一週目

第1話 月曜・緊急招集(人物紹介)


 駅前の商店街を通り抜けた先、道を渡るとそこには雑木林に囲まれた古い神社がある。

 夏でもしんと涼しい雑木林を突っ切ると、柵の向こうに小さな公園を見下ろせる。3か所の入り口以外を色とりどりの花が咲く樹々で囲まれたその公園は、ほんとうに「ぽっかりと」、住宅街の中に開いた穴のようだっだ。


 ところどころ錆びの浮いた手すりを頼りに、幅の狭い石の階段を降りる。

 ほぼ中央に滑り台、その隣には畳2畳分ほどの砂場。馬をかたどっているらしき、バネでグネグネと動く遊具がふたつ。その他には円形の公園の縁に沿ってべンチがいくつか並ぶだけの、簡素な公園。


 だんだんとオレンジがかっていく空に、カラスの鳴く声が響く。夕暮れも間近なこの時間、公園の主である子供たちの姿は既に無かった。



 いつも雑木林の柵に隠すようにして立てかけている木刀を肩に担ぎ、緩く三つ編みにした長髪を右胸に垂らした青年が、カラコロと下駄の音を立てながら足早にその階段を降りてきた。


 馬の遊具に跨ってゆらゆら揺れていた、くるくる巻き毛の小柄な青年が声をかける。


「おー、ハルくん! 来たきたぁ」

「わりぃ、出がけにちょっとあって」


 もう一頭の馬には、栗色の髪をふんわりと巻いたイマドキっぽい女子が横坐りし、膝に乗せた白猫を撫でている。赤いリボンを首に巻いた猫は気持ちよさそうに目を閉じ、時おり喉をゴロゴロ鳴らす。

 滑り台の階段中腹に寄りかかっているのは、ストレートの黒髪をハーフアップにした優等生然とした若い女性。右手を唇のあたりで軽く握り少し眉を寄せながら、何か考えを巡らせている様子だ。

 滑り台の終わりの淵に腰を下ろしていた瘦せぎすの男が立ち上がり、重ための前髪を払うついでに人差し指で眼鏡を押し上げた。 



「よし、みんな揃ったな」


 三つ編みの青年が、下駄で細かな砂利を踏みしめて駆け寄り、担いでいた木刀を下ろした。


「で、何だよ。緊急招集って」


 優等生風女が階段から腰を上げ、片足に体重を預け両腕を組んだ。ただでさえ背が高いうえに、デニム地のタイトスカートからすらりと伸びた脚にはヒールの高いショートブーツ。シャープで端正な顔立ちと相まって、なかなかの威圧感を放っている。



「最近うちの商店街でね、盗難が増えてるらしいのよ」


 外見に違わず涼やかな女の声に、眼鏡男がもっともらしく頷き、濃灰色のシャツの襟を骨ばった指で神経質そうに引っ張って首元を緩める。


「どうやら年寄りが経営してる、古くからの個人商店ばかりが狙われているらしいんだ」


 イマドキふんわり女子が、相変わらず優しく猫を撫でながらも憤然とした様子で続けた。


「お茶やさんと乾物屋さんなんか、レジから現金盗られたって。おばあちゃんたち、すごく怒ってた」


「お年寄りの所を狙うなんて、やり方が卑怯だよね。こそ泥め」


 巻き毛の青年は、その愛くるしい顔立ちに似合わず眉を寄せ、硬い表情のまま絶妙のバランスで遊具をさらにグラグラと揺らす。やっていることは子供っぽく滑稽だが、正義感が強いらしい。


「商店街の定例役員会議で議題に上がったんだけど、俺の他って正直年寄りばっかだろ? 一応回覧板を回すことだけは決まったものの、危機感が足りないのか無駄話ばっかで、具体的な対策が出てこない。そこで、だ。我々若手が、この南町商店街の治安を守るために立ち上がろうじゃないか、と。それで急遽、集まってもらったわけ」


「そんな勿体付けなくたって、しょっちゅうここでタムロってんだろ」

「……まあ、そうだけどさ」


「いいじゃんいいじゃん、緊急招集。正義のヒーロー見参! って感じでさ」


 口籠る眼鏡男をフォローするつもりなのか、巻き毛青年は賛成を表明し、グラグラ揺れる馬の遊具から後方宙返りして着地した。と思うと、くるりと回転しながら右足を高く蹴り上げ、空中に回し蹴りを放つ。相対するように、三つ編み青年が木刀を繰り出し空を切った。

