第19話 陛下の愛情表現
陛下の愛情表現
王宮で何があったかの説明は、お嬢様も理解して下さったようだが、依然、陛下がお嬢様の実の母であるという事は、確信ではあるが僕の憶測なので、陛下が補足して下さる。
「うむ、ナタンよ、手間を取らせたな。そしてクロエよ、そなたには本当に済まなんだ。当時のヘクターは、わらわの専属護衛。一般には
なるほどな。
陛下が一般のエルフ族とは違って、ヒューマであるアラタさんを見下さなかったのは、ご主人様がハーフだったからと。
そしてご主人様が、亜人やヒューマを差別するお嬢様を嗜めたのも、これまた当然と。
しかし、まだ疑問は残るな。
そう、契約奴隷であったご主人様が、何故、陛下と関係を持てたかという事だ。
そういった間違いが起こらない為の、契約奴隷では?
しかし、この陛下の性格ならば、何があったかは想像できてしまうけど。
「そ、そうだったんだ……。ま、まあ、お父様に陛下が好意を抱いてしまわれたのは、不可抗力よね。で、でも、いきなりあたしのお母様だとおっしゃられても……。そして、それが事実なら、あたしはクォーターになる訳……よね?」
「うむ。20年間も放っておいたのだ。いきなり母と言われてもまだ納得はできまい。しかし、そなたがクォーターである事には誇りを持つがよい。そなた、ヘクターから聞いておるぞ。何でも、まともに料理が作れるとか。一般のエルフは、わらわも含めて不器用な者が多くての~。なので、王宮で契約していた奴隷の多くは、亜人かヒューマじゃ。仕事すら与えて貰えなんだ最下級貴族であったヘクターが何故、普通は縁故採用である筈の、王族の騎士として採用されたかも、あ奴が、魔法以外の武術スキル、そしてエルフ族には珍しく、100を超える攻撃力のステータスを持っておったからじゃ。もっとも、これも一部の者しか知らぬがな」
ふむふむ。
やはりご主人様は凄かったと。
そして、これで全て繋がった気がする。
そう、ご主人様は元冒険者で、しかも、ハーフだった為かエルフにしては珍しく、攻撃力のステータスが低くない。
道理で、僕とお嬢様でダンジョンに潜るという話になった時も、あまり動じてなかった訳だ!
うん、ご主人様は、ダンジョンの10階の階層主くらいなら倒したことがあると見た!
最悪、ご自身がついて行くつもりだったのだろう。
また、エルフ族が不器用だったとは、僕も知らなかったな。ご主人様にもお嬢様にも、不器用だと感じた事は無かったからだ。
そして、これで何故、エルフ族が他国から亜人やヒューマの奴隷を大勢輸入していたかも納得だ! そういや、このイステンドの郷土料理なんて、聞いた事ないな。
お嬢様は、頷きながら聞いてはいたものの、未だ何とも神妙な面持ちだ。
確かに陛下のおっしゃる通り、いきなり出てきて母だと言われてもな。
もっとも、親の顔すら覚えていない僕からすれば、羨ましい限りではあるけど。
「そ、それで、陛下はこれからどうなさるおつもりなの? あのブネと離婚して、お父様と再婚なされたということは理解できたけど」
お嬢様は、そう言って辺りを見回す。
うん、お嬢様の言いたい事は分かる。ご主人様には失礼だけど、このお屋敷が王族に相応しいとはとても思えない。
「ん? どうするも何も、わらわは、これからそなたとヘクターと一緒にここに住むつもりじゃが? 確かに王宮とは違うが、何処でも住めば都じゃろう。あの、息苦しい王宮に比べれば、ダンジョンの方がまだマシじゃ。ブネの奴は、わらわがあの椅子にふんぞりかえっているとほざいておったが、あ奴もあの椅子に座れば、わらわの気持ちも少しは理解できるであろう。あ奴がわらわのヘクターにしたことを思えば、いい気味じゃ。それよりそなた、いや、クロエよ、わらわは元女王ではあるが、それ以前にそなたの母じゃ。お母様と呼んでは貰えぬか?」
ぶっ!
陛下がブネに王位を禅譲したのは、単なる仕返し、嫌がらせだったのかもしれない。
事実、辺境に飛ばそうとしてたしな。
もっともそれ以上に、陛下があそこから逃げ出したかったというのが大きそうだけど。
そして、今の発言からは、陛下もダンジョンに潜ったことがありそうだ。
また、呼び方に関しては、僕も考えさせられるな。陛下は元女王なので、今まで通り陛下で問題ないだろうけど、お嬢様は、やはり殿下とお呼びしないといけないか? とは言え、いきなり変えるのは難しいし、何か言われてからでいいだろう。
「わ、分かったわ。そ、その、お母様、これから宜しくお願いします」
お嬢様は少し俯きながらも、しっかりと返答した。
うん、これでいいのだろう。
そして、このお屋敷はこれから賑やかになりそうだ。
もっとも、僕からすれば、お嬢様以上のモンスターが増えそうなので、心配ではあるけど。
陛下も、そのお嬢様を見て、満足そうに頷く。
そして、椅子を後ろにずらし、ポンポンと膝を叩いた。
「うむ! ならばクロエよ、こちらに来て、この母の膝の上に座るがよい!」
「は、はい」
あ~、そういう事ね。
だが、いくらお嬢様がまだ小柄だとはいえ、少し厳しいのでは?
