第21話 アラタ、覚悟を決める

       アラタ、覚悟を決める



 地下室を出て、リムリアさんについていくと、2階へと昇る階段で、青髪を結い上げた、これまた美人の女性と鉢合わせする。

 切れ長の瞳に、細い眉。リムリアさんと少し似ている雰囲気だが、この女性ひとのほうが、少し大人びた感じ。胸はお嬢様といい勝負かもしれないけど、魅力の総合値では、お嬢様の完敗だな。って、このお屋敷、一体、何人の美女が居るんだろう?


 僕が軽く頭を下げると、相手も無言で軽く頭を下げる。

 だが、擦れ違いざまに、いきなり声をかけられた。


「ナタン君、『貴方のお嬢様』は心配要りません。気力切れで寝ているだけです。ですが、アラタさんにああまで言わせた人は、おそらく、彼女が初めてでしょう。その意味では、少し不安ですかね? あっと、私はアラタさんの妻、ミレアです。では、また後程」

「へ? ぼ、僕の…? あ、いえ、奴隷のナタンです! はい! また後程です!」


 な、何だ?!

 ミレアさんの言っている意味が全く理解できず、僕がテンパりながら頭を下げると、彼女は走って階段を降りて行った。

 差し当たり、お嬢様の心配は無いようだけど、本当に何だったのだろうか?

 そして、この女性もアラタさんの奥さんと。一体、何人娶られているんだ?


 階段を昇り切って、リムリアさんに追いつくと、彼女は少し上を向いてから、僕に振り返る。


「ナタン君、こっちよ。あと、ミレア姉様が言った事は、今は気にしなくていいと思うわ。でも、そうなんだ…、本当に貴方達って…。あ、一番奥の部屋ね」


 う~ん、この反応も意味不明だ。



 案内された部屋に入ると、お嬢様はベッドの上で、規則正しく寝息を立てていた。


 うん、これなら心配は無さそうだ。

 横に座っていたアラタさんも、落ち着いた感じで僕に声をかける。


「うん、伯爵達が来るまで、このまま寝かせておけばいいだろう。じゃあ、続きを見せてくれるかい?」

「あ、はい!」


 うん、ここに僕が来た理由は、あれを作る為だった。

 お嬢様が倒れたのでそれどころでは無くなっていたけど、リムリアさんが炉を扱えるのなら、問題は無さそうだ。お嬢様には申し訳無いけど。



 皆で地下室に戻ると、カレンさんが待っていてくれて、作業を再開する。

 せっかくお嬢様が溶かして下さった合金も、既に冷えて固まってしまっている。

 これでは、僕の魔法、『トランスフォーム』では整形できないな。


「すみません。リムリアさん、もう一度溶かして頂けますか?」

「ええ、いいわよ。でも、鋳型とかは使わなくていいの?」


 ふむふむ。

 鋳型か~。

 確かにそれに流し込むのなら、便利そうだな。

 僕も、魔法を使う手間が省ける。


 すると、カレンさんがリムリアさんを睨みつけた!


「リムちゃん! 今は、ナタン君のやり方を見せて貰っているんす!」

「あ、そうだったわ! ごめんなさい、ナタン君、溶かせばいいのよね?」


 リムリアさんは、軽く頭を下げ、炉の後ろに回り込む。

 しかしこれ、なんか、凄くプレッシャーかかるんですが?


「あはは、カレンもそう緊張しなくていいぞ~。うん、ナタン君も気楽にいこう。なに、失敗しても構わない。いや、寧ろ失敗したほうが、何が悪かったかを考える、いい機会になるからね」


 ぬお?

 流石はアラタさんだ。僕にその考え方は無かった。

 うん、見習おう!


 そして、この一言で、かなり場が和んだようだ。

 リムリアさんも、カレンさんも、笑顔になる。


「確かにあたいも、失敗ばっかだったっすね。でも、それでいろんなことが分かったと思うっす!」

「ええ、流石はアラタね! じゃあ、気力を込めるわよ!」

「はい、お願いします!」


 リムリアさんが気力を込めると、程無く先程の物体がどろどろに溶けていく。


 ん?