 折よく風が吹いて見頃となった藤の花びらを散らし、ふたりの立ち回りに文字通り花を添える。


「武闘派はとりあえず落ち着け。出来るだけ、暴力は無し。ね?」


 二人のパフォーマンスにパチパチと拍手するふんわり女子を嗜めるように、優等生風が冷静に釘を刺した。



「駐在さんとも相談したんだけど、とりあえず狙われそうな店にカメラを設置しようと思う。これは俺がやる」

 そう言いながら、眼鏡男が手を挙げる。


「私は、盗難多発中の旨、商店街のホームページとポスターで注意喚起」

 同じく手を挙げながら、優等生風。


「なるほど。さすが、記録魔人に黒の魔女。妥当だな。で、俺らは?」


 三つ編み男の問いに、眼鏡男が答える。

「生鮮組は、周辺の個人商店にそれとなく目を配ってて欲しい。仕事のついででいいから、怪しい人物がいないかどうか」


「じゃあ、僕は配達なんかもあるから、あちこちに注意しておくよ」

「俺もそうするわ」

「あたしは配達とか無いけど、いろんなお店にマメに顔出すようにするね」


 八百屋の長男、森井道彦がクリクリとした瞳に意気込みを閃かせると、魚屋の次男坊である高柳晴海が木刀を担ぎ頷いた。

 肉屋の一人娘、百々瀬花奈は相変わらず猫を撫でながら、空いている方の手で敬礼してみせる。


「よし。じゃあ、駅前から商店街の真ん中ぐらいまでは、そっちで監視を頼む。俺と実智で残りの半分。あと、使ってないビデオカメラがあったら貸してくれ」


 眼鏡屋の若き店主、杉原透の言葉に、事前に打ち合わせていたのであろう古本屋の孫娘、墨谷実智が頷いた。


 駅前から住宅街へと伸びるアーケード商店街。一番駅寄りに森井青果店、その隣に百々瀬精肉店。間に幾つかの店やコンビニを挟み、商店街の中ほどに高柳鮮魚店がある。そこから少し進んだ辺りの筋向かいに杉原眼鏡店、商店街の終点に墨谷古書堂。


 古くからの幼馴染5人の店は、ちょうど商店街全体にうまく散らばっている形だった。



「じゃあ、私そろそろ行くわ。じいちゃん病院行くから、店番変わらなきゃ」

「みのりちゃん、おばあちゃんは具合どうなの?」


 一学年下の森井道彦と百々瀬花奈は、昔からの癖で実智のことを「みのりちゃん」と呼ぶ。実智は高校入学から最近まで地元を離れ都内で暮らしていたので、なおさら昔のままの呼び方が残ってしまっているのかもしれなかった。

 戻ってきた当初は 、この歳になって ”ちゃん付け” で呼ばれるのも気恥ずかしく、何度か訂正を申し入れたものだった。だが、ふたりはどうやら「みのりちゃん」卒業の機会を完全に逸してしまったらしく、実智はとうにそれを受け入れていた。



