第11話 アラタ・コノエ

       

      アラタ・コノエ


 お嬢様は毅然とアラタさんを睨みつけるが、予想に反し、とても穏やかな感じでアラタさんは進み出て来た。


「う~ん、エロヒューマはないんじゃいか? まあ、否定はしないが」

「そうね。でも、クロエさん、さっき、お金を返して貰ったので、あの話はもう無しよ」


 更に、ご主人様も嗜める。


「これこれ、クロエよ、お客人に対して、その物言いはなかろう。今言われた通りだ。なので、もう階層主を狩る必要は無い。二人共、何やら大変だったようだが、もう心配要らぬ」


 そういや、ご主人様、昨晩本が売れたと喜んでいたな。

 なら、もうダンジョンに潜る必要も無いと。

 う~ん、もう少し早くにこうなっていれば、ガレルさんも、捕まらずに済んだかもしれない。


 だが、よくよく考えてみれば、僕達が一緒だったから、ガレルさんは死なずに済んだとも言える。彼一人じゃ、即死は間違いなかっただろう。

 もっとも、僕達がガレルさんとダンジョンに潜るという話になっていなければ、伯爵に会う事もなく。しかし、あそこで会わなければ会わないで、彼が借金を返すのは難しかっただろう。しかも、このお屋敷だってどうなっていたことか。


 僕がそんな事を考えていると、お嬢様も同感のようだ。

 何とも神妙な面持ちで、顔を見合わせる。


「まあ、そういうことだ。そして、あの武器、思った通り活躍したようだね。今、イステンドの街では、君達三人の噂で持ち切りだよ。あ、実は俺達、この近くに引っ越してきてね。それで、ご挨拶もかねてと……」

「うむ、ここでは何ですかな。さあ、お二人共、狭いが、中に入られるが良かろう」


 二人は一礼して、ご主人様に続く。



 二人がご主人様とお嬢様を前に食卓に着いたので、僕はその後ろでお茶の用意をしながら聞き耳を立てる。


 先ずは、簡単に自己紹介された。

 銀髪の小柄な人は、アラタ・コノエ。年齢は、想像にお任せすると言われてしまった。

 金髪美少女の方は、リムリア・コノエ。名前からするに、夫婦で間違いないだろう。

 なら、お嬢様の性奴隷とかは、完全に妄想だな。


 また、家は、このお屋敷よりも更に街の遠く。ほぼ、街の結界の届く限界の場所だそうだ。


 しかし、このお屋敷より先に家なんて、僅かしかなかったはずだけど?

 しかも、住んでいる人は全員顔見知りだ。誰かが引っ越して、入れ替わったのだろうか?

 うん、今度確かめてみよう。


「それで、近衛殿、貴殿の目的は何なのか? そろそろ教えて頂きたいですな。只の挨拶というだけではなかろう。見ず知らずの貧乏貴族の借金を立て替え、その代償に、奴隷の作った武器。合点が行きませんな」


 ご主人様の目が険しくなる。

 お嬢様も身を乗り出す。


「あはは、そう警戒しないで下さい。俺の話を、最後まで聞いて頂ければ分かるかと。実は俺、行商人だったのですが、結婚もしたし、そろそろ落ち着こうかと思いまして。それで、ここイステンドに来る前に、イスリーン王国に立ち寄ったことがありましてね」


 え? 行商人? 

 ということは、かなりの儲けが出る商品を扱っているのだろう。

 何故なら、国と国とを結ぶ街道には魔物が出る。なので、普通は、冒険者達に護衛を頼まなければならない。


 あ~、でも、この人達なら可能か。

 テレポートの魔法があれば、そもそも、危険な街道を歩く必要が無かった。

 それに、あの時見ただけだけど、あの、ガレルさん達を従わせた術。あんなのが使えるのなら、魔物だってイチコロだろう。


「ふむ、イスリーンとな。あそこは、エルフ族とは昔、かなり争ったと聞きますな。あ、失礼、続けて下され」

「はい、それは俺も知っています。イスリーンは人族至上主義。なので、数百年前、エルフ族のイステンドとは、しょっちゅう戦争していたと。しかし、ダンジョンと魔物の出現により、戦争どころじゃなくなった。相手国に辿り着くだけでも大変ですからね」


 うん、それは僕も御主人様から聞いた事がある。このエルフ領イステンドはその逆、エルフ至上主義。仲が悪くて当然だ。

 結果、イスリーンでは、未だにエルフの入国を一切認めないらしい。もっとも、エルフ族の方はそこまででもない。どうあがいてもヒューマはエルフには敵わない、という考え方だそうだ。戦争も、イスリーンが攻めてきたのを、イステンドが軽く撃退していただけとのことだ。

