第23話 魔法の極意


       魔法の極意


 隣の部屋、先程昼食を頂いたリビングと思われるところに案内されると、真っ白な敷布をかけられた、大きな長方形のテーブルには、整然とナイフとフォーク、そして皿とグラスが並べられていた。

 椅子は13脚、左右に6脚ずつ、おそらく、最奥の端の椅子がアラタさんの席だろう。


 僕達は、サラさんとマリーヌさんに、案内されるがままに席に着く。


 思った通り、その最奥の席にはアラタさんが座られたのだが、なんとその斜め隣り、ゲスト席の最奥が僕の席のようだ。

 そして、先程すれ違ったミレアさんと一緒にお嬢様も入って来て、お嬢様は、そのまま僕の隣の席に案内される。

 そして、そこから手前に向かって順に、ご主人様、陛下、ガレルさん。最後に、ガレルさんの向かいにバニーさん。


「え…、あの…、お食事の話はさっきミレアさんに伺ったけど…、あの…、なんでナタンがその席? そしてあたしも…。こ、ここはお父様と陛下、いえ、お母様では……?」

「そ、そうです…よね? ぼ、僕、奴隷ですし」


 うん、お嬢様が戸惑うのは当然だろう。僕にも意味が分からない。

 一般的に考えて、屋敷の主人に一番近い席が上座のはず。それくらいは僕でも分かる。

 そう、普通なら、僕とお嬢様が座らされた席には、伯爵夫妻のはずだ!

 ひょっとして、サラさん達のミス?


 すると、アラタさんはにやりとして僕達を見回す。


「はい、デュポワ伯爵と陛下には申し訳ありませんが、この席の並びは、俺が考えたものです」


 え?

 は?

 さっぱりなのですが?

 僕とお嬢様が戸惑いながらきょろきょろしていると、陛下が口元を釣り上げた!


「ふむ、そなた、益々面白いではないか! そなたにとっては、わらわとヘクターなんぞより、そのナタンとクロエが重要と。うむ、しかし、わらわには寧ろここの方が新鮮でよい。今までわらわが座る席は、必ず中心、ないしはアラタが座っておる席だったのでな。そしてクロエよ、気力切れを起こしたと聞いたが、気分はもうよいのか?」

「え…、あ、お母様…。はい、もう大丈夫…です。それで、コノエさん、本当にご迷惑を……」


 あら、お嬢様は顔を赤らめながら俯いてしまった。


「いや、クロエ男爵、気にする必要は無いかな。ああなることを予測出来なかった俺のミスです。と言っても、あんな事が出来る、貴女が規格外すぎるのだけどね」

「ん? コノエ殿、クロエが規格外とは? うむ、そう言えばクロエよ、何をして倒れたのだ?」


 ご主人様は、俯いているお嬢様の肩に、心配そうに手をかける。


「あ、あたしは炉に気力を込めていただけなのだけど…。そ、そうよ! お父様、聞いて下さらない?! 起きたら、あたしの気力と魔力と知力が、いきなり50くらい増えているのよ! レベルは今までのままなのに! おまけに、今度は火魔法がいきなりレベル5! これって?!」


 へ?

 何それ?

 レベルが上がっていないのにステが上がるなんて、初めて聞いた!


 お嬢様は、ご主人様に確認して貰う為だろう、右手をご主人様の前に差し出す!


「むむ?! 儂も前回のステータスまでは覚えてはおらぬが、確かにこのステータスは歪すぎる! ナタンよ! そなた、クロエの前回の数値を覚えておるか?! 魔法関連だけでよい!」


 テーブルは騒然となった!