しかし、お嬢様が恐る恐るその膝に腰掛けると、陛下はしっかりとお嬢様を抱きしめた!
お嬢様も戸惑ってはいるようだが、満更でもない感じだ。
うん、何か、僕もぐっときてしまった。
そして、陛下はお嬢様を膝の上に置いたまま、ご自身のドレスの肩に手をかける。
「これ、ナタンよ。そなたはこちらを見るでないぞ」
「はい!」
ん?
何をするつもりだ?
僕が椅子ごと後ろに向くと、更に背後から声がする。
「ではクロエよ、今までやれなかった分、存分にこの母の乳を吸うがよい! うむ、そなたが吸えば、きっとまだ出るであろう」
ぶはっ!
何をやっているんだか!
やはりあのお方は、お嬢様以上なのは間違いない!
僕は、絶対に陛下達を見ないように意識しながら、ダッシュで地下室に逃げ込んだ!
「へ、陛下、いえ、お母様! 流石にそれは無理~っ!」
「これ、そう暴れるでない! え~いっ! パラライズ!」
上の階で怒号が響く中、僕はベッドの上に座り、何が起きているかを意識しない為にも、あのアルク・フェイブルについて考える。
あれがこの先必要になるのは間違い無い筈だ。
とは言え、あれを扱えるのは、多分、イステンド軍でも高レベルの人達のみだろう。お嬢様を見た限りではそう思える。
何故なら、イステンド軍には、エルフ族しか居なかった筈だ。あの場に居た魔法兵や衛兵さん達も、皆、長い耳。ヒューマや亜人は皆無だった。
うん、更に改良が必要だな。
お嬢様でも扱えるくらいにするべきだろう。
ならば、先ずは、矢を番えるのに必要な力を少なくする必要があるな。
これは、上部の、矢を番えるレバーを長くすれば解決できるだろう。長くなり過ぎるようなら、折り畳み式にすればいいだけだ。
だが、もう一つの問題、反動を少なくするにはどうすればいい?
何か、柔らかい物を持ち手の後ろにつけるか?
だが、しっかり固定しておかないと、当然威力は逃げるし、命中精度も下がるだろう。
やはり、ある程度の体力のある、ヒューマか亜人でないと無理なのだろうか?
ん?
何も、人間が持つ必要は無いのでは?
要は、向きさえ調整できればそれでいい筈だ!
そう! 元々地面に固定した台に乗せてやればいい!
特に、今回は迎撃のみが目的だ! こちらから移動する必要は無い!
つまり、街の城壁の上とかに固定してやればいい!
そして、それならば!
うん、連射も可能だ!
弓部分を、複数つければいいだけだ!
僕がその結論に達した時、地下室の扉が乱暴に開け放たれた!
「ナタン! 逃げるわよ! お母様が、おむつを替えさせろとか、意味不明な事を言い出したわ!」
ぶっ!
まあ、陛下の気持ちは分からなくもない。
きっと、産まれてすぐに、ご主人様に引き取られたのだろう。
なので、子育てを一からやってみたいと。
「は、はあ…。ですがお嬢様、逃げると言っても何処に? それに、僕の御主人様はヘクター・ヴァン・デュポワ伯爵様です。流石に、このお屋敷を離れる訳には……」
「つべこべ言わずにあたしに付き合いなさい! でも、そうね……。あっ! あのヒューマの屋敷がいいわ! ナタンは、あそこであの弓もどきを作る予定なんでしょ? 丁度いいじゃない。あたしが手伝ってあげるわ! あそこなら、部屋も余っていそうだし」
「え…? で、ですが……、アラタさんには、既に優秀な職人さんが……」
僕の言い訳も空しく、お嬢様は強引に僕の手を掴み、そのまま階段を駆け上がる!
当然、階段を昇り切ったところ、廊下に出ると、リビングから声がかかる。
「これ、そなたら、そんなに慌てて何処へ行く?」
「もう、お母様には付き合っていられないわ! ここを出るのよ!」
「あ、アラタさんのお屋敷です!」
「ふむ、ならば……」
お嬢様と僕は、陛下を置いて外に飛び出した!
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