第20話 真のエルフ


        真のエルフ



 道中、僕は考える。


 飛び出して来たのはいいものの、大丈夫だろうか?

 陛下に悪意が無いのは確かなのだけど、お嬢様の気持ちも理解できる。

 僕だって、そんなプレイ?を強要されたら、逃げ出すだろう。もっとも、奴隷じゃ拒否はできないけど。

 まあ、行き先は告げてあるし、最悪、ご主人様からテレフォンの魔法で連絡があるはずだ。


 ちなみに、さっきから僕の左手は、ずっとお嬢様に握られたままだ。

 少し照れるけど、悪い気はしない。


「ナタン、着いたわよ! じゃあ、あなたから説明しなさい!」


 門の前でお嬢様は、そう僕に振り返る。


 え?

 丸投げですか?

 とは言え、確かにお嬢様自身には、ここに来る理由が無い。

 まあ、今まで、アラタさんから悪意は感じられなかったし、そう悪い事にはならないだろう。

 最悪でも、追い返されるだけなはず!


「すみませ~ん! デュポワ伯爵の奴隷、ナタンです! あの、アルク・フェイブルを作りに参りました!」


 僕は大声で叫ぶ!

 多分、ここからじゃなくても、門を潜って、玄関を叩けばいいとは思うのだけど、何となく、この門を潜るのには抵抗があった。


 すると、玄関が開き、中からメイド服を着た女の子が出て来て、こちらに駆けて来る。

 頭の上には、紫色の可愛らしい耳。亜人…、猫人族か?

 そして、顔も可愛い! 見た感じは、僕よりも年下、12~13歳くらいか?

 丸顔で、少し低めの鼻に、ぱっちりとした目。僅かにそばかすが残っているが、それはそれで幼さを強調しているようで、これまたいい。

 う~ん、変な趣味に走ってしまいそうだ。お嬢様で耐性はついていたはずなのだけど。


 すると、いきなり脇から小突かれた!


「ナタン! ぼ~っとしないで!」

「は、はい! すみません! ナタンです! アラタさんに、あの武器を作るのに、ここの工房を使用していいと言われたもので……」


 ここまで言って、僕は気付いた!

 そう、僕は何も持って来ていない!

 あれを作るには、あの『ラージスケルトンの骨』が欠かせない!

 あれは、まだ僕の部屋にある!


 そして、ここでその少女が目の前に到着した。


「そんなに大声出さなくても大丈夫ですにゃ。猫人族は耳もいいのですにゃ。でも、次からは玄関をノックしてくれれば充分ですにゃ。アラタさんから聞いていますにゃ。それで、陛下と伯爵様は御一緒じゃないのですかにゃ? あ、申し遅れましたにゃ。私は、アラタさんの使用人、兼、許婚者いいなずけの、サラ・スワレンですにゃ」


 ぬお?

 アラタさんは、リムリアさんと結婚していたはずでは?

 ま、まあ、貴族なので複数の妻を娶るのは可能だとは思うけど、それにしても、こんないたいけな少女を……。あ、リムリアさんも美少女だったか。


 アラタさん、ロリコン確定だな。


 って、そっちじゃなかった!


「は、はい、ご主人様はまだ王宮です。後程、陛下と一緒に来られるかと。ですが、先程の謁見で、あの武器、アルク・フェイブルが必要になるのは間違いなさそうなので、それなら、作らせて頂くにしても、ここの工房を先に拝見させて頂こうかと」


 とっさの言い訳だけど、どうだ?!


「むむ。アラタさんから聞いてはいましたが、しっかりものさんですにゃ! なら、どうぞですにゃ! で、そちらのお方はどういった御用ですかにゃ?」


 お、僕はOKなようだ。しかし、問題はお嬢様だ!

 サラさんは、僕に一礼をして左手を後方に引いて通るように促した後、すぐさまお嬢様の前に立ち塞がる!


「あ、あたしは……、そ、そう! あれを作るのに、あたしも協力したの! そう! あたしは今回、ナタンの助手よ! そ、それで、あたしはクロエ・ヴァン・デュポワ準…、いえ、男爵よ!」


 ぶっ!

 お嬢様の口から、僕の助手なんて言葉が出るとは!