「え、あ、僕も詳しい数値までは…。でも、どれも、120前後くらいだったと思いますが? そして、レベルは26で、火魔法のレベルは3だったかと」

「うむ! 儂もそんなものであったと記憶しておる! しかし、何だこの数値は?!」


 陛下も、ご主人様の隣からその腕を覗き込む。


「ふむ、確かに歪じゃのう。通常のエルフならば、魔法関連に限れば、差がついてもせいぜい20程度。しかし、クロエは魔法防御が120なのに対し、気力が170、魔力が175、知力も150とな。ヘクター、説明できるか?」

「い、いや、エリアーヌよ、儂もこんなのは初めて見た! しかも、レベルが上がっていないだと?!」


 三人で顔を見合わせる。

 ちなみにガレルさんは席に着いてからずっと硬直しているが、バニーさんは首を傾げている。


「これで、俺が規格外だって言った意味が理解できたかと。俺達でもこの現象は初めてなんでね。で、これは俺の推測ですが、あの魔法、『溶けなさい!』を唱えるのに、それだけの数値が必要だったのではないかと。気力に関しては、その時の残量が不明なので、何とも言えませんが、おそらく100程度は必要だったのでしょう。まあ、それも食事中説明しますので、先に俺の妻達を紹介させて頂いて宜しいですかね?」


 気付くと、いつの間にか僕の前の席には、赤髪で大人びた感じの、これまた美人な女性が座っていた。

 そしてその隣には、さっきすれ違ったミレアさん。更に、カレンさん、リムリアさんと続く。


「あ…、し、失礼。どうぞ」


 ご主人様がどもりながら促すと、最初に赤髪の女性がクレアと名乗り、順に自己紹介されたので、僕達も、ご主人様から順に自己紹介を返す。


 しかし、奥さんが4人って!

 まあ、アラタさんはダンジョンを攻略した英雄だしな。不思議はないか?


「彼女達は全員、ダンジョンを攻略した時の仲間です。あ、そこのサラちゃんもね」


 最後にアラタさんが、ガレルさんの隣に立っていたサラさんに手を振る。


「そうですにゃ! では、食事をお持ちしますにゃ!」


 僕はここで理解した。

 うん、ここは化物屋敷だ!



 最初にスープから運ばれて来たのだけど、ご主人様は食事ではなく、アラタさんに食いつく!


「そ、それで先程の件ですが……」

「はい、クロエ男爵には炉に気力を注入して貰っていたのですが、うちの炉は特注品だったせいか、どうも魔力が足りない感じで、中の金属が溶けませんでした。ところが、男爵が『溶けなさい!』と叫ぶと、一瞬で溶けてしまいました。この事から俺は、男爵が金属を溶かす魔法を無意識に発動させたのだと考えています。但し、どうやらその魔法を使うのには、魔力が175、知力が150、火魔法レベル5が必要だったってことです」


 え?

 それって……。

 うん! これ、昨晩僕がご主人様にした、魔法レベルの話と一緒の概念だ!

 それに、ステータスの数値が加わっただけだ!


 ご主人様も気付いたのだろう。お嬢様越しに僕の顔を覗う。

 ちなみにお嬢様は首を傾げながらも、せわしなくスプーンを口に運んでいる。

 うん、このスープ、何のスープかは分からないけど、滅茶苦茶美味しい! このとろみが絶妙だな。


「ふむ、それはナタンも似たような事を申しておりましたな。確かに、そう考えれば納得できなくもない。ところで貴殿は、『魔法の極意』というものを知っておられるか?」


 あ、そう言えば、ご主人様がブネから買ったという手記に、そんな事が載っていたと仰っていたな。


「え? それを何処で?」


 ん?

 アラタさんが何故か動揺しているようだ。

 しかも、アラタさんのみならず、アラタさんの奥さん全員のスプーンまでもが空中で静止する!


「いえ、先日、帝国の勇者と共にダンジョンに潜ったという、ヒューマの契約奴隷の手記の写しを手に入れましてな。そこに、『魔法書に書いてある大きな嘘を見抜ければ、魔法の極意というスキルを習得できるやもしれぬ』と」


 アラタさんは暫く虚空を見上げた後、何故か後ろに振り返る。


「お~い、サラちゃん、魔法の極意なんだけど、俺が教えてしまっても構わないか?」


 すると、奥の厨房だろうか?から、声が返って来る。


「私は構わないですにゃ! そもそも、私はアラタさんから教えて貰いましたにゃ!」

「なら、サラちゃんから説明してあげてくれないか? 多分、俺より、サラちゃんの言葉の方が分かりやすい」

「そうなのですかにゃ? でも、今は手が離せないですにゃ! なので、ここから失礼しますにゃ! 『魔法なんて、そんなに難しいものじゃないですにゃ!』以上ですにゃ!」

「ありがとう! 失礼、だそうです。うん、俺も、この一言に尽きると思いますね。そして伯爵も、ご自分の著した魔法書の間違えている部分、もう解っておられるのでは?」


 へ?

