第10話 ボウケ・ブネ伯爵

       ボウケ・ブネ伯爵



 地面に突っ伏している、巨大な魔物を前に、僕ら三人はへたりこむ。


「さ、流石に死んでますよね?」

「おらも、そう思う。でも、確認する」


 ガレルさんが立ち上がって、喉に刺さっていた矢を盾で小突く。


「んむ、大丈夫。死んでる!」

「ふぅ~、良かった~! あたしも、もう気力が殆ど残ってないわ」


 そして、三人で顔を見合わせる。

 皆、自然に笑みが零れて来る!


「や、やりましたね! お嬢様! ガレルさん!」

「ええ! 二人共、よく頑張ったわ! 褒めてあげるわ!」

「んむ! その、変な弓、強い! エルフも強い!」

「ほほ~、貴様らでもやれるとはな! ならば、こ奴、実は大して強くなかったのかもしれぬな」


 へ?

 三人同時に振り返ると、そこにはブネ伯爵が立っていた!

 背後には、運搬用の荷馬車と、先程の、黒ローブの魔法兵達を従えている!


 真っ先にガレルさんが口を開く。


「ブネ伯爵、これで借金無い、よな?」

「ふん、勿論だ! どのみち、貴様が死んでいれば回収できぬしな! あの時点で諦めておったわ!」


 ほっ。

 ここで、この人が知らないとか言い出したら、どうしようかと思っていた。


 もっとも、ブネは明らかに不快な顔をしているけど。

 そして、彼は配下の魔法兵達に振り返る。


「よし! では、この魔物の死体を回収しろ! それと、魔核だけは、後で吾輩のところに持って来るようにな」

「「「はっ!」」」


 え?!

 この魔物、僕達が倒したので、僕達のものでは?

 戦闘中はそれどころじゃなかったけど、よくよく考えれば、こんな大物だ。魔核だって、かなりの価値があるはずだ!

 僕は、お嬢様と顔を見合わせる。


「ブネ伯爵、それは……」


 お嬢様が口を出そうとした時だ!


 ガレルさんが、魔物の死体と、魔法兵との間に割って入った!


「それ、狡い! この魔物、おら達が倒した! 権利、おら達! ナタン、クロエッサン、山分けする!」


 すると、子爵は、ハの時の髭をいじりながら、当たり前のように話し出す。


「いや、ガレルよ、その魔物は、本来、吾輩達、イステンド正規軍の獲物。つまり、エルフ国家イステンドの物だ。そもそも吾輩は、貴様の借金を対価に、魔物の足止めを依頼したに過ぎん。なので、所有権までは認められぬな」


 なんたる詭弁!

 これには、お嬢様も驚いて、口をぱくぱくさせている!


 しかし、ガレルさんは、今度は両手を広げて立ち塞がる!


「そんな理屈、通らない! これ、おらたちの獲物!」


 すると、ガレルさんの目の前に居た、小柄な魔法兵、女性か?が、うんうん、と頷きながら、ガレルさんの肩を叩く。


「ああ、貴様の気持ちは良く分る。私も途中から見ていたからな。貴様らは、文字通り、命懸けでこの魔物を倒した。私達、イステンドの正規魔法兵が束になっても勝てなかった魔物をだ! だがな、ここは折れろ。この街に居たければな」


 うん、これは仕方ないだろう。

 権力には逆らえない。

 お嬢様も、隣で目を伏せてしまった。

 そう、お嬢様の父親である、ご主人様は男爵、そして、このブネは、それよりも上の爵位、伯爵だ。


 だが、ガレルさんは折れなかった!


「お前、いい奴。でも、それとこれ、別! おら、正しい!」


 これには、その魔法兵も困ってしまったのだろう、一度首を振ってから、離れて行った。

 入れ替わりに、ブネの奴がガレルさんの前に、にやつきながら立つ。


「ほ~、貴様~、伯爵である、この吾輩の裁定に従えぬと言うのか~? ん? 貴様! そのステータス! 盗賊では無いか! なら、何の問題も無いわ! 貴様ら! この男をひっ捕えろ!」


 げ!

 ばれた?!


 あ~、これは、ご主人様に聞いた事がある。

 高レベルの、『人物鑑定スキル』を持っている人ならば、相手が見せようとしなくても、他人のステータスを覗き見る事が可能だと!

