第16話 エルフ族の天敵

       エルフ族の天敵      



 ご主人様を先頭に、僕達はその絨毯を踏みしめて行く。

 僕は、辺りをきょろきょろと見渡しながら、黙って付き従う。

 アラタさんは、そんな僕の隣で、全く臆する様子も無く、ごく自然な感じで歩を進めている。


 しかし、本当にこの人は何者なのだろうか?

 僕は、絨毯の両脇に並んでいる、貴族と思われる人達と、その背後に控えている魔法兵達の視線に耐えるのがやっとだというのに!


 絨毯の端、階段になっている部分まで到達すると、椅子に座っていた女性が腰を上げた。

 すると、ご主人様が、すかさず片膝をつき、頭を下げる。

 なので、僕も慌てて同じようにしようとしたのだが、テンパっていたのだろう。

 何と、僕はその場で正座してしまった!


 周りから失笑が洩れる!


「フフッ、まあ、ヒューマの奴隷だしな。あれでいいだろ」

「ウププ、大方、陛下の威光に圧されたのであろう。仕方あるまい」


 思わず項垂れると、隣から、軽く肩を叩かれる。

 振り返ると、アラタさんがご素人様と同様、片膝を付きながら、僕に微笑みながら頷く。


「うん、気にしなくていい。エルフのお偉いさんには、逆に気に入られたようだしね」


 そこで、前方から声が響く!


「うむ、面を上げよ。わらわは、エリアーヌ・ローレン、このイステンドの王じゃ。して、そなたがアラタ・コノエ殿か。うむ、ヘクター、いや、デュポワ男爵より話は聞いておる。楽にせよ」


 僕は、顔を上げていいいと言われたので、改めて陛下を観察する。

 軽くウェーブのかかった淡いグリーンの髪に、少し丸顔。それに、エルフ族特有の耳。少し垂れた目元からは、穏やかそうな印象を受ける。


 そして、凄い美人だ!

 年の頃は、ヒューマの基準なら、30歳くらいだろうか?

 ということは、成長の遅いエルフならば、40歳くらいか?


 しかし…。

 この人、誰かに似ている気がする。


 ん?

 あ~っ! お嬢様だ! 髪の感じはお嬢様そっくりだ!

 もっとも、お嬢様はここまで大人の魅力を醸し出してはいないし、目元も、陛下より若干きつい。

 うん、お嬢様には悪いけど、陛下に似ているなど、失礼にも程があったな。


 隣でアラタさんが立ち上がり、一礼する。


「はい、俺がアラタ・コノエです。此度の謁見、感謝致します。あ、俺の事はアラタでいいです。陛下」


 すると、周りの貴族たちがざわめく!


「おい、陛下に対して、流石にこれは失礼なんじゃないか?」

「ですよね。一人称が『俺』って……、しかも、ファーストネームで呼んでいいって…、このヒューマ、何様のつもりですか?」

「まったくだ。ヒューマが謁見できるだけで、光栄だというのに……」


 しかし、アラタさんは全く動じていない。

 そのまま、黙って陛下に向かって歩み出し、何と右手を差し出した!


 慌てて、陛下の背後に控えていた衛兵達が、杖を割り込ませてくる!

 まあ、こうなりますよね……。


 だが、僕はここで目を疑う!


「よい! そなたら、わらわの邪魔をするつもりか?!」


 なんと、陛下は衛兵の杖を払いのけ、階段を下りて、その差し出された手を握ったのだ!


 へ?

 それでいいの?

 周りを見渡すと、貴族連中は目を丸くして、呆気に取られている!

 ちなみに、僕の前で跪いているご主人様は、口に手を当て、その頭は小刻みに震えていた。


「失礼したな。ではアラタ、男爵より報告は受けておるが、もう一度ここで詳しく話しては貰えぬか? わらわの事も、エリアーヌでよい。あ、済まぬが、あの者達にも聞こえるよう頼めるかの。わらわも、二度手間は面倒なのでな」


 すると、アラタさんはこちらに振り返り、陛下の隣に並ぶ。


「はい、では……」


 アラタさんは、昨日ご主人様にしたのと同じ話をする。


「……と、いう訳で、イスリーンが近日中に、その魔法を反射する盾、『リフレクトシールド』を装備して、ここイステンドに攻め込んでくるのは間違いないかと」


 ざわつく中、アラタさんが話終えると、陛下は周りを見渡す。


「では、このアラタの報告に対し、そなたら、何か質問はないか? これは重大な事じゃ。疑問があれば、今ここでアラタに聞いておくのがよかろう。済まぬな、アラタ。では、わらわからじゃ」


 陛下は、横に立っているアラタさんに振り返り、真っ直ぐにアラタさんを見据えた!


