第4話 木曜・フレッシュグリーン


 木曜の午後には隔週で公民館の一室を借り、野菜嫌いの子供のための料理教室を開催している。と言っても、本格的な調理はしない。元々、食育や野菜嫌いを治すための催しなので、子供達が料理や食材に興味が持てるようにするのが目的だ。

 そういうわけでメニューは、子供だけでも作れるような生ジュースやフルーツサラダ、ゼリーなどが多い。



「モリーせんせえ、できたー!」

「あたしもできたー!」

「あっちゃんもできたー!みてー!」


 モリーせんせいこと、森井道行。

 毎回、側宙からのバク宙で登場し、格好いいポーズを決めてから自己紹介をするため、子供達のハートは鷲掴み。モリー先生のお料理教室は、親子共に大人気だ。

 ちなみに、一応料理するので、床に手を着かないように配慮はしている。(埃がたつと言われれば反論できないが、そういったクレームは未だ無い)




「よーし、おお、上手に出来たねえ。じゃあ、ママと一緒にお皿に盛り付けてみようか。ゆっくりね。そぉっと、そぉーーーっとだよ」


 ハーイ!と全身を使って手を挙げる子供達に、暴れてせっかくの料理をひっくり返さないよう、それとなく注意する。ここで失敗すると、泣く。まず確実に、大泣きする。無関係の子も、何故かつられて泣く。そのために料理嫌いになったりしたら、可哀想だ。


 子供達は、彼らなりに慎重に慎重に、プラスチックの皿へ盛り付けを開始する。自分で潰したジャガイモ、星や花の型で抜いた茹で人参、小さな手で千切ったレタス。あらかじめコロコロに切っておいたチーズや、ブロッコリー、ミニトマトなども思い思いに皿へ載せる。普段は嫌って食べたがらない野菜も、こうすると自分から皿へ取るから不思議だ。



「あらあっちゃん、トマト食べるの? 自分のお皿のものは、残しちゃ駄目なのよ?」


 愛佳ちゃんママが驚きの声を上げたので、道行はそのテーブルへ歩み寄った。


「あっちゃん、トマト嫌いなのかな?」

「きらーい。でも、食べたら、モリーせんせいみたく、くるくるってできる?」


「そうだねえ。トマトも、他のお野菜も、お肉やお魚もたくさん食べて、いっぱい練習したら出来ると思うよ? でも今日は、少しだけ食べてみようか。美味しかったら、おかわりしたらいいからね」


 この教室では、自分で作ったものは出来るだけ完食するのがルールだ。食べることの楽しさとともに、基本的なマナーや食材を大切にする心も自然に身につけさせる。「親が言って聞かない事も、モリー先生が言うと素直に聞く」ともっぱらの評判だ。


 ベジタブル & フルーツマイスターをはじめ、野菜や食育関連の資格を片っ端から取りまくっていることは、親からの信頼を得ている要因の一つと言えるだろう。一方子供たちから見れば、アクロバティックな登場の効果はもちろんだが、低身長&童顔という見た目に親近感が湧くのかもしれない。




 全員の盛り付けが完了すると、撮影タイム。SNS全盛のご時世、これが案外好評だ。

 全員で手を合わせ、「いただきます」の掛け声の後は、付き添いの親にもカメラには触らせない。食事中の写真撮影は禁止。代わりに、道行が参加者のカメラを借りて撮影して回る。

 彼らが食べている間は他にすることも無いし、マナー違反とわかってはいるが食べている我が子の写真を撮りたい、という親にとっても、一石二鳥なのだ。



「モリーせんせい、おかわり!」

「お! 全部食べたのか。偉いねえ。よし、お皿持って取りにおいで」


 完食した、ましてや嫌いな食べ物を克服した子供の表情は、何度見ても素晴らしい。達成感に満ち、文字どおり、誇らしく輝いているのだ。

 道行は皿を受け取ると、両手を挙げてハイタッチし、思い切り頭を撫でてやる。子供らはそれぞれ、得意気だったりはにかんだりと反応は様々だが、皆嬉しそうだ。


 食事を終え、全員で「ごちそうさまでした」をすると、後片付けタイム。

 本来なら洗い物も教えたいところだが、公民館の水道は洗い物には使えないので、全員でゴムベラなどを使って食器に残ったものを集め、軽く皿を拭って終了。あとは道行が、家に帰ってからまとめて洗う。