 また、イスリーンに対して、エルフから攻撃しなかったのは、『ヒューマなど、虫けら同然、無用な殺生はしたくない』からだという。


「しかし、最近は冒険者の活躍により、街道の安全も、ある程度は確保されつつあります。冒険者達も経験を積み、街道に出る程度の魔物なら、容易くとは言わないが、対処できるようになってきた。もっとも、それでもダンジョンに潜ろうって奴は、まだまだ少ないですがね。あっと横道に逸れました」

「ふむ。それは儂もそう聞いておりますな」


 ここで僕が紅茶を皆に配る。

 二人は、何とも優雅な仕草で、香を嗅いでから口にした。


「それで、イスリーンで商売していて分かったのが、あの国は、再びエルフに戦争を仕掛けるつもりのようです。なので、ここからは俺のお願いです。借金の建て替えの件で、思いっきり恩を売ります。俺を、この国の女王、エリアーヌ・ローレン陛下に取り次いで欲しい。男爵、貴方なら可能でしょう」


 げ! 戦争だって?

 確かにそれは大変だ!

 なるほど。陛下に会って、直接伝えたいと!


 しかし、お嬢様の反応は、僕とは違うようだ。


「でも、今までは、エルフの魔法にヒューマは太刀打ち出来なかったと聞くわ! そんなの、陛下のお耳に入れるまでもないわ! 衛兵さん達だけで返り討ちよ!」


 うん、流石に衛兵さんだけでは厳しいだろうけど、エルフ族が本気になれば、イスリーンに勝ち目はないだろう。

 なら、何故にアラタさんはそこまで?


 あ、そういう事か!


 するとアラタさんは、ご主人様の背後に居た僕に、にやりと微笑む。


「うん、ナタン君は気付いたようだね。じゃあ、ナタン君、クロエさん、今日の魔物の事を、詳しく男爵に教えてあげてくれないか?」


 僕は、ここで完全に理解できた!

 そう、アタラさんの言いたいのは、魔法を跳ね返すことが可能な魔物が居るのならば! という事だろう。

 僕達も、実際に見た訳ではないけれど、伯爵の説明は信じられる。

 そんなことでもされなければ、精鋭の魔法兵が、そうそう担架には載らないだろう。

 事実、僕の攻撃だけで倒せたのだ!


 お嬢様は、薄い胸を精一杯張ってご主人様に説明する。

 僕も、横から足りない部分を補足していく。お嬢様の説明だけでは、主観的すぎて、ご主人様が困惑してしまうからだ。


「ふむ、街では既に噂になっているようだが、儂もそこまでは知らなんだ。二人共、本当に良くやったな。儂は、誇りに思うぞ。そして、ナタンの武器も役に立って……、あっ! そういう事と! 失礼、やっと貴殿の考えが理解できましたぞ!」


 ご主人様はいきなり立ち上がり、深々と頭を下げた!


「貴殿の頼み、謹んでお受けしたい。いや、是非ともお願いする! エリアーヌ…、いや、ローレン陛下に詳しく話して頂きたい!」


 アラタさんは、力強く頷いた。


「では、男爵、明日にでも……」

「いや、事は急を要しますな。近衛殿、失礼とは思うが、今日のご予定は如何かな?」


 すると、アラタさんは、リムさんと顔を見合わせる。

 そして、リムさんが僕に振り返った。


「う~ん、特に予定はないわね。ただ、ナタンさん、クロエさん、貴方達にはもう一つ問題があるでしょ? さっきのお話だと、そのガレルって亜人さん、放って置いていいの?」


 お嬢様も僕に振り返る。


 うん、言われてみれば、既に諦めていた問題があったな。

 僕は、自分のステータスを見る。


      【パーティー編成中】


パ-ティーリーダー:クロエ・ヴァン・デュポワ 冒険者 貴族

パーティーメンバー1:ナタン 奴隷

パーティーメンバー2:ガレル 奴隷


 やはりか。

 お嬢様は、まだパーティーを解散させていなかった。

 そして、ガレルさんの職業が、奴隷になっている!


 ご主人様も察してくれたようだ。


「では、明日、10時に迎えに上がらせて頂く、という事で如何かな? よくよく考えれば、儂も、少し考えを整理してからのほうが良さそうだ」


 すると、アラタさんは、頬をポリポリと掻きながら返事をした。


「はい、時間はそれでいいです。ただ、ここの方が、街への通り道なんで近いのですが。まあ、いいか? では、お待ちしていますよ。ナタン君、あの武器を忘れずにね」


 二人はそこで席を立ち、帰って行った。

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