 これってひょっとして?


 そう、今の一連のやり取りで判明した事は、あの、まだあどけなさの残る、『亜人のサラさん』が、『エルフであるご主人様』を差し置いて、どうやら『魔法の極意』と呼ばれるスキルを習得しているという事だ!

 もっとも、アラタさんも習得している感じだが、この人はダンジョン最下層まで到達した『正真正銘の化物』なので、特に疑問は無い。

って、考えてみれば、サラさんも一緒だったらしいから、彼女も化物だったか。


 しかし、魔法は難しくない?


 僕が隣のお嬢様に振り向くと、お嬢様も同じ気持ちだったのだろう。互いに顔を見合わせながら、首を傾げる。

 そして、ご主人様と陛下も同様に顔を見合わせている。


 テーブルに沈黙が流れる。


「まあ、それだけじゃ分かり難いですかね。なので、補足するならば、火魔法とか水魔法とかは、単なる魔法の分類。相反魔法なんて性質は存在しない。そして、魔法の本質とは、魔力を、造成したイメージに乗せるだけの作業。但し、その過程で、綻びや雑念があると成功しない。あとは、『出来て当たり前』くらいの自信が必要ってところですね。俺はそう理解しています。まあ、偉そうに言ってはみましたが、これも俺の思い込みに過ぎないのかもしれません。ちなみに、俺の知っている限り、『魔法の極意』を習得しているのは俺とサラちゃんだけです。俺とサラちゃんからすれば、なんでこんな簡単なことが?って感じなんですがね~」


 アラタさんは、そう言ってご婦人方を見回す。

 すると、クレアさんとミレアさんはうな垂れてしまい、カレンさんはポリポリと頬を掻く。

 しかし、リムリアさんがこれに反論する!


「そう考えられるのは、アラタとサラちゃんだけよ! そもそも、最初の魔法が成功するのに、普通は早くて数週間はかかるものなのよ! あたしだって、諦めかけていたところでやっと成功よ! あ、でも、最初が成功したら、同じ系列の魔法は早かったわね。これは、自信がついたからかしら?」

「だな。だいたい、お前達は頭が硬すぎるんだよ。とは言え、サラちゃんの話によれば、魔法書の序文はすっ飛ばして、いきなり個別の魔法の唱え方から読み始めたらしいから、そういった先入観を植え付けられなかったのがでかいと思うが」


 ふむふむ、何となくだけど分かって来たぞ!


 『魔法の極意』というスキルは、多分、文字通りの意味なのだろう。

 そして、アラタさんも言っていたが、『魔法書の嘘』の意味も理解できた!

 そう、片方が習得できたら、もう片方が習得できないなんて魔法は存在しない。

 なので、僕が火魔法と風魔法、両方習得していることには何の問題も無かったのだ!


 もっとも、依然として僕がどういった風魔法を使えるのかは、まだ分からないけど。


 更に、魔法に必要なのは『自信』だ!