 うん、あの陛下から逃げるのに、かなり切羽詰まっているな。

 とは言っても、どうせ後で陛下も来る予定なのだけど。


「ん~、まあいいですにゃ。どうぞですにゃ」


 ほっ。お嬢様も何とかクリアと。

 サラさんは、ジトっとした目線をお嬢様に投げかけた後、僕達を先導する。



 玄関を入ってすぐの、応接室と思われる部屋で、僕達二人は待たされる。

 程無くして、アラタさんが入って来た。


「お待たせしたね。うん、ナタン君、早いに越した事は無い。それで、早速作るかい?」

「いえ、申し訳ないのですが、材料を持って来ていません。あれを作るには、特殊な素材、『ラージスケルトンの骨』が必要なんです。他の材料は、普通の工房ならありそうなものばかりなんですが。なので、もし良ければ、今から取りに帰りますけど?」


 うん、鉄とか材木は普通の工房ならあるはずだ。だけど、流石に魔物の特殊素材は置いてないだろう。


「いや、その必要は無いな。うちは、大抵の特殊素材も用意してあるからね」


 え?

 それって、凄くないですか?

 そもそも、ただのスケルトンならまだしも、『ラージスケルトン』なんて、何処に出現する魔物かも分からない。大方、ダンジョンで出現するのだろうけど、それなら、尚更手に入らないはずでは?


「なら、丁度いいじゃない。ナタン、早速作らせて頂いたら?」


 あら、お嬢様は相変わらずか。もっともお嬢様の場合は、ここに『避難』してきたのだから、工房に籠れるのならば、好都合ってところだろう。


「じゃあ、すみません。早速使わせて頂いて宜しいでしょうか?」

「ああ、勿論だ。だけど、昼食はもう済ませたかい? もしまだなら、うちで食べるといい。俺も、うちの工房長とか紹介したいしね。デュポワ男爵もそれで構わないですか?」


 なんと!

 いきなり押しかけたのに、ご飯まで食べさせて頂けると!


 僕がお嬢様に振り返ると、流石のお嬢様も少し戸惑っているようだ。


「え、ええ。か、感謝致しますわよ!」


 完全に声が裏返っているな。



 リビングに案内されると、大きなテーブルには既に、純白の耳を頭に乗っけた、これまた美人の亜人さんが大きな腹をさすりながら席に着いていた。耳の感じからは猫…、いや、犬人族か? ティーカップが出ている所を見ると、この人達は既に食事を済ませているようだ。

 なんか、本当に申し訳ないな。


「うん、俺達は既に済ませているが、気にしないでくれ」


 朝出て来た、マリーヌさんと、サラさんも出てきて、僕達の椅子を引いてくれる。

 そういや、このお二人、ファミリーネームがスワレンで一緒だったな。母娘でここに勤めているのだろう。髪の色も、同じ紫だしな。


 僕達が腰掛けると、早速自己紹介される。


「あたいは、カレン・コノエっす。アラタさんの妻っす。後、ここの工房長っすね」


 うわ、この人もアラタさんの奥さんと!

 しかし、この人はリムリアさんとは違って、完全に大人の雰囲気だ。胸もかなりでかい!

 そして、お腹を見る限りでは、妊娠中と。


「デュポワ伯爵の奴隷のナタンです。お世話になります」

「今日は、ナタンの助手として来たわ! クロエ・ヴァン・デュポワ男爵よ!」


 ん?

 お嬢様の声に、少し棘がある気がする。

 ひょっとして、張り合っているのだろうか?

 だけど、申し訳ないですが、お嬢様では相手になりませんよ?


「じゃあ、ナタン君、早速で申し訳無いけど、あれの弓部分、どうやって作ったか教えてくれないか? いや、俺達でも作れるとは思うのだけど、どうもばらつきが酷くてね」


 気付くと、僕の隣にはアラタさんが、そしてカレンさんの隣にはリムさんが来た。


「そうっす! あたいらも、ラージスケルトンの骨と、鉄を混ぜた合金が弓の素材に最適なのは分かってるんすよ。でも、当たり外れが激しいんすよ。しなりすぎたり、逆に全くしならずに折れたりと、本当に苦労したんすよ」


 え?

 このカレンさんの台詞からは、この人達は、既にあれを作った事があるようだ。

 なら、僕は必要無いのでは?

 あ、でも、なかなか成功しないと。

 確かに、これから大量生産しようというのに、当たり外れが出ては問題だな。


「う~ん、あれの骨を一本と、後は拾って来た鉄の鍋を混ぜたら、偶々あれが出来たとしか……。ひょっとして、僕、もの凄く運が良かったのでは?」


 すると、アラタさんが、テーブルの上に鉄の鍋と、ラージスケルトンの骨を乗せた。


「あ~、ひょっとして、材料に使ったのは、両方、これくらいの大きさかな?」

「は、はい、それくらいかと」

「どうもっす! じゃ、リムちゃん、これの重さ計るっす!」

「ええ、カレン姉様! じゃあ、あたしは工房で待っているわね!」


 そして、リムさんがその鍋と骨を持って、部屋から飛び出して行った!

