第9話 初陣
初陣
確かにでかい!
伯爵の言っていた事は、本当だったのだろう。
そいつは、腕先についた鋭い爪を振り翳しながら、あろうことか、お屋敷に向いている!
そして、それを見るなり、ガレルさんが、盾を前にして突っ込んで行った!
「後、任せた! おら、これしかできない!」
すると、背後からお嬢様の声が響く!
「ええ! 任せなさい! プロテクト!」
ガレルさんの身体が、淡い黄色に包まれる!
お、これはナイスだろう! 防御力アップの光魔法だ!
魔力に比例した効果なので、魔力の高いお嬢様が唱えたのなら、かなり有効なはずだ!
羊頭巨人は、当然すぐに気付いて、ガレルさんに振り向く!
チッ! 今日は風が強い!
風に流されてもいいようにと、奴の中心を狙う!
「あったれ~っ!」
僕はグリップを握りしめた!
ブンッ!
空気を割く音と共に、矢が放たれた!
「グガッ!」
奴の悲鳴が響く!
よし、命中だ!
矢は、巨人のどてっ腹に、深く突き刺さっている!
しかし、奴は一瞬ひるんだものの、振り上げていた腕を、ガレルさん目掛けて振り下ろす!
「むんっ!」
ガレルさんが掛け声と共に、その爪を、盾で完全に受け止める!
「いい感じよ! ナタン! 追撃しなさい!」
「はいっ!」
僕は、矢筒から矢を引き抜き、装填する!
そして、レバーを引き、奴に向かって、再び構える!
「ぐげっ!」
だが、その瞬間、ガレルさんが吹っ飛んでいた!
ガレルさんの皮鎧が引き裂かれ、胸から、赤い血が噴出す!
「ヒ、ヒール! って、あ~、まだ気力が満ちてない!」
げっ!
魔物の攻撃が早すぎる!
お嬢様が慌てて回復呪文を唱えたはずなのだが、ガレルさんには届いていないようだ。
その証拠に、きっちり魔法がかかれば淡い緑色に光るはずなのに、ガレルさんの身体が光らない!
更に、地面でもがいているガレルさん向けて、再び魔物が腕を振り翳す!
ヤバい!
あの無防備な状態で喰らったら、ガレルさんがいくら丈夫でも、多分死ぬ!
奴の気を逸らさないと!
僕は意識を右腕に集中する!
これは絶対に外せない!
しかも、今日は風が強い!
風よ! 僕に味方してくれ!
「当たってっ!」
肩に重い衝撃を残して、矢が放たれる!
げっ! 力み過ぎたか?!
矢は、僅かに左に逸れ……ない?
「ナタン! ナイスよ!」
よし! 運がいい!
本当に風が味方してくれたかのようだ!
矢は、魔物の左目に突き刺さっっている!
「でも、ナタン、今、何か魔法使った? 一瞬身体が青く光ったけど?」
「いえ、使ってませんが? それよりもお嬢様! 効いているみたいです!」
魔物は、慌てて振り翳した腕で矢を引き抜こうとしている!
「ヒール!」
お嬢様も今度は成功のようだ!
ガレルさんの身体が淡い緑色に光り、盾を掴みなおして立ち上がった!
僕も、急いで次弾の装填にかかる!
「バ、バカ! そっち、ダメ!」
え?
僕が下を向いてレバーを引いていた時だ!
真上から、馬鹿でかい影が迫ってくる!
「ナタン! 避けて!」
「ぐぇ…へ…」
凄まじい痛みが右肩に走り、吹き飛ばされる!
見ると、アルク・フェイブルが血まみれだ!
「ナタン! ごめんなさい! まだ気力が……」
「だ、大丈夫です! まだ……」
って、強がっている場合じゃないようだ。
立ち上がるのが精一杯だ!
右腕に力が入らない!
しかも、再び上から影が……
僕は、きつく目を瞑る!
前方から、カレルさんの声が聞こえる。
「お前の相手、おら! 化物! こっち来い!」
ん?
攻撃されない?
「ヒール!」
やさしい風が、そっと僕の身体を包んだ感触。
肩の痛みが和らぐ!
目を開けると、何と、魔物は僕に背を向け、ガレルさんに向かって歩を進めている!
ガレルさんは既に立ち上がっていた!
隙無く盾を前に翳し、魔物を睨みつけている!
だが、依然として肩に力が入らない!
ステータスを確認すると、まだ半分くらいしか回復していない!
「お嬢様、すみません! もう一度お願いします!」
「わ、分かったわ! ナタン、ごめんね。あたしの魔力がもっとあれば……」
振り返ると、お嬢様はうな垂れていた!