「うん、元気元気。あのばあちゃんだもん。車椅子で病院中歩き回って、誰彼構わず捕まえてはおしゃべりしてる。下手したらお見舞いに行くじいちゃんより元気だから」


「実智のばあちゃん、じいちゃんの分まで喋るもんな」

「そうそう。じいちゃん無口だからね。そういえば、ハル。じいちゃん煮魚食べたいって。今日やってる?」


 魚屋の高柳晴海は、自分の名前の「ハルウミ」という響きが気に入らないらしく、小学生の頃から、「ハル」と呼ばせている。


「ああ、たぶん。今日はメバルだったと思う」

「やったあ。7時ごろに行くから、とっといてくれる? ふたり分」

「了解」



 実智が皆に手を振って立ち去ると、道行がぴょんぴょん飛び上がって手を挙げた。


「ねえねえ、戦隊名付けようよ」

「なにそれ」

「だって僕たち、商店街を悪の手から守る正義の味方じゃん?」

「道行、お前27にもなってなぁ……」


 道行や花奈からは3つほど先輩にあたる最年長の透が、呆れた声を上げた。


「みっちゃん、あたしもそれはちょっと……恥ずかしい、かなぁ」

「俺は賛成」


 まさかの賛成意見に、花奈と透が信じがたいという表情を浮かべる。当のハルは涼しい顔で木刀を振り上げた。


「ハルくん、なんでよ」

「だって、ちょうど5人いるし」

「なんだその理由」


 反対意見をものともせず、上段の構えから薙ぎ払う仕草でポーズを決める。


「俺、ブルーね。クールな二枚目だから」


「わあ、やっぱり自分で言うんだ」

「ハルくん魚屋だし、おさかなブルーだね! じゃあ、僕はグリーン。八百屋だから」


「やだ。おさかなじゃなくて、お刺身ブルーがいい。お前はフレッシュグリーンな」

「いいね、フレッシュグリーン参上! シュゥッ!」


 道行が華麗な飛び蹴りを決める。



「花奈はねぇ……肉汁ジュワッと、ジューシーピンク!」

「……ジューシー……ピンク……」


 道行の言葉に、花奈はうっすらと頬を赤らめた。



「透くんは、どうしよう」


「いや、俺はいいよ……」


「透は……メガネブラック!」

「いや、ブラックはみのりちゃんじゃないかな? 腹黒いし口悪いし、名前からして墨谷だし」

「それもそうだな。じゃあ実智は、腹黒ブラックで」

「メガネクリアーは? 透明で名前にも合ってるし、メガネっぽいし」


「いやそれ、色じゃないだろ」

「いちいち細かいぞ、透。文句ばっかだと、ピカピカメガネクリアーにするからな」

「ピ、ピカピカはやめて……」


「えっと、なんか、色のバランスおかしくない?」

 花奈がもっともなコメントを差し挟むが、青と緑はお構い無し。透はもう、諦めたようだ。


「ハルくん、テーマソング作ってよ。僕歌うから」

「んー……作曲はいいけど、作詞苦手なんだよな」

「みのりちゃんに頼もう」

「えー……やってくれると思うか? 即座に断られそう」


 透は足を肩幅に開いて腕組みをすると、「面倒だからイヤ」と言い放ち、指先で肩に掛かる髪をはらう真似をする。


「……の一言で終わりそうだよな」

「うー、みのりちゃんならありそう」

「下手したら、一言どころか『は?』で終了だって。おっかないから、テーマソングは諦めよう」


「あたしが頼まれたとしても、断ると思うな……」


 思わず零れ出た花奈の声も気にせず、男3人は(いつの間にか透までも)盛り上がっている。



「リーダー誰にする? やっぱ俺だよな。強いし」


 妙に乗り気な三つ編み青年ハルに対し、そこは譲れない、とばかりに咳払いしたのは、瘦せぎすのメガネ青年、透だ。


「いやそこは冷静沈着、博識でしっかり者の俺でしょう。最年長だし」

「黙れ色無し」

「……なんか酷い」


「戦隊にしようって最初に言ったの、僕だよ。それにほら、フットワーク軽いし」

「でも俺の方がイケメンだから」


 唇を尖らせた道行が巻き毛を揺らしピョンピョンと飛び跳ねながら自己主張するのを、ハルが一蹴する。



「あー、もう!」


 呆れ顔の花奈が、珍しく大きな声を出した。膝の上の猫が、「んなーぁ」と抗議の声をあげる。


「下らないことで揉めない! 決めました。リーダーはこの子! ほら、赤いリボンしてるし。リーダーと言ったらレッドでしょ?」


 えええ、と不満げな3人だったが、花奈は、この話は終わり! とばかりに猫を腕に抱え立ち上がった。



 公園の上の神社に棲みついている名無しの猫は、今日から「リーダー」と呼ばれることになる。





 ☆☆☆☆☆ 




 ひとり店番をしているところに届いた道行からのメールを見て、実智は思わず頭を抱えた。


「なによ、南町5(みなみまちファイブ)て……それに私だけ、店関係ないし。腹黒ブラックってただの悪口じゃない」






 ☆☆☆☆☆



 主な人物紹介(南町商店街 駅側より)


森井道行(モリイ ミチユキ)

27歳、森井青果店勤務。新規販路の開拓や食育指導なども手掛け、仕事熱心。低身長・巻き毛・アイドル系の童顔で、商店街(特にシニア世代)のアイドル。正義感に厚く曲がったことが嫌い。歌が好き。


百々瀬花奈(モモセ ハナ)

26歳、元保育士だが由あって退職。現在は求職活動をしながら、精肉店の店番と花嫁修業中。おっとりした癒し系で、この5人の中では末っ子的存在。子供と動物に懐かれがち。手先が器用。


高柳晴海(タカヤナギ ハルウミ)

28歳、高柳鮮魚店勤務。釣りに明け暮れる父親に代わり、母とともに店を守る。容姿端麗な自信家で、刃物を愛してやまない。ちょっと変人。趣味と実益を兼ねて楽器を弾く。


杉原透(スギハラ トオル)

30歳、杉原眼鏡店経営。「理想の土を見つけに行く」と陶芸の道へ旅立った両親から店を譲り受け、店主に。副業で絵本作家をしている。博学だが細かく几帳面な性格で、若干理屈っぽい。


墨谷実智(スミタニ ミノリ)

28歳、不動産会社勤務。最近まで都内で勤務していたが、事情により地元の系列会社へ。夜は祖父の経営する古書店で店番をすることも。趣味は読書と料理、得意技は謎の威圧感を醸し出すこと。


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