 大はしゃぎでなかなか帰りたがらない子供たちをなんとか見送り、教室は終了。あとは撤収作業と公民館の職員への挨拶を済ませて、家に着いたら洗い物とブログ更新………そして、スタジオ練習。ライブが近いので、練習の頻度が高くなっている。道行は客演で出番も少ないけれど、他のメンバーはもっと練習している筈だ。




 ☆☆☆☆☆




 用事を済ませて店に向かうと、珍しく親父が遠くから声をかけてきた。


「おーい道行、ついさっきまでな、お前の料理教室の生徒さんが来てくれてて……」


 ジェスチャーで方向を尋ねると、親父は大きな仕草で駅の方を指差した。頷いて、すぐにそちらへ駆け出す。と、すぐに彼らを見つけた。


「アイカちゃん、みひろくん」


 背後から声をかけると、一行が驚きの表情で振り返った。


「お店まで来てくれたんだね、ありがとうね。わざわざ、ありがとうございます」


 子供達がそれぞれ足にしがみつき、きゃあきゃあ騒ぐのに返事をしつつ、お母さん方に頭を下げる。

 「あらまあまあ、こちらこそ。わざわざ追いかけてきて下さったの?」 と恐縮しきりのお母さん方に微笑みかけ、「いえいえ、せっかくですから」と曖昧な返答。


「駅までですか? でしたら、ご一緒に。もし良かったら、ですけど」


 小首を傾げて愛嬌2割増しスマイル。反応は上々。よし、リピーターゲット。

 子供達を両手にぶら下げながら、駅までの短い道のりを楽しく談笑。我ながら少々あざといとは思うけれど、愛嬌で顧客獲得できるのは今のうちだけだ。お得意さんになってくれるかどうかは、これからの信用次第。


 彼らが改札を通るのを手を振って見送ると、道行は駅を出て商店街の反対方向へと足を向けた。

 父親に電話をかける。今日はこのままスタジオ行くわ。うん、うん。帰りは遅くなるから。じゃあ。

 

 この親父というのが今時珍しい昔気質の鉄火親父で、我が息子は大学卒業後すぐに店に入り店頭に立って修行をするのだと頭から決めつけていた。

 ところが意に反し、単独で飛び回っては新規顧客の開拓、いつの間にか取得していたヨコモジ資格をひけらかして(と実際に言った)なんちゃら教室を開催、パソコンだかワープロだか知らないがチャカチャカやってるばかりで一向に店に出ない息子を叱り飛ばし、一時は険悪な状態にもなったものだ。

 しかし、飲食店への新たな販売ルートや大型商業施設の朝市への出店、つい今しがたのように新たな顧客などの実績を重ねるにつれ態度を少しずつ軟化させ、今では道行の活動を応援してくれている。

 最も大きかったのが、商店街の中で共用できる買い物カートを設置したことだった。

 客は、商店街の入り口にある森井青果店の店頭から自由にカートを持ち出し、あちこちで買い物をして、買い物を終えた店に放置して帰ることが出来る。使用済みのカートは、その店の者が戻しに来たり、道行が自ら回収しに出向いたり。

 当初、古参の店主の中には難色を示す者もあった。だが、客からは便利になったと好評、実際に商店街への人出も格段に増えたということで、道行の、ひいては森井青果店の商店街全体への貢献として認められたのだ。


 親にとって、息子が地元の面々に賞賛されるというのは格別に嬉しいものらしい。今まではライブ出演などには「飛んだり跳ねたり歌ったりなんて」といい顔をしなかったものだが、さっきの電話では頑張れとまで言っていた。変われば変わるものだ。




(お、前方にハルくん発見! よし……)


 道行は足音を忍ばせて近づくと、一気に距離を詰めて正面に回り込んだ。


「おりゃ!」と鼻先すれすれに回転蹴りを見舞い、腰を落として着地。そして決め台詞。


「フレッシューグリーン、ただいま参上!」



 いつものように道行の攻撃をクールに躱したハルだったが、今日はその背後から変なのが現れた。


「んだてめえこのチビ、ボコされてえのか」


 金髪を逆立てピアス満載の男が、顎を突き出し首を激しく上下させ、威嚇しながら詰め寄ってくる。え、誰? このヒト。


「ハルさんに何の用だオラ話あんならオレが」


……何かすごい息巻いてるけど、なんて言ってるかわかんない………



「オイやめろ、俺のツレだ」

「マぁジすか何なんすかこのチビ、てめ俺の方がぜってぇつえーから」


……うわぁ……まだ居るんだ、っていうかホントに居るんだ、こういうヒト………



 安っぽいドラマのチンピラみたいなキャラの男に妙に感動してしまい、まじまじと眺めていると、ハルが彼の肩をポンポンと叩き始めた。はいはい、落ち着け、どうどう………


「これがさっき話した、幼なじみの道行」

「はぁああああ?」


 男は素っ頓狂な声を上げたかと思うと、ものすごく怪訝なしかめ面で、全身を舐め回すように観察してくる。すごい、このヒト感情が表情どころか全身に出まくっちゃっってる。もしこれがジェスチャークイズだったら、全問正解出来る自信がある。