「ヒューマであるそなたが、一体、何の利益があって、その情報をわらわ達に教える? 黙っておれば、魔法の才を笠に着た、傲慢なエルフ族が朽ち果てる、よい機会やもしれぬぞ? そなたも、既にこの国で不快な思いをしておるのではないのか? 答えたく無ければ、答えなくてもよいぞ」


 げ?!

 この質問、流石にストレート過ぎませんか?!

 そして、これ、大丈夫か?

 そう、エルフの女王自らが、エルフ族は、他種族に対して不当な扱いをしていると認めているに等しい!


 再び周囲がざわつく!

 そして、前を見ると、なんと、陛下は口元を吊り上げ、いたずらっぽく笑っている!

 これ、ひょっとして、アラタさんに喧嘩を売っているのだろうか?


「へ、陛下! 最初の質問はともかく、その後の部分は取り消して頂きたい!」

「ふむ、ブネ伯爵か。確かに余計ではあったな。許せ。それでアラタ、どうじゃ?」


 振り返ると、列の中に居たブネ伯爵が、顔を真っ赤にして一歩進み出ていた。


 しかし、アラタさんは、予想に反し、にっこりと微笑み返した!


「あ~、そこまで言われてしまうと、俺も正直に答えないといけないか? いえ、失礼。はい、利益は三つあります。一つ目は、俺は、武器防具の工房を経営していましてね。ここでイステンドが奇襲を喰らってあっさり負けてしまうと、予定していた注文が無くなりそうなんで。二つ目は、俺が、イスリーンの隣の国家、フラッド帝国の貴族だからです。万が一、このイステンドがイスリーン王国に併合されると、イスリーンは、精鋭魔法兵を抱えた強大国になります。それは、帝国の脅威になるでしょう。気楽に、なんちゃって貴族を満喫したいのに、呼び戻されて、戦争に参加しろなんて言われちゃ敵いませんからね。なので、頑張って下さいよ~」


 ぶっ!

 陛下も陛下なら、アラタさんもアラタさんだ!

 それ、いくら何でも、ぶっちゃけすぎでは?

 普通、もうちょっとマシな理由を付けるのでは?

 しかも、この戦争、思いっきり他人事にしてるし!


 貴族連中は、もはや呆れ果てたのか、あんぐりと口を開けている。


 だが、筋は通っている気がする。

 一つ目は今朝、既に話していたし。


 そして、ここでアラタさんは一息つく。

 見ると、陛下は貴族達とは逆に、更に口元を吊り上げていた!


「ふむ、そなた、気に入ったぞ! うむ、それならば納得できよう! して、三つ目は何じゃ?! 勿体ぶるでない!」

「あはは、それは単純に、エルフであろうとヒューマであろうと亜人であろうと、人が死ぬのを見るのが嫌だからです。ですから、この戦争、出来る限りでいいです、双方の犠牲を最小限にして頂ければと思っています。後、俺は帝国の貴族という立場上、表には出られないこともご理解下さい」


 ん?

 この答えは少し理解に苦しむな。

 今までのアラタさんからは、こういう、甘っちょろい事を言う人とは思えなかった。

 そして、イスリーンを撃退する為に、アルク・フェイブルを量産しようと言っているのに、人が死ぬのは嫌。何か、矛盾していないだろうか?


