの奴隷の手記の写しを手に入れたようだ。
その内容は、フラッド帝国の勇者と、フラッド帝国内にあるシスのダンジョンの、41階層~69階層までに関するものだったらしい。
「お前達も知っての通り、儂は魔法の教師であり、研究者でもある。異世界より魂を召喚された勇者と呼ばれる者達は、ヒューマであっても魔法に長けるという話だ。結果、表向きは、魔物ひしめくダンジョンを攻略するのが目的と聞いておる。なので、その秘密をどうしても儂は知りたかった。勇者とは何か? 何故、ヒューマは危険なダンジョン、それも69階まで潜れる? 残念ながら、ここイステンドでは、勇者を召喚せぬのでな。儂もまあ、噂くらいは聞いておる。30階層まで行ける冒険者は、ごく僅かだと」
そして、ご主人様は借金してまでその手記を買ったそうだ。
勿論、伯爵が御主人様に対して良い感情を持っていないのも知っていたが、何としても手に入れたかったとのことだ。
更にご主人様は続ける。
「高い買い物ではあったが、非常に興味を惹く内容であった。その奴隷も魔法を使えたようだが、奴隷になる以前、ある者に言われたそうだ。『魔法書には、大きな嘘が含まれている』と。また、それが見抜ければ、『魔法の極意』というスキルを得られるやもしれぬと。結果、彼は、その嘘を見抜く為に、自ら志願し、フラッド帝国のダンジョンに潜る勇者の奴隷になったと記されておった。残念ながら、嘘があると言った者の名前の部分だけは、何故か消えておったが」
そこでお嬢様が、ガチャリとナイフとフォークを置く!
「魔法書に嘘があるですって?! 一般に出回っている魔法書の大半は、ここ、イステンドでエルフが書いたもののはずよ! 当然、お父様が書いたものも!」
ご主人様は、興奮しているお嬢様を、両手で宥める。
「うむ、儂とて嘘など書いたつもりは毛頭ない。勿論、魔法の行使にあたって、個人差があるのは確か。だが、大きな嘘という程ではあるまい。まあ、その件は、それを言った者に会えれば最も良いのだが、帝国は遠いのでな。ふむ、この話はもう良かろう。ところでお前達、レベルはどうなっておる? 先の話では、相当強い魔物であったと思われるが? 考えてみれば、よくぞ無事であったものだ」
あ、そういや、あれから確認してなかったな。一度だけ、パーティー項目を見ただけだった。
僕とお嬢様は、揃って右腕をご主人様に差し出した。
【ステータス表示】
氏名:クロエ・ヴァン・デュポワ 年齢:20歳 性別:女
職業:貴族 冒険者
レベル:26
体力:53/53
気力:120/120
攻撃力:51
素早さ:53
命中:50
防御:52 +2
知力:112
魔力:125 +2
魔法防御:115
スキル:言語理解3 家事3
火魔法3 風魔法2 光魔法2 回復魔法4
【ステータス表示】
氏名:ナタン 年齢:16歳 性別:男
職業:奴隷≪ヘクター・ヴァン・デュポワ:死後譲渡:クロエ・ヴァン・デュポワ≫
レベル:23
体力:77/77
気力:80/80
攻撃力:76
素早さ:80
命中:81 +1
防御:76 +2
知力:89
魔力:92
魔法防御:86
スキル:言語理解3 交渉術1 家事2 武器作成4 危機感知1
風魔法1 土魔法2 水魔法2
ぬお?
なんと、レベルが5も上がっている!
普通、ゴブリン程度なら、数十匹倒して、やっと1上がるかどうかと聞く。
しかも、今までなら、レベルが1上がっても3くらいしか伸びなかったステが、今回は平均すると、3~5ではなかろうか?
そして、このステならば、ヒューマとしてなら上出来だろう!
お嬢様も4上がっている!
これは、パーティーを組んだ事により、経験値均等割りの効果が出た結果だろう。組んでいなければ、止めを刺した僕のみに入る。
しかし、そうなっていたら、もっと凄い事になっていただろう。
「こ、これは…?」
「あ、あの魔物、一体何だったのよ?!」
お嬢様と顔を見合わせる!