 なるほど、今ので分かった事は、混ぜる割合が重要と。

 ならば、僕の運が良かったのは間違いなさそうだ。

 ちなみにお嬢様はこの状況を全く理解できていないようで、きょとんしながらリムリアさんを見送っていた。


「うん、ありがとう。じゃあ、もう出来たようだね。簡単だけど食べてくれ」


 マリーヌさんとサラさんが運んできてくれたのは、白飯の上に、何やら茶色いどろどろしたものがかけられたものだった。それにスプーンが添えられる。

 う~ん、見た感じは、お世辞にもいいとは言えないだろう。


 僕とお嬢様が顔を見合わせると、アラタさんはにやりと微笑む。


「あはは、それはカレーって食べ物だ。少し辛いと思うけど、味は保証するから、まあ食べてくれ」

「は、はあ、い、頂きます!」

「え、ええ……い、頂くわ」


 僕とお嬢様は意を決して、スプーンでその茶色い物体がかかったご飯を口に運ぶ!


 ん?

 なんだこれ?!

 言われた通り、確かに辛い!


 だが、旨い!


 隣を見ると、お嬢様も同じ感想のようだ。

 せわしなく、スプーンが皿と口を往復している!


 僕達は、無言でがっつく!

 気付くと、二人揃って綺麗に完食してしまったようだ。


「ご、ご馳走様でした! 美味しかったです!」

「御馳走様! そ、それで、コノエさん、これの作り方、教えて頂けない?! これは、是非ともお父様にも食べさせてあげたいわ! あ、ついでにお母様にも」


 あ、そういや、陛下、今頃どうなされているのだろう?

 食材はまだ残っていたと思うけど、不器用だって言っていたし、自分で食事を作るとは思えない。

 まあ、今更心配しても仕方ないか?

 うん、これは諦めよう。



 その後は、待望の工房へと案内される。

 ここも地下室のようだが、僕の部屋よりはかなり広い。

 中央に、大型の気力式と思われる炉が配置されている。うん、これなら、うちの簡易炉よりも遥かに出力があるはずだ。もっとも、あれに気力を注入する作業は大変そうだ。多分、僕では無理だな。お嬢様でやっとというところか?

 そして隅には、様々な物資が丁寧に積まれていた。見た感じでは、鉄塊等の武器や防具に使う金属だろう。


 既に待っていたリムリアさんが、アラタさんとカレンさんに報告する。


「重さの比率は、鉄が3の骨が1ね。でもこれ、あたし達がやってたのと、ほぼ同じ比率よ?」

「なら、悔しいっすけど、腕の可能性が高いっすね~」


 カレンさんはそう答えながら、大きなお腹を揺らして、隅に置いてあった椅子に腰かける。この感じだと、自身を労わって、今回は指示役に徹するようだ。


「よし、じゃあ、ナタン君、俺達に何でも指示してくれ。材料は、その鍋でもいいけど、ちゃんとした鉄塊もあるが、どうする?」


 アラタさんはそう言って、僕の前に立ち、鍋と鉄塊を僕に差し出す。そして、リムリアさんが炉の後ろに回り込んだ。


「え? ひょっとして、職人って、アラタさんとリムリアさんなんですか?」


 うん、これは意外だ。

 アラタさんは商人、こういった事を出来るとは思えなかった。

 リムリアさんだって、今までの感じからは、魔法が得意な美少女。あまりにも不釣り合いだ!


「遠慮しなくていいっすよ~。今は、ナタン君がここのトップっす。ああ見えても、アラタさんの鍛冶師レベルは5。リムちゃんだって4っす。それにあたいも、やれる事は手伝うっす! ってか、最近、皆気を遣って、あたいに仕事させてくれないんすよ」


 お嬢様もかなり驚いているようだ。

 目を完全に丸くしている。


「じゃ、じゃあ、せっかくなんで、その鍋で行きましょう。そ、それで、最初は僕達だけでやってみたいと思います。なのでお嬢様は、前回同様、あの炉に気力を込めるのをお願いできますか?」


 うん、ここはお嬢様にも参加して頂いて、存在理由を示して貰わねば!