「これが、ハルさんの尊敬する兄貴も認める男? しかもハルさんより強いとかあり得なくないすか? そりゃまあ、さっきのはちょっとビビったけどあれは急に来たから」


「いやマジで。こいつ背は低いけど合気道段持ちだし、俺の知り合いの中じゃ最も漢気に溢れた、最高にイカす男だ」


「いや合気道とかダセエし空手とかボクシングのがぜってぇつえーし、つかストリートファイトだったら俺だって」

「止めとけ。空手も昔やってたし、こいつ怒らせたらお前、手首足首ポキーだぞ。ポキー」


「……いや、そんなことしないから……」


 道行の苦笑いに俄然勢いを取り戻しかけた男だったが、次の言葉でまた怯んだ様子を見せた。


「せいぜい関節痛めて数時間動き止めるぐらいで。あんまりやっちゃうと、治療費やら逆恨みやらで面倒だもん」



 すっかりおとなしくなった男を興味深く観察したかったのだが、道行はハルに促され、スタジオの階段を降りた。頭上から聞こえてくる、こんこんと説教するハルの声を聞きながら。




 ☆☆☆☆☆




 数曲演奏し終え、ひとり小休憩中の今、道行は戸惑っていた。さっきから、やたらと目をキラキラさせたチャラ男とやらに馴れ馴れしく付きまとわれ、辟易気味だ。何なのこのヒト、急に……


 手伝うつもりで機材にちょっかいを出してハルに追い出されたチャラ男くんは、道行の戸惑いなど一切気にせず、クネクネしながら機嫌よく喋りまくり、自分の言葉に自分で笑ったりしている。


「将来好きな女を守る為に強くなるとか、マジかっけえすね! しかも合気道ってぇ、相手を倒すためじゃなくて、動きを止めて逃げる隙を作るためとかって! ガチクールじゃないっすか!クールジャパンっすよ! マジで! パネえ!」


「ああ、えっと、どうも……」


 どうやら彼は、先ほどのハルの説教に感動したらしい。っていうか僕、闘わないから負けないってだけで、別にハルくんより強いとかじゃないんだけどね……



「しかもモリーさん、歌クッソ上手いじゃないすか! なんなんすか!マジ鳥肌っすよ!」


 ヒョオオオ! とおかしな叫び声をあげながら、ジタバタしている。


「あの、えっと……チャラ男くん? でいいの?」


 と、チャラ男は急に道行の肩にもたれかかり、顔を寄せた。


「ちょぉ、モリーさんまで勘弁してくださいよぉ、チャラ男じゃなくて寺尾っすよ。寺尾保雅」

「テラオ、ヤスマサ……」

「そうそう。ジジ臭い名前でヤなんすよぉ。だからホウガって呼んでくださいよ、ホーガ。カッコいいっしょ?」

「え、なんかヤダ。恥ずかしい。あと、近いから。顔近いから、ちょっと離して」


「なぁんすかぁ、冷たいじゃないっすか。あ、クール系っすか? やっぱクールジャパン的な?」


 道行の腕をがっちりホールドし、肩に顔を擦り付けてくる。ちょっとマジで何なの、このヒト……

 逃れようと身を捩っても、「いい匂いっすね、何つけてんすか?」とグネグネしながら腕を離さない。マジやめて、みんな見てるし。ってかおかしいよね、このヒト距離感おかしいよね……?


 そこへ、救いの女神が顔を覗かせた。


「あ、みっちゃん居た」


 花奈が、階段の上からひらひらと手を振っている。練習が終わったら食事する約束をしていたのだ。

 約束があるからとチャラ男くん、もとい、寺尾くんを振り切り、道行は階段を二段飛ばしで駆け上がった。「彼女さんっすかぁ? めっちゃカワイイじゃないすかぁ」とかなんとか喚く声を背中に聞きながら。


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