第22話 アラタ・コノエ

         アラタ・コノエ      



 アラタさんについて行くと、最初の応接室だ。あの梟は、いつの間にか居なくなっていた。

 そしてそこには、予定通り、陛下とご主人様が並んで三人掛けのソファーに腰掛けている。

 だが、その背後には予想外の人が立って居た!


 何とガレルさんだ!


 ガレルさんは、背後にあの薄青く光る盾を担ぎ、更に左手には、あのアルク・フェイブルを携えていた。

 また、そのガレルさんの隣には、サラさんと似たようなメイド服を纏った、見知らぬ亜人の女性。耳を見た感じでは、兎人とじん族だろう。

 年齢はリムリアさんと同じくらいか? サラさんよりは明らかに上。リムリアさんと違って柔らかいイメージだが、この人もかなりの美少女と言えよう。


 なるほどな。

 ガレルさんは、イステンド軍の奴隷。つまり、ご主人様が司令官になったので、引き取られたと。そして、隣の女性は、おそらく陛下の専属侍女、契約奴隷だろう。


 先ずはアラタさんが挨拶する。


「デュポワ伯爵、そしてエリアーヌ陛下、ようこそおいで下さいました。それで、後ろの二人には自己紹介がまだだったね。俺はアラタ・コノエ。肩書は、一応帝国のなんちゃって貴族だけど、実質はしがない武器商人だ。それで、伯爵、早速ナタン君を寄こして頂き、ありがとうございます。おかげで、俺達もかなり勉強させて頂きましたよ。後、クロエ男爵は、申し訳ないのですが、現在気力切れを起こしたので、魔結晶を持たせて、休んで貰っています。いえ、心配はないかと。俺達も、似た経験はしていますので」


 アラタさんがそう言うと、陛下とご主人様は顔を見合わせる。

 うん、お嬢様が心配なのだろう。

 そして、ご主人様と陛下が揃って立ち上がり、軽く一礼する。


「いや、こちらこそ、いきなり押しかけて本当に申し訳ありませんな。しかし、気力切れとは? あのは、そこまで気力を消費する魔法は、パーフェクトヒールくらいしか使えぬはず。ここで回復魔法が必要な事態が起こるとも思えませんが?」

「ふむ、ヘクターよ、そう憤るでない。アラタも心配は要らぬと申しておるではないか。魔結晶を持たせておるなら、最低限の気力は回復するはず。問題なかろう」


 おお~。

 あの赤く光る水晶のような石には、そんな効果があったと!


「はい。まあ、それは順を追って説明しますよ。あ、ナタン君も一緒だったので、何があったかは、俺よりも、彼に聞いた方がいいかもしれませんね」

「た、確かにそうですな。いえ、失礼した。娘が世話をかけたようで申し訳ない。ではナタンよ、後で儂に報告しなさい。何故、クロエと一緒に先にここに来たのかも含めてな」

「はい!」


 ご主人様がそう言うと、アラタさんが一人掛けのソファーに腰掛けたので、ご主人様達も再びソファーに腰を下ろす。更に、ご主人様が手招きをしたので、僕はご主人様の隣に腰掛ける。また、サラさんもそれを見て、アラタさんの背後に控えた。

 そして、ご主人様が後ろに振り返る。


「うむ、お前達も自己紹介しなさい。すみませんな、この者達にも、コノエ殿の屋敷を知っておいた方がよいかと思って参らせましたが、すぐに帰らせますので」


 なるほど。

 今日の謁見で分かったけど、もはやアラタさんはこの国にとって重要人物。

 何かあった時の為に、ということだろう。


 先ずは兎人族からのようだ。


「バニーは、そこらの兎人族とは違うぴょん! 何と魔法が使えるぴょん! それで、今はエリアーヌ陛下の契約奴隷だっぴょん! 犯罪奴隷とは違うぴょん!」


 ぶっ!

 何故に語尾がぴょん?

 猫人族が『にゃ』を付けるのは有名だけど、兎人族は『ぴょん』と付けるとは知らなかったな。

 まあ、分からないでもないけど。


 そして、ご主人様が言っていた、魔法が使える亜人とは、この人のことに違いない!


 だが、これを聞いて、アラタさんがソファーからずり落ちかけた!


「え、え~っと、名前がバニーでいいのか…な? 後、その語尾は?」

「そうだぴょん! 本名は、バニー・ドゥ・ラビラルだぴょん。奴隷はファーストネームだけになるから、バニーはバニーだぴょん。後、この言い方は、陛下にこうした方が可愛いと言われたので、そうしてるぴょん。バニー、可愛いぴょん?」


 はい! 陛下の仕込みと!

 陛下、本当に好き放題やってるな。しかし、本人も気に入っているようだからそれでいいか?