 色のばらつきがあるな。オレンジと、くすんだ銀色のまだら模様が残っている。

 僕が最初にやった時は、割と綺麗に混ざっていたと思うのだけど。

 温度が原因か?

 それとも、熱をかける時間が原因か?

 あ、思い出せば、あの時僕は、鍋の中に一度溶けた骨を置いていた気がする。

 まあ、何が原因かは分からないけど、このままでは不味いだろう。


「ミキシング!」


 僕は、炉を覗き込みながら、撹拌の土魔法を唱える!

 トレーの上で、オレンジ色の液体が渦を巻き始めた。


 うん、これでいいだろう。

 色も均一になった。


「リムリアさん、もういいです。取り出して、少し待ちましょう」


 すると、横で見ていたアラタさんが、すかさず専用の工具と思われるもので、トレーを引きずり出してくれる。

 なんか、至れり尽くせりだな~。


「うん、そろそろですね」


 少し冷めてきて、今までは鮮やかなオレンジ色だった液体が、少しくすんできた。

 そして、周囲が丸みを帯びてきた気がする。


「トランスフォーム!」


 うん、思い通りの弓形になったな。

後は、これが冷めれば完成のはずだ。

 少し待つと、色も完全に黒ずんで来たので、水をかける。


「ウォーターチャージ!」


 水煙が上り、僕は、やっとこでそれを掴む。


「もういいかな」


 まだ少し熱いが、僕は力をかけてみる。


 うん! 成功だ!

 前回より少し硬い気がするけど、これなら問題なかろう。

 いや、寧ろ威力が増しているはずだ!


 ここで振り返ると、皆、何やら視線が熱い!


「なるほどっす! あの、ミキシングって魔法が重要だったんすね!」

「こ、これはあたしも盲点だったわ! そして、土魔法を完全に使いこなしているわ! ナタン君からすれば、あたしは魔法の持ち腐れよね」

「ふむ、前回……、いや、流石だな。うん、ナタン君ありがとう。俺達も凄く勉強になったよ。じゃあ、後は持ち手の部分を作るだけだな」


 え?

 そんなに驚く事なのだろうか?

 僕からすれば、これだけの設備と、それを使いこなしているアラタさん達の方が凄いのですが?

 まあ、多分、気を使ってくれているのだろう。


 ん?

 いつの間にか、アラタさんの肩に、真っ白なふくろうが止まっている。

 そして、その梟と目が合う。

 すると、何とそいつは、僕の肩に飛び乗って来た!


「おい、ロキ、あまり驚かせてやるなよ。あ~、ナタン君、そいつはロキ。まあ、なんだ、俺の友達だ。たまに、うちに遊びに来るんだよ。ナタン君は、かなり気に入られたようだね」


 こいつ、人間の言葉が分かるのだろうか?

 その梟は、僕の肩の上で、こくこくと頷いてから、再びアラタさんの肩に舞い戻って行った。


「まあ、こいつの事は気にしないでくれ。じゃあ、作業を続けよう。え~っと、材木はそっちの隅に……」


 アラタさんが、角材が積まれている場所を物色しだして、僕は思い出した!

 そう、僕は、これに更に改良を加えるつもりだったんだ!


「あの、すみません。弓の部分はこれでいいのですが、今のアルク・フェイブルでは、エルフの兵隊さんでは使えないのでは? お嬢様が試したところ、反動でのけぞってしまわれて、使えなかったんですよ」


 すると、アラタさんは手を止め、ゆっくりと僕に振り返る。

 そして、目を見開く!


「え…、君は既に気付いていたのか?! これは……、いや、問題無いか。どの道ブネには…。あ、済まない。うん、独り言だ。気にしないでくれ。それで、ナタン君はどうすればいいと思うかい?」


 はて?

 何やらえらく驚かれたようだけど、言われた通り、気にする必要はない…か?