「ふむ、間違い無かろう。お前達が倒した魔物、実は相当強かったのであろう。10…いや20階……以上? それで…、え…? はて? ナタン! クロエ! お前達の魔法スキル!」
いきなりご主人様が素っ頓狂な声を上げた!
なので、僕ももう一度スキルを確認する。
げ!
いつの間に?
何と、風魔法スキルを新しく取得している!
何かのはずみでスキルを取得する事は、ままあるらしい。
だが、これは異常だ!
何故なら、魔法スキルには、相反魔法というものがある。
火と水、風と土、光と闇がその関係にあり、片方を覚えられると、もう片方は覚えられないという性質だ。もっとも、その他の系統、時空と回復は影響ないらしい。
理屈は分からないが、ご主人様の本にも、いや、どの魔法書にもそう書いてあった。
僕は、既に土魔法のスキルを所持している!
風魔法を習得できる訳が無い!
更に、横でお嬢様も叫ぶ!
「え? 今朝、あたしの回復魔法レベル、確か2だったわよね? それがいきなり4って!」
食卓は騒然となり、ご主人様は腕を組む。
「先ず、ナタンよ、お前は風魔法、何を使える?」
「いえ、ご主人様の書斎の本を読んだ事はありますが、風系統で使える魔法なんてないです」
「う~む……、では、何か心当たりは?」
「いえ、魔物と闘った以外では無いです。伯爵に、魔法は跳ね返されるって聞いていたので、そもそも魔法は使っていません」
すると、お嬢様が割って来た。
「いえ、お父様、ナタンはあの時、光ったわ! そうよ! ガレルが狙われた時、あたし見たの! あれは絶対に魔法よ!」
へ?
そう言えば、何かお嬢様が言っていた気がするけど、僕はそれどころじゃなかった。
「ナタンは何か覚えておるか?」
「いえ、僕は無我夢中で……」
「ふむ、ではクロエ、何色に光った?」
「た、確か、青だったと思うわ」
「う~む、それだけでは何とも分からぬな。ただ、青く光ったのであれば、風系統である可能性が高いが、火魔法でも青く光るものはある。せめて、効果が分かればの~」
う~ん、僕もさっぱりだ。
「うむ、この件は一旦保留としよう。ナタンよ、何か分かったらすぐに報告しなさい。これは命令だ!」
「はい!」
「次にクロエだが……」
うん、お嬢様の場合は僕にも心当たりがあるので、僕から説明する。
もっとも、僕と同じで、お嬢様自身も全く自覚が無かったようだけど。
「ふむ、一度の回復魔法で、今まで半分以下だったナタンの体力が全回復。そして、同時に同一パーティーのガレルも全回復したようだと。ならばその効果、上級回復魔法、『ハイパーヒール』、ないしは、『パーフェクトヒール』と思われるな。そして、回復量とクロエの魔力からは、対象者の体力を全回復させる、『パーフェクトヒール』の線が濃厚だな。うむ、それならば、回復魔法4で使える」
なるほど。流石はご主人様だ。
しかし、ここで、ご主人様は腕を組みながら、まじまじとお嬢様の顔を見る。
「え、ええ、でもあたし、そんな上級回復魔法なんて知らないわ。魔法レベル3にならないと上級魔法は使えないから…」
そう、それが最大の疑問だ!
元々、お嬢様の魔法レベルが4であったなら、上級魔法を使えたことに、何の問題も無い。
しかし、朝、ガレルさんとステータスの見せ合いをした時のお嬢様の回復魔法レベルは、確かに2だった!
でも待てよ?
ん?
あ、そう考えれば説明がつくかも!
「ふむ、ナタンよ、何か気付いた事があるなら言いなさい」
僕が顔を上げると、すかさずご主人様が振ってくれた。
「はい。あ、でも、僕はヒューマです。それに、これは飽くまでも僕の勝手な想像、い、いや、妄想ですね。す、すみませんでした!」
そう、今僕が思いついた概念は、今までの魔法書に書いてあったこと、『魔法レベルによって、使える魔法は制限される』、を否定することになるからだ。
そして、ただのヒューマが、エルフ、しかも魔法の教師であるご主人様に意見などと、おこがましいにも程がある!