「気落ちしている暇があったら、気力を込めて! あれでも、かなり効きました!」
「ちょっ! ナタン! あたしに命令する気?! しかも、『あれでも』ですって?!」
げ!
僕はお嬢様を舐めていたようだ。
この場で、そこに突っ込みますか?
その瞬間だ!
またもやガレルさんが吹き飛ばされる!
再び血が舞い、今度は完全に鎧が吹き飛んだものの、まだかろうじて立っている!
「ま、まだいける!」
だが、ガレルさんの構えた盾に、力が入っているようには見えない!
「お嬢様! 先にガレルさんを! できれば、防御アップも!」
「あ~っ! もう! そんな一度に無理よ!」
ん?
これは?
ひょっとして、キレかけてる?
ならば!
「ふ~ん、やっぱ、へたれエルフじゃ無理でしたか。ガレルさん! もう、このへっぽこエルフには期待できません!」
お嬢様は、顔を真っ赤にして俯く。
握りしめられた杖が、ぷるぷると震えだす!
「へたれ? へっぽこ? よ~く、分かったわ! なら、あたしの力を見せてあげる! ヒール!」
よし!
僕の身体が淡い緑色に光る!
見ると、ガレルさんの身体も光っている!
これは、冒険者パーティーの特典だ。
同一パーティーの者になら、こういった回復魔法とかは、纏めてかけることができる。もっとも、威力は人数割りになってしまうが。
そして、やはりお嬢様は凄い!
肩の痛みが完全に消え、身体も軽くなった気がする!
ステータスを確認すると、何と、二人に同時にかけたのにも関わらず、体力は満タンだ!
「クロエッサン、凄い! 痛み、飛んだ!」
うん、ガレルさんも完全回復のようだ!
盾で、きっちりと奴の攻撃を受け止めている!
「僕もです!」
「え? そうなの? じゃあ、二人共感謝しなさい! でも、ナタンは後でお仕置きよ! 後、ガレル! あたしはパンじゃないの!」
お嬢様は、そうは言うものの、声は弾んでいる。
僕は、アルク・フェイブルのグリップを握りしめる!
狙いは、さっきとは逆の、右目!
そして、これも絶対に外せない!
お嬢様の気力が切れるまでに倒さなければ、確実に死ぬ!
「あったれ~っ!」
ズゴッ!という音と共に、羊頭がのけぞる!
奴は、闇雲に腕を振り回し始めた!
「え? また光った? でもナタン! 効いてるわ! もう一発よ! そして、プロテクト!」
「はい!」
ガレルさんも、これを見て勢いづいたようだ!
「ほら、こっち来る! お前、おらが怖いか?!」
装填完了!
今度は、奴の鼻先を狙ってグリップを握りしめる!
よし! これも命中だ!
羊頭の巨人が悲鳴を上げた!
奴は、両手で顔を押さえてうずくまる!
ガレルさんは、もはや盾を下ろし、呆然と見守る。
「とどめ!」
今度は、奴の喉にぶっ刺さる!
奴は、地響きを立てて崩れ落ちた!
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デュポワ男爵家の屋根の上には、二人の人影があった。
その二人は、『認識阻害大』の効果がある帽子を被り、先程からずっと、眼下で行われていた戦闘を見守っていた。
「リム、あのクロスボウ、凄いな。想像以上だ! 素材は一緒だが、あれにはサラちゃんの弓とは違って、魔核による攻撃力アップは為されていないはずだ。ふむ、ああいった自動武器は、攻撃力の概念が根本的に変わると見ていいかもな。ダイナマイトの魔核と似たようなものか?」
「ええ、アラタ、あたしも驚いたわ! いくら結界内で弱っているとはいえ、あのシープヘッド、シスの30階の階層主よ? とは言え、まだまだね。あたしなら、土魔法を使って、こかすくらいはしたわね」
「まあ、そう言ってやるな。そもそもナタン君は、今までゴブリンくらいしか相手した事ないと言ってたぞ。しかも初パーティー。あれだけ連携取れれば上々だろう」
「言われてみればそうね。おかげで、出番も無くなったし。でも、あの青く光った魔法は何かしら?」
「う~ん、多分だが、命中を上げる風魔法、『風の加護』だろう。一度目の時、矢の軌道が不自然に曲がったからな」
「ってことは……、あの人……」
「ああ、サラちゃんと同じく、相反魔法を習得した可能性が高い! しかも、あの感じだと無自覚だ! 何とも末恐ろしいよ」
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