「はい、この弓部分を、台座か何かに固定してやればいいかと。また、それなら、一台に複数の弓を搭載することも可能ですし、弓部分を更に大型にすることも可能かと。今回は、ダンジョンに持って行く訳でもないですしね。なので僕は、それを城壁の上に配置すればいいのではと考えています。ただ、そうした場合の問題は、その弓部分を上下左右に方向調整できる装置の作成ですかね?」


 うん、狙う為の装置まではまだ考えていなかったけど、ここの設備と物資があれば、何とでもなるだろう。


 ん?

 何か不味い事を言ってしまったのだろうか?

 アラタさんは、完全に硬直している。

 そして、梟がアラタさんの肩から飛び立ち、再び僕の肩に止まる。

 振り向くとそいつは、うまく言えないが、何か、にやりと笑ってアラタさんを見ている気がする。


 ここでアラタさんの硬直が解けたようだ。

 すると、何故か大声で笑い出した!


「あはははは、あは、あはは…。いや、本当に済まない! 俺は、君の事を見くびっていたようだよ。そして俺も腹を括ったよ。考えてみれば、俺が召喚された理由の一つには、俺の世界の知識の普及って役割もあったんだよな。なら、もう遠慮はしない! この世界のバランスなんて知ったことか! そもそも、俺ごときが心配するもんでもないしな! ああ、それは、俺の世界で言う所のいしゆみって奴だ! 複数ついた奴は、連弩れんどって言う。しかし、僅か一晩でここまで辿り着くとはな~。そして、世界は変われど、同じ事を考える奴が必ず出ると!」


 ん~??

 腹を括る? 召喚? 俺の世界? 知識の普及? 世界のバランス?

 そして、いしゆみ?

 何を言っているのかさっぱり理解できないが、アラタさんは、もはや満面の笑みだ!


 僕が戸惑っていると、肩にとまっていた梟が、隣で大きく頷く!

 だが、ここでリムリアさんが、心配そうにアラタさんに声をかける。


「アラタ…、それは…」


 更に、カレンさんが立ち上がる。

 しかし、カレンさんはリムリアさんとは対照的に、はつらつとした表情だ。


「なんかよく分からないっすけど、遂にアラタさんが本気になったみたいっすね! なら、あたいは何も言わないっす! 前みたいに、『行くぞ』って命令して欲しいっす!」


 アラタさんは、これに微笑み返してから、リムリアさんの肩に両手を添える。


「リム! だから、俺は腹を括ったんだよ! 単に、小賢しい事ばかり考えるのが、もう面倒になっただけかもしれんがな。そしてここに、俺の知識を託せる、いや、活かせる奴が出現した。ナタン君なら、それを更に昇華させるはずだ。現に、俺では思いつかなかったやり方で、俺達以上のものを作っていやがる! うん、心配するな。『今のこいつ』を見ただろ」


 う~ん、何か未だにさっぱりだけど、これは褒められているのだろうか?


 だが、これを聞いて、リムリアさんの表情も一気に明るくなった!


「じゃあ、あたしも何も言わないわ! ナタン君、まだ、何が何だか分からないと思うけど、よく聞いてね。実はアラタは…」

「アラタさん、伯爵様達がお見えになられましたにゃ! 予定より、少し早かったですかにゃ?」


 ん?

 リムリアさんが、何か重大そうな事を言いかけたところに、サラさんが駆け込んで来た!


「いや、丁度いいタイミングだ。うん、ナタン君、ついてきてくれ。伯爵達にも聞いて貰おう」

「は、はい!」


 僕が慌ててアラタさんとサラさんについて行くと、アラタさんが振り返って、残った二人に指示を出す。


「その弓部分は、せっかくなんで、そのままアルク・フェイブルに仕上げよう。なので、カレンとリムは、持ち手部分の基礎だけでいい、作っておいてくれ。引き金部分とかは、一度見ただけじゃ、ナタン君がいないと無理っぽいしな。ナタン君が構想してくれたのは、後で図面を描く所から始めよう」

「ええ、分かったわ!」

「了解っす!」

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