 そう考えれば、今までのお嬢様の全てが理解できる。


 そう、お嬢様は、無駄に?プライドが高い。

 結果、『エルフのあたしには出来て当たり前』、ということなのだろう。



 ここで、ご主人様と仲良く目を丸くしながら顔を見合わせていた陛下が、ようやく正気に戻ったようだ。


「ふむ、ならば、わらわ達は、今まで相反魔法という嘘に踊らされ、光魔法が使える者は闇魔法が使えぬ、等と暗示をかけられていたという訳じゃな?」

「流石は陛下ですね。ええ、俺もそう考えています。ただ、何も知らないと納得させられちゃうんですよね~。火と水、風と土、光と闇、普通に考えて対称的ですから。俺も、サラちゃんが相反魔法を習得していたというヒントがなければ、気付きませんでしたよ。これは、最初に魔法書を書いた人が勝手にそう考えて、それが広まってしまったのでしょう。ひょっとしたら、その人には苦手な種類の魔法があったのかもしれません。例えば、火魔法は火や氷といった、温度を操ったりする系列ですが、水魔法は水そのものを具現化させ、操る魔法です。イメージの仕方が大きく異なりからね」

「な、なるほど! 確かにそれならばナタンの件も納得できる! しかし、これは魔法の概念そのものを大きく覆しかねん! そ、そして、儂は今まで魔法の教師などと名乗っておったのが、恥ずかしい……」


 あら、ご主人様も我に返ったようだが、ここで俯いてしまわれた。


 しかし、アラタさんはそんなご主人様を見て、軽く微笑む。


「いえ、ここからが、伯爵の、魔法の研究者としての仕事では? 今俺が言った事は、現状、単なる仮説に過ぎません。ただ、そう考えると辻褄が合うだけなんですよ。なので、それを伯爵がこれから証明すればいいのでは? 参考までに、俺のスキル欄からは、魔法関連、火魔法Lv5とか、回復魔法とか全て消えて、『魔法の極意』だけになりました。それで、何か特別なことが出来るようになったかと言えば、特にありませんね。今まで通り、しっかりとイメージできるものは成功し、できないものはできない。例えば、リフレクトシールドの元となる魔核を持つ、レッドウィッチやシープヘッドが唱える魔法、『リフレクシオン』は、俺にはまだ無理です。概念としては、時空系列なのだとは思うのですが……。まあ、これも、俺がこれ以上チートにならないようにと、自分で自分に鎖をかけているだけなのかもしれませんがね」


 これを聞いて、ご主人様が顔を上げる。

 ただ、先程とは違って、その眼は輝いているように見える。


「そ、そうですな! いや、本当に感謝致します! ならば、こうしては居られませんな! クロエ! ナタン! ついて来なさい! うむ、エリアーヌ、済まぬが儂の研究室まで、テレポートしてはくれんか? もはや、一分一秒とて惜しい!」


 ぶはっ!

 これはどうやら、御主人様の研究者魂に火を点けてしまったようだ。


 だが、これにミレアさんが冷静に突っ込む。


「私もまだ魔法の極意を習得できていないので、その研究には是非とも協力したいのですが、イステンド軍司令官としては、如何なものなのでしょうか?」


 ですね。


「そ、そうであった! 全く、エリアーヌ、余計な事を!」

「ふむ。確かにそなたが嫌がるのは分かっておったが、わらわの判断が間違っておったとは思っておらぬぞ。結果、実戦経験のある、元冒険者たるそなたが、ブネを見張れる、いや、進言できる立場になれたのだからな。確かにあやつは優秀じゃが、生来の性格はそう簡単には直るまい。此度の戦争、あやつの好き勝手にさせたら、下手すれば負けるであろう」

「ま、まあ、それはそうなのだが……」


 ご主人様が苦々しく陛下を睨むと、陛下は更に追い打ちをかける。


「そもそも、此度の件で、そなたがイステンド軍司令官とならねば、こうしてアラタの話を聞くこともできなかったであろう?」

「そ…、それは……。あ~っ! 全く、いつもこの調子でやられてしまう! 大体、エリアーヌも儂の妻となったからには、もう少し、その、夫の顔を立てるべきではないのか?!」

「ふむ、ならば結婚を解消するか? そうなれば、当然クロエはわらわが引き取るがな。あ!そうじゃ、アラタ! わらわはそなたが気に入った! 是非ともわらわもそなたの…」

「いえ、それは勘弁して下さい! 今ですら身が持ちませんので!」


 ぶっ!

 これ、もはや収拾がつかないのでは?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

23歳♂ 鍛冶師を育てる BrokenWing @BrokenWing

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