 もっとも、何故アラタさんがずり落ちかけたかは不明だけど。


「そ、そうか。うん、バニーちゃんは可愛い! それはこの世界でも真理だ! 後、いつか君に服を…あ、いや、忘れてくれ。うん、宜しくね」


 アラタさんが、少し意味不明な事を口走りながらソファーにかけ直すと、次にガレルさんが口を開く。


「おら、ガレル。今はイステンド軍、奴隷。お前、この前会った。だけど、あの時の事、あまり覚えてない。でも、おら、お前怖い。ところで、お前、スコット知ってるか?」


 まあ、あんなことされたら、怖がるのは当然か。

 振り返ると、ガレルさんは横を向いている。アラタさんに目を合わせたくないのだろう。


 そして、またスコットって名前が出て来た。

 ガレルさんにとっては重要な人のようだけど、アラタさんとどういう関係があるのだろうか?


 しかし!

 これを聞いたアラタさんは、ピシャリと額に手を当てた!

 それを見て、ご主人様が慌ててフォローする!


「す、すみませんな! これ、ガレル! もう少し、丁寧な言葉を使えぬか?!」


 だが、アラタさんは落ち着いた口調で返答した。


「いや、ガレル君、言葉遣いは気にしなくていい。そして、君はスコットの知り合いだったのか……。うん、この身体はスコットの身体だ。スコットは死んだ。そして、スコットの遺言で、彼の身体を俺が貰い受けた。話すと長くなるので、今はこれで勘弁しては貰えないだろうか?」

「え、おら、よく分からない。でも、お前、スコットじゃない、確かか?」

「そうだ。俺はスコットじゃない。そして、本当にスコットには感謝している。そうだな…、伯爵、良ければ彼も、この後の食事に同席させては頂けないでしょうか? あ、勿論バニーちゃんも」


 うん、僕もさっぱり分からない。

 身体を貰い受けた?

 そんな事が可能なのだろうか?


 隣を見ると、ご主人様と陛下が顔を見合わせている。

 そして、ご主人様が大きく頷いた後、少し腰を上げる。


「やはり貴殿は、召喚者、勇者だったのですな! 今の話からは、そうとしか考えられませんな! それも帝国の! もしや、イオリ・ナガノという別の名前があるのでは? あ、奴隷達の件は感謝致します。喜んで同席させましょう」


 これに、アラタさんはうんうんと頷きながら返す。


「はい、流石は伯爵ですね。ほぼ正解ですが、俺はイオリじゃないです。彼女は今、サラサ自治領で、理想の国家を創りたいと頑張ってますね。そして、お察しのように、俺は帝国の元勇者です。記録には残って居ませんがね。なので、俺の魂、そして知識は、元々この世界のものじゃありません。別の世界、地球って星のものです。これで納得して頂けたでしょうか?」

「や、やはりそうでありましたか……。しかし、地球というのは儂も初めて聞きました。で、では、今回の件は、何処までが貴殿の仕組まれた事なのですかな?」

「そうですね~、俺が仕組んだのは、あの魔物と、ナタン君の武器に使った素材くらいなものですね。そして、ナタン君はそれに対し、俺の想像を超えて応えてくれた! 伯爵、本当に感謝しますよ。おそらく、伯爵に引き取られなければ、ナタン君の才能は開花していなかったと思いますね。後、イスリーンには、俺は全く関与していません。また、先程は話しませんでしたが、イスリーンも勇者を召喚しています。まあ、あいつは俺が何とかする予定なので、あえて話す必要は無いかなと。もっとも、その勇者の力もあって、イスリーンの王は、必勝だと考えたようですが」


 うわ~、何か、僕には理解できない事だらけの会話だ!


 だけど、褒められたのは間違いないようだ。

 しかし、僕、そんなに凄い事をしたのだろうか?

 まあ、悪い気はしないけど。


 そして、今理解できたのは、アラタさんが、元々は勇者と呼ばれる召喚者で、この世界の人間じゃないことくらいか?

 だけど、これでかなり繋がった気がする。

 道理で、いしゆみとか、意味不明な単語が出て来た訳だ。


 これに、ご主人様はちょび髭を撫でながら、再び陛下と顔を見合わせる。

 そして、今度は陛下が口を開く。


「うむ、わらわはかなり納得できたと思うが、そなた、まだまだ隠している事があろう。先ずはそなた、帝国のナガノとやらと同様に、実はダンジョンをクリアしたのではあるまいか?」


 ぬお?

 それが本当なら、この人、いや、ナガノさんって人もか、化物だ!

 ご主人様の話では、常人で到達できるのが、30階くらい。そして、聞いた話では、ダンジョンは100階まであるという!


「はい、クリアしましたね。ですが、ダンジョン内の事に関しては答えられません。あそこは、言わば試練の洞窟なんですよ。なので、ネタバレ禁止という事で」


 すると、御主人様が前のめりになる!