しかし、これは不味かったようだ。
ご主人様は、いきなり両腕を机について立ち上がる!
「ナタン! お前はこの儂を愚弄するつもりなのか?! 前から言っておるように、儂は研究者でもある! ヒューマの意見だからと言って聞かないのであれば、それは研究者として、いや、人として失格であろう! そしてクロエよ! そなたもナタンをヒューマとして馬鹿にしておるようだが、先の話を聞く限り、あの魔物、ナタンとその亜人抜きで倒せたか?! 確かに、種族によって得手不得手は存在する! だが、それは些細な事なのだ! その証拠に、儂は魔法を使える亜人も知っておる!」
うわ!
これだけ怒ったご主人様を見るのは、初めてかもしれない!
しかし、ご主人様の言っている事には、僕も共感できる。
うん、これは僕が悪いのだろう。僕の意見が間違っているかどうかは、ご主人様が判断すればいいのだ。
僕が縮こまりながらご主人様の圧力に耐えていると、隣のお嬢様が、かろうじて顔を上げる。
流石はお嬢様、反論するつもりだろうか?
「で、でもお父様、ナタンがあたしよりも魔法が下手なのは事実よ! だ、だけど、あたしは今日学んだわ! あの魔物はエルフだけでは倒せなかった! あの魔法兵達を見れば明白でした! ヒューマのナタンと亜人のガレル、そしてあたしが居て、初めて倒せたのだと! な、なので、もう他種族を馬鹿にはしません! そ、それでナタン、い、今まで馬鹿にして、ご、ごめんなさい」
へ?
なんと、お嬢様はちょこんと頭を下げている!
お嬢様から謝られたのは初めてだ!
すると、ご主人様は机についていた手を持ち上げ、ゆっくりとお嬢様の頭を撫でる。
ご主人様の表情を伺うと、満面の笑みだ!
そして、もう片方の手も、僕の頭に置かれた。
「うむ、クロエよ、それでよいのだ。儂は間違っていなかったと確信できた。このエルフ国家イステンドでは、他種族を見下して当たり前な風習があるが、儂は前から違和感を持っておった。現状、魔法が得意なエルフ族は、他種族に対し有利なのは間違いなかろう。だが、状況が変わればどうだ? 今日の魔物、魔法が通用しなかったのであろう? 儂はその魔物、それをエルフ族に知らしめる為に現れたのではないかとすら考えておる。ふむ、話が逸れたな。では、ナタンよ、気付いた事を述べるがよい」
ご主人様は、そう言って、再び席に着いた。
僕は、さっき思いついた事を遠慮なく話してみる。
「はい、僕の考えでは、魔法レベルが足りているからその魔法を唱えられるのではなく、その魔法を唱えられるから、その魔法レベルになったのではと。何故なら、僕は、最初は魔法スキルは何も持っていませんでした。そして、ご主人様の本を読ませて頂き、魔法を覚えることができ、結果、魔法スキルを得られました。ですが、本を読んだだけでは、魔法スキルはまだ空欄でした。試して成功して、初めて魔法スキルがついたのです。そして、これは矛盾することになります。魔法スキルを持っていない状態の僕が、魔法を使えるはずがないのですから」
軽く頷きながら聞いて下さっていたご主人様の目が見開かれる!
「むむ! 言われてみれば、確かにそうなる! だが、魔法レベルが1で、そのレベルにあった魔法しか使えていなかった者が、ある日気付くとレベルが2になっており、レベル2相当の魔法を使えるようになるのが一般的。ナタンよ、これはどう説明する?」
「はい、修練の結果、レベル2相当の魔法が唱えられる状態になったのではと。普段からあまり使わない魔法レベルが上がることは、まず無いと聞きますし。つまり、お嬢様の場合、レベル4相当の魔法が使えてしまった結果として、魔法レベルが上がらされたのではと」
ご主人様は、目を瞑り、黙って腕を組む。
ちなみに、お嬢様も全く同じ姿勢だ。
「ふむ、少々強引な気もするが、間違いとも言い切れぬな。ただ、今のクロエの状況を説明するには、その仮説が最も相応しいとも思える。では、ナタンよ、何故クロエが知らない筈の魔法を唱えることに成功したか、これはどう考える?」
「そ、そうよ! あたしはあの時、今まで通り、『ヒール』って唱えただけだわ! 勿論、あの時はガレルとナタン、両方を同時に回復させようとしたけど。あ! それで思い出したわ! あの時ナタン! あたしの事、散々言ってくれたわね~。へたれだの、へっぽこだの!」
ぬお?
