ぬすっと武田猛 VS 南町ファイブ 〜静かなる激闘〜

霧野

プロローグ




 僕には、何も無い。



 何も、持っていない。



 特技も、自慢出来るものも、何かを自慢したいと思える相手も。親からの愛情さえも。




 持たされているものなら、少しはある。


 学校の制服と、学用品。いくらかの私服と、スマホ。


 学校にはとうに行くのを止めてしまったし、スマホなんて誰からも連絡が来ない。



 友達なんていないし、要らない。簡単に人を裏切るようなやつら、こっちから願い下げだ。


 親も要らない。怒鳴られたり八つ当たりされるのはもうたくさんだ。向こうだって、こんな出来損ないは要らないだろう。実際、いつもそう言っていたもの。





 僕が欲しいのは、独りで生きていく力。


 誰にも頼らず、邪魔されず。罵倒や嘲笑、蔑みや哀れみから逃れて。


 ただ独りで、生きていく力。



 僕が欲しいのは、それだけ。




 僕が、欲しいのは………それだけ。





 ★★★






「誰も僕を捕まえられない。絶対に、誰も」



 初めてそのつぶやきを目にしてから、どのくらい経っただろうか。


 もう随分長いこと、それこそ昼夜を問わずインターネットに没入していたので、時間の経過があやふやになっている。

 当時はろくに食事も摂らず、途切れ途切れの睡眠を取る以外にはずっとパソコンに繋がれていた。まるで何かに追い立てられる様に。


 いや、実際追い立てられていたのだろう。怒りや憎しみ、後悔と絶望。そういったものに。




 私は血眼になって、それを探し続けていた。


 可愛い教え子を、豊かな才能に溢れた私の愛弟子を死に追いやった、憎き悪魔の情報を。


 彼に何が起きたのか、何が彼を死に向かわせたのか。私はそれが知りたかった。知らなければならなかった。


 何故なら、私だけが気づいていたから。彼の異変に。


 私はその変化が恐ろしくて、逃げた。

 彼の才能を愛し、人となりを慈しみ、将来に期待し、成功を夢見ていたのに。恥ずべきことに転勤までして、私は彼から遠く逃げたのだ。



 その結果、彼は命を落とした。自らの作品を道連れに、文字どおり灰になってしまった。


 優しく、純粋な男だった。皆に愛され、彼の周囲にもまた、自然と優しい人々が集う。そんな男だった。


 だが、彼を慕う者達は皆、次々に不幸にみまわれた。

 結果的に周囲を巻き込み皆を不幸にしてしまったと知った彼の絶望は、計り知れぬ程に深かっただろう。


 それを思う度、私は逃げ出した自分を呪った。

 その呪いがますます私を煽り立て、昏い怒りの炎を燃え上がらせた。私はいつしか、彼に何が起きたかを知ることより、その悪魔への復讐を目的とするようになっていた。





 例のつぶやきを目にしたのは、そんな中のことだった。その言葉に妙な引っかかりを感じた私は、理由もわからぬままそのつぶやきを遡った。



「僕はもう、自由だ」

「世の中馬鹿ばっかり」

「何も気づいていない間抜け共」


 読み進むうちに痛々しささえ感じるほど、世を憎み蔑む内容の拙い言葉が並ぶ。そんなつぶやきの中には、画像が添付されているものもあった。ある画像を見た時、私は確信したのだ。ついに、手がかりを見つけた。悪魔に近づく手段。復讐への、第一歩を。


 それは、素人丸出しの雑な撮影だった。左手に持った戦利品をスマホで撮っただけの写真。私の目は、その左手に吸い寄せられた。捲れた袖口から僅かに覗く、紅い痣。撮影した本人はおそらく気にしていなかったであろうその痣は、私の愛弟子に付けられたものと酷似していた。


 胸の真ん中に刻まれた、真紅の痣。孔雀が翼を広げたような、あの形に。


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