「分かったわ! あれに気力を込めればいいのよね?!」

「はい、お願いします」


 すると、リムリアさんがお嬢様を手招きして、扱い方を説明する。


 僕は、前回と全く同じ手順でトレーの上に鍋と骨を置き、それを炉に差し込む。


「じゃあ、お嬢様、お願いします!」

「ええ、任せなさい!」


 あれ?

 どうやら出力が足りないっぽいな。

 炉の中は、赤く光ってはいるのだが、なかなか溶けてくれない。

 おそらく、うちの簡易炉とは違って、大量に溶かせる代わりに、必要とされる魔力と気力が大きいのだろう。


「すみません、お嬢様、流し込む魔力が足りないようです」

「え…、そんな……、こ、これで精一杯よ……」


 あちゃ~。

 お嬢様は、何とも情けない顔になってしまった。


 すると、アラタさんがリムリアさんに振り返る。


「う~ん、この炉は特注品だからな~。エルフの魔力と言えど、低レベルじゃきついか? うん、リム、替わってあげてくれ」

「ええ、クロエさん、無理する必要はないわ。この作業は、慣れているあたしがやるわ」


 うん、それがいいだろう。

 お嬢様で無理なら、とても僕に出来るとは思えないしな。


 リムリアさんが交代しようと、お嬢様の肩に手をかける。


 ところが、なんとお嬢様はそこを離れない!

 更に、顔を真っ赤にしながら声を荒げる!


「いいえ! あたしがやる! いえ、やらせて下さい!」


 続いて、真剣な表情で、なにやらぶつぶつと呟きだした。


(あたしはエルフ! あたしは、ヘクター・ヴァン・デュポワと、女王エリアーヌ・ローレンの血を受け継いだ、イステンド最強のエルフのはず! ヒューマに出来て、このあたしに出来ないなんて許されない!)


 うわ!

 流石はお嬢様、凄まじいプライドだ!

 だけど、何故かぐっときてしまった。


 リムリアさんが、何も言わずに後ずさる。



「あたしなら出来る! 絶対に出来る! 溶けなさい!!」


 最後のお嬢様の掛け声と同時に、炉の中の鍋と骨が、一瞬でオレンジ色の液体に変わった!



 しかし! 

 お嬢様はその場に崩れ落ちてしまった!

 僕が駆け寄ろうとすると、先にアラタさんがお嬢様を抱き上げる!


「ああ! 君は確かに最強のエルフだ! だが、無茶し過ぎだ! 効くかは分らんが、アブノーマルキャンセル! そして、ヒール!」


 お嬢様の身体が、連続で濃い緑色に光る!

 更に、リムさんが虚空に手を突っ込み、赤く光る、親指くらいの大きさの、水晶のようなものを三つ取り出す!


「リム! いい判断だ! その魔結晶を密着させろ! 俺がやると、また、やりすぎになるからな!」

「ええ!」


 リムリアさんは、その魔結晶とやらをお嬢様の胸元に押し込む!


「よし! テレポート!」


 なんと、アラタさんがお嬢様を抱いたまま消えた!


 僕がおろおろしていると、背後から声がかかる。


「心配ないっす。多分魔力切れっすね。後はアラタさん達に任せておけばいいっす。サラちゃんとかの経験からは、数時間寝かせれば元気になるはずっす」

「ええ、部屋も、ナタンさんの為に用意していたから多分そこね。心配なら行ってみる?」

「は、はい! お願いします!」



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「うん、ミレア、ありがとう。もう大丈夫だろう。全く、ナタン君達には驚かされてばかりだよ」

「はい、これは、サラちゃんと同じですね。単なる魔力切れのようです。ですが、炉を扱うくらいで、ここまで急激に気力を消費するものなのですか? 私の場合だと、本気でやっても10分以上いける感じでしたが」

「いや、このは魔力を一気に放出させたようだ。あの炉に向けて、最上級魔法を放ったと考えればいい。あんな一瞬で溶けるなんてこと、俺でも無かった。普通の炉だったなら、絶対に壊れていたぞ。ある意味、化物だな。そして、俺が驚いたのは、それもだが、その結果だ! レベルも上がってないのに、魔力と気力が50も増えてやがる!」

「た、確かにそれは前例の無い現象ですね。しかし、アラタさんに化物と言わせるとは……」

「ああ、この娘こそが、真のエルフだろう。そして、理由もある程度だが想像できる。しかしこれを知ったら、デュポワ伯爵、寝られなくなるな。うん、そろそろナタン君もここに来るだろう」

「では、私は今晩の支度に戻ります。予想では、総勢12~3人になりますからね。でも、何かあったらまた呼んで下さい」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る