これはとんだ藪蛇だ!
隣から手が伸び、僕の頬を摘まむ!
もう慣れている、というより大して痛くないので、お嬢様に頬をいじらせながら考える。
しかし、これではさっぱり分からない。
ただ、二人同時にかけられたのは、冒険者スキルによる恩恵だろう。
そして、あの時、僕があえてお嬢様をキレさせたのは間違った判断ではないと思っている。
今までの経験から、キレたお嬢様の魔法の威力は凄まじい。昔、ゴブリン相手に僕が攻撃を喰らった時、『あたしの奴隷に何するのよ!』って、ファイアショット一撃で仕留めたことがあったからだ。
僕が黙って考え込んでいると、お嬢様の気も済んだようで、手が引っ込められる。
そして、再びご主人様が口を開く。
「呪文の詠唱に関しては、無詠唱でも成功した例がある故、儂はそれほど気にしておらぬのだが」
なんと!
無詠唱でも可能だと!
まあ、今の僕には無理だろうけど。
しかしこれで、詠唱そのものに拘る必要は無くなったと見ていい。
「う~ん、僕では何とも分かりませんが、その話ならご主人様、魔法って、要はイメージを固め、それを具現化する作業ですよね? では、あの時、お嬢様はどんなイメージをされていましたか?」
うん、これが最も重要な筈だ。
「え? そ、そうね。あの時はナタンに馬鹿にされて、見返してやりたい一心だったわ!」
「うむ、ナタンの考えで間違ってはおらぬ。しかしクロエよ、今聞いておるのは、どのようなイメージをしたかだ」
ご主人様も身を乗り出して来る。
「う~ん、普段は、あたしの魔力で、優しく包み込んであげるイメージよね。でも、あの時は確か、あたしの魔力をぶつけて、身体の奥まで染み渡らせてやる!って感じだったかしら? あ、ごめんなさい、お父様、あたしじゃ上手く説明できないわ」
なるほど、お嬢様の説明が抽象的過ぎるのは仕方ないとして、これは明らかに別のイメージだろう。回復系統が使えない僕には、あまり想像できないが。
しかし、ご主人様は大きく頷く。
「いや、クロエ、それで充分だ。儂には理解できるのでな。そして、その概念はかなり乱暴ではあるが、上級回復魔法『パーフェクトヒール』で間違い無かろう。もっとも、儂の本ではもう少し具体的に書いておるがな。うむ、クロエとナタン、今日はご苦労だったな。おかげで、儂も貴重な意見を聞けた。二人共、感謝しておるぞ」
ご主人様が立ち上がったので、僕は洗い場に向かう。
お嬢様も、机の上の食器を重ね始める。
「むむ…? ひょっとすると、これこそが、『魔法書には、大きな嘘が含まれている』ということなのやもしれぬな……」
ご主人様は、軽く上を向き、顎に手を当てながら部屋を出て行った。
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デュポワ男爵の背後には、『認識阻害大』の効果がついた帽子を被った二人組が立っていた。
二人は、目の前で話し込んでいる3人に気付かれぬよう、テレフォンの魔法で、脳内会話をする。
(この男、流石は、エルフ国家イステンドで魔法を教えているだけありますね。詠唱そのものには意味が無い。単なる掛け声、補助であるということも、既に知っていそうです)
(だな。だが、やはり凄いのはナタン君だ! あいつ、魔法レベルにもあまり意味が無い事を、完全に理解しやがった! この調子だと、ダンジョンに潜らなくとも、『魔法の極意』を習得してしまうかもな。で、魔法の得意なミレアさんは、これ見てどう思われますか~?)
(え? わ、私ですか? た、確かに、私達より先に習得されたら屈辱ですね。アラタさんの妻として、長野さんにも負けられません! サラちゃんには負けてしまいましたが……。ちょっとダンジョン行って、魔法ぶっ放してきます! テレポート!)
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