2-4: 映画

 また市電に乗り、キネマに着いた。

 入口の上には大須賀おおすが 奈央利なおりの横顔が海を背景に大きく描かれ、「親のない子」というタイトルも大書きされていた。下の方には大須賀おおすが 奈央利なおりの名前と、原作者倉持くらもち 康平こうへいの名前、そして監督の名前が書かれていた。

 入口を入るとすぐに売り場があった。そこで二枚入場券を買い、入場が始まるまではロビーの椅子に二人で座った。

「森山さんは、この映画を観るのは何回目ですか?」

「三回目ですね。大須賀さんの演技が素晴らしくて」

「僕は二回目なんですけど、確かに大須賀さんの演技は素晴しいですよね」

「えぇ。倉持さんの原作は読んでなかったので、『親のない子』というタイトルからは、子役がすごいのかなって思ってました」

「そうそう。でも、子供が出ないんですよね」

「そうなの。母親役お大須賀さんが、子供を預けている親戚からもらう手紙。短かいけど、子供がどういう子なのか、どういうことをして、どういうことを思ったのかが伝わって」

「それを読んで大須賀さんが子供のことをまた思って」

「二回観ましたけど、泣きましたよ」

「うん。わかるなぁ」

 そんな話をしていると、手持ちベルの音が響いた。

「開場しまぁす。入場券をお持ちの方はこちらへどうぞぉ。お持ちでない方は入口近くの売り場でどうぞぉ」

 私と森山さんは腰を上げ、モギリのところへと進んだ。

 中に入り、空いている席を探し、腰を下した。

 まだ扉が開いているものの、しばらくすると映像が映し始められた。


|   キノトロープ実験作

|   【研究承認番号: 38754】


 しばらくはそういう映像だった。

「キノトロープ」

 私はそう呟いた。

「狭山さん、キノトロープって何ですか? これまで観た時にはなかったんですけど」

「うーん、画面をすごく小さい区画に分けて、その区画に映す色を解析機関を使って制御するんですよ」

「また解析機関ですか」

「そう…… ですね。専用のものなので、機能そのものはずいぶん簡略化されているらしいですが」

 森山さんは映し出される映像を見ていた。簡単なカートゥーンで、写実的な色ではなく、色彩が充分とは思えなかった。また、銀幕を構成する区画も充分に小さくはなく、構成している三角形が見えるように思えた。

「要素って、いくつくらいあるんでしょう?」

 彼女はそう呟いた。

「うーん…… よく知らないんですが。300 x 200ってあたりかなぁ」

「それだと一つの画面に六万あるんですよね?」

「えぇ、そうですね」

「それが、一秒に何回も変わるんですよね?」

「あ、毎回全部を書き換えてるわけじゃないらしいです。見てのとおり色の種類の制限も強いんですが、そのおかげもあって書き換えなくてもかまわない要素も少なくないらしくて…… えーと、まだ、ですが」

「『まだ』ですか。いつか、映画も全部キノトロープになるんでしょうか?」

 私はすぐには答えられなかった。たぶん、いつかはそうなるのだろうとは思う。すくなくとも、可能にはなるだろう。だが、要素の数、色の数、書き換え回数をフィルムなみにするには、今のものとはまったく桁が違うだろう。それは解析機関という制約の中で可能なのだろうか。

「いつかは…… そうなると思います。でも、必要な計算の速さがこれとはまったく違うはずです。解析機関という制限で、それが可能かと考えると、どうなんでしょう」

「そうすると、解析機関に似てはいるものの、何か違うものなら?」

「可能ということになるだろうと思います」

 彼女は、キノトロープの技術について考えているのだろうか。それとも、何か別のことを考えているのだろうか。

「そうなったら、フィルムが写し取っている役者や監督の思いって、どこに行ってしまうんでしょう?」

 私はカートゥーンを見て考えた。

「このカートゥーンですが。役者はともかく、監督の思いはあるとは思いませんか?」

 彼女はふいに私の顔を覗き込んだ。

「え? 何か?」

「いえ、確かにそうかもと思って」

 彼女は背を椅子に戻したが、顔は私に向けたままだった。

「解析機関か、いつかその後に来るものでも、人間の心は人間の心のまま残るんでしょうか?」

「そう…… かもしれません。でも…… キノトロープは人間が関係してますよね」

「えぇ」

「でも、解析機関、それとも算譜が考えると言えるようになったとしたら…… それには人間の心があるのかどうか」

 そこで劇場は真っ暗になり、本編の上映が始まった。

 私と森山さんは、そこで話を打ち切り、銀幕に集中した。

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