 伯爵のこの男なら、そんなスキルを持っていても不思議ではない。

 しかし……。


 そして、お嬢様も僕と同じ気持ちだったようだ。

 顔を上げ、毅然とブネを睨む!


「ブネ伯爵、例え職業が盗賊であっても、証拠が無ければ捕まえられないはずよ! そもそも、盗賊ってだけじゃ、何をやったか分からないじゃない!」


 だが、この男には通用しないようだ。


「証拠~? ふむ、この男は、今、ここで、イステンド守備兵の重要な仕事を妨害した! この未知の魔物は、是非とも調べねばならぬからな! おい! 貴様らも分かったら取り押さえろ! 奴隷にして、きっちりと償わしてやるわ!」


 うん、これはもうダメだな。

 魔法兵達が、一斉にガレルさんに飛び掛かり、押さえつける!


「確かに、おら、犯罪者! でも、この魔物倒したのは……」

「黙れ! こいつに喋らせるな!」

「「「「はっ!」」」」


 ガレルさんは、猿轡を噛まされ、ロープでぐるぐる巻きにされてしまった。


「ふん! 最初から大人しく従っておれば良かったものを! あ~、ところでデュポワ準爵、そなたには、この魔物討伐に協力した事、感謝する! もっとも、イステンドの貴族としては、当然の義務ではあるがな。では、皆、引き上げだ!」


 なるほどね。

 下級貴族でも、貴族は貴族。最低限の礼はした、という事にしたい訳だ。

 ブネ達は、馬車の荷台に魔物を載せ、ガレルさんを連行して去って行く。

 もっとも、ブネは去り際、何故かずっと僕を睨んでいたような気がするけど。


 その後、僕達は、横手に見えるお屋敷へとぼとぼと歩くしかなかった。




 お屋敷に戻り、僕とお嬢様は、食卓を挟んで、揃って項垂れる。

 しかし、よく見ると、お嬢様の顔は真っ赤だ!


「あの伯爵、いつか魔物に食われればいいのよ!」


 それは僕も同感だ。

 ガレルさんは気の毒としか言いようがないが、現状、僕達ではどうする事も出来ないだろう。


「はい。しかも、ガレルさんのおかげで、せっかくダンジョンに潜れる目処がついたのに……」

「ええ、それが問題なのよ! もし、ガレルが言っていたような階層主だったら、あたし達二人じゃ勝てないわ」


 うん、お嬢様も、さっきので理解したのだろう。

 僕達二人だけだと、お嬢様が魔物に攻撃を喰らったら、そこで終わりだ。

 例え、回復薬を沢山持って行っても、その場で飲む余裕なんてない。今日のガレルさんを見ていれば、僕でも分かる。

 少しでも気を逸らしたら、即、死だ。それに、先程攻撃を喰らった感じだと、傷ついた身体では、例え時間があったとしても、満足には飲めなかったはずだ。


「でも、まだ一月あります。今日はゆっくり休んで、明日、また冒険者ギルドに行ってみましょう」

「う~ん、それしかないわね」


 結局、その後は二人で簡単な昼食を済ませるが、まともな会話らしい会話は出来なかった。

 僕が洗い物とお屋敷の掃除にかかると、お嬢様は、部屋に引き籠ってしまわれた。



 夕方、そろそろ日も暮れようかと言う頃、ご主人様が帰ってこられる。

 僕が玄関に出ると、お嬢様も、凄い勢いで部屋から飛び出して来た!


「お帰りなさいませ、ご主人様。それで……」

「お父様、お帰りなさい! それで、ちょっと聞い下さらない? あの、ブネ伯爵って人……」


 僕が報告をしようとすると、お嬢様が割って入る。

 まあ、いつもの事だが、ご主人様は困惑顔だ。


「これこれ、一度に言われては儂も分からぬ。それよりも二人共、お客人だ」


 ご主人様が、そう言いながら後ろに振り返ると、いきなりお嬢様が叫ぶ!


「ああ~っ! あの、エロヒューマ!」


 ぶっ! エロヒューマって!


 そこには、白いマントを羽織った、アラタさんとリムさんが立っていた!

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