 この答えに、陛下は額に指をあてる。


「ふむ、何か宿題を出された気分じゃ。うむ、じゃが、そなたの頼みであらば、わらわも、出来る範囲で応えようと思う。そして、皆の者、今日、ここにアラタが来たことは、決して口外するでないぞ」


 ここで陛下も少し疲れたのか、階段を上り、椅子に腰かける。


「では、質問の続きじゃ。アラタ、手間をかけるの」


 すると、貴族の列から、勢いよく何本かの手が挙がり、陛下が指名する。


「ケイロン公爵」

「現在、そのリフレクトシールは、イスリーン軍にどれくらい行き渡っておるか分るかの?」

「そうですね~、多分ですが、多くて50。少なくとも30はあるかと」


「なるほど。そこまで多くは無いということじゃな。次、キュライド公爵」

「はっ! 今までの話は納得できましたが、その、リフレクトシールドなる盾の効果、にわかには信じ難い。そして、コノエ殿は工房を営んでおられると聞く。もしや、お持ちではおられぬか?」


 お!

 それはいいな!

 僕も、魔法を反射するところを見てみたい!


 しかし、アラタさんは、少し困った感じだ。虚空を向き、少し考えているようだ。

 だが、ここで、背後から声がした!


「それならば、既に吾輩が用意しておりますぞ!」


 げ!

 ブネ伯爵の声だ!


 伯爵は、いつの間にか、右手に薄青く光る盾を装備している。

 あ~、アイテムボックスか。本当に便利だな。僕も欲しいな。


「おお~、流石はブネ伯爵だ! 既にこの場に持って来られたとは!」

「ふっ、また点数稼ぎか……」

「目立ちたがり屋め……」


 貴族連中がどよめき、勝手な感想を述べる中、伯爵は、そのままアラタさんの前に進み出て来る。


「これは、昨日、魔法を反射する魔物が出現したのを退治した後、吾輩も気になって、王宮の倉を確認させて頂いたのですぞ。すると、他国からの献上品に、紛れ込んでおりましてな。もっとも、ヒューマや亜人からの献上品など、碌に確認もせぬのは仕方無いと言えましょう。それで、コノエ殿、これで間違いないですかな?」

「ええ、間違い無いです。それです」


 アラタさんは即答した。

 うは。商人やっているだけあるな~。見ただけで分るなんて。


「では、陛下にも確認して頂きましょう。デュポワ男爵、何でも構わぬ。吾輩に、攻撃魔法を放ってみよ。半端者のそなたでも、それくらいは出来よう」

「わ、分かりました」


 伯爵は、にやつきながらご主人様を見下ろす。

 しかし、半端者って…?


 ご主人様は立ち上がり、盾を構えた伯爵に対峙した。


「エレキテル!」


 ご主人様の右手から、伯爵に向けて、雷がほとばしる!

 だが、その瞬間、伯爵の盾が真っ青に輝く!

 そして、伯爵に向けて伸びた雷線は、盾の手前で反転し、何と、ご主人様に直撃した!


「うっ!」


 ご主人様は、少し膝を折る。

 しかし、これは凄い!

 もっとも、ご主人様も、最初から反射すると聞いていたので、最低威力の魔法を使ったのだろうけど。


「陛下、そして皆様、これでご理解頂けましたかな? 確かにこの盾、我らエルフにとっては、天敵と言えましょうな」

「ふむ、ブネ伯爵、そして、ヘク…、デュポワ男爵、ご苦労であった。ヒール!」


 陛下が座ったまま右手を翳すと、ご主人様の身体が緑色に光る!

 流石は陛下だな。座ったまま魔法を唱えるなんて、僕には出来ない。


「す、凄い…」

「た、確かに天敵だ……」

「うむ、あれを装備されると、手出し出来ぬ!」


 場は、一斉にどよめいた!


 伯爵は軽く顎を上げ、左手で、ハの字の口髭を撫でる。

 はいはい。これが伯爵様のどや顔ですね。


 そして、伯爵はこれで列に戻るかと思いきや、陛下の方に振り返る。


「ローレン陛下、この場で、更に吾輩から報告があります」

「ふむ、申すがよい」


 伯爵は、今度は、陛下の右後方にあった、扉に振り返る!

 そして、大声を上げた!


「ガレル! 入って来い!」


 扉が開き、なんとガレルさんが入って来た!


 げげっ!

 ガレルさんの右手には、なんと、アルク・フェイブルが握られていた!

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