「な、ならば貴殿一人でも、今回のイスリーン軍、撃退するのも可能ではありませぬか?!」


 それに、アラタさんは、ゆっくりと首を振る。


「いえ、可能だとしても、俺にそこまでする義理はありませんね。そもそも、俺が片づけてしまうと、何も変わらないし、これからも俺に頼られても困ります。但し、勇者に関してだけは、同郷なので、俺が面倒を見るべきかなと。それに、俺が言うのもなんですが、あいつももはや常人の域を超えていますから。ステは平均で400弱くらいって話ですかね? それで、エリアーヌ陛下と伯爵は既に理解されているようですが、ブネ陛下には、このエルフの国が、何故ヒューマの国に今回、いや毎回か?喧嘩を売られるかという事を、真剣に考えて頂きたいですね」


 これは、僕には縁のない話のようだけど、理解はできるか。

 しかし、平均ステが400弱って?!

 それ、控えめに言って、化物ですよね?

 ヒューマの熟練した冒険者で、レベル40、ステは130平均くらいだと聞く。

 エルフの魔力系統だけに限って言っても、150ある人はそうそう居ない筈だ。


 しかも、アラタさんの言い方からだと、その人を全く恐れている感じではない!

 まあ、ダンジョンをクリアした人だからこその発言なのだろうけど、どれだけ化物なんだか。


 そして、この返事を聞いて、ご主人様は、深々と頭を下げる。


「申し訳ない。儂は貴殿に甘えていたようだ。だが、言われてみれば貴殿の言う通りだ。この戦争は、我々、エルフとヒューマの問題。そして、我々エルフがヒューマを見下している事が一因なのは、エリアーヌも分かっておる。うむ、儂も形だけとは言え、せっかくイステンド軍司令官に任官されたのだから、その地位を利用して、ブネ陛下に進言せねばなるまい」

「はい、そうして頂けると幸いです。しかし、任官が形だけとは? あ、後、宜しければ、ガレル君の持っているアルク・フェイブル、今、お借りしていいですかね? うちの職人が、早速それの複製を作っているところなんで」


 すると、ご主人様は再び陛下と顔を見合わせ、二人共大きく頷いた。


「では、貴殿にも知って貰ったほうが良いでしょうな。そして、ガレルよ、アルク・フェイブルをコノエ殿に」


 ガレルさんがアルク・フェイブルをアラタさんに渡すと、アラタさんはそれを背後のサラさんに渡す。


「工房のカレンちゃんでいいですかにゃ?」

「うん、頼む」


 サラさんがそれを持って部屋を出て行くと、ご主人様が続ける。


「あの後、緊急貴族会議に入りましてな……」


 ご主人様の話によると、イステンド軍は、引き続きブネ陛下が指揮を執るそうだ。この有事にいきなり司令官が替わるのはやはり好ましくない、との判断だ。と言っても、理由もなくご主人様を罷免する訳にもいかないので、司令官は据え置きで、実質は今回のアルク・フェイブルなどの武器調達等、ブネ陛下の補佐ということらしい。


 また、ブネ陛下に関しても、形だけの結婚だったのは皆承知しているので、本人も、正式な王としてではなく、今は王代行としてイステンドの為に尽くすと宣言したらしい。

 なので、この戦争が終結し、そこで改めて貴族会議で認められれば、正式な王として就任するということで決定したそうだ。


 そして、何と驚いたことに、会議の終了後、ご主人様はブネ陛下から、今までの事を謝罪されたとのことだ!


 それによると、あの法外な利息に関しては、ブネも払って貰おうなどとは考えておらず、単純に、ご主人様を自分の支配下に置く為だったと。なので、あの奴隷云々の話は、あのガレルさんと一緒に居た男の暴走、独断だと思われる。ご主人様と陛下の仲が良かったのはブネも知っていたようで、それに対する嫉妬もあったようだ。

 また、アルク・フェイブルが盗まれた事に関しては、本当にブネの指示では無かったらしい。ただ、当然ブネには犯人の見当がついているようだったが、そこはあえて問い詰めなったそうだ。


 うん、ご主人様の仰られたとおり、ブネは有能なのだろう。自分の直属の配下となったご主人様に対し、悪い関係のままなのは良くないと。そして、エリアーヌ陛下の夫であるご主人様の発言力も侮れないはずだ。最悪、貴族会議での障害になりそうだしな。


 結果、陛下のブネに対する復讐?も、着実に成果を上げつつあるようだ。


 アラタさんも、この話をにこにこしながら聞いている。


「そして、ブネ陛下も他種族に対する考えが僅かだが、変わってきたようだ。儂に全て任せるからと、ヒューマと亜人の部隊を作れと命じられた。理由を聞くと、あのアルク・フェイブル、あの時は誰でも使えるような感じで言ったが、実際はブネには扱えず、高レベルの者でやっとであったとのことだ」

「あはは、なら、流石はエリアーヌ陛下、あれは素晴らしい判断でしたね。うん、最も他種族を見下していたと思われる、ブネ陛下自らが考えを変えてくれるのが最良でしょう。あ、そろそろ夕食の準備も出来たようです。続きは食事をしながらにしましょう」


 気付くとサラさんが、アラタさんの背後から耳打ちしていた。

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