3-4: 教院: 不遜事項
「それでは最後に、」
その声で私は顔を上げた。
「不遜事項について述べましょう」
教父は水差しから改めてコップに水を注ぎ、一口飲んだ。
「先ほど、尊敬条項は守らなければならないが、それは欲望事項をどのような形であっても正当化する理由にはならないと言いました。なぜでしょうか?」
教父は席を見渡した。
「それこそ、不遜事項に違反することになるからです。目下の者から意見などを目上の者に差し出すとしましょう。先ほども言いましたが、その背後には窃盗条項、強欲条項、尊敬条項に反しないようにという思いがあります」
そこで、また教父は咳払いをした。
「このようにしておけば、それらの条項には反しない。そう思うことは、偽証条項と傲慢条項に違反します。そのようなごまかしで、神の目を逃れることができるでしょうか。断言します。逃れることはできません。それのみならず、罪を重ねるのみです」
教父はまた席を見渡した。
最後に残るのは自助条項だった。
「それでは、最後の自助条項に移りましょう。みだりに神に頼ってはいけません。神に頼ろうとすることは、偽証条項や傲慢条項にも反することとなります。最近では、神はその人が耐えられない苦役を与えることなどないと言われもします。ですが、それは誤りです。神は誰にも公平に、苦役をお与えになります。それに耐えられず自傷事項や殺傷事項に至るなら、それは神の前にあなたの罪を重ねることになります。一見不条理に見える事柄においてこそ、神の国に富を積むこととなります。神は、神の国に富を積む機会をお与えになっているのです。そこで神に頼るとはどういうことでしょう。富を積む機会を逃しているだけになります」
教父は水を一口飲んだ。
「神は非情だと思われる人もいるでしょう。もちろん、そのとおりです。神は非情なのです。非情だからこそ、神は唯一であり、すべてであるのです。非情でないなら、誰かに対しては甘く、誰かに対しては厳しいということになるでしょう。そのような気紛れな神は、神たりえるでしょうか。神は、神自身であられるために非情であらねばならず、それはご自身がご自身であるために、ご自身によって課せられた、神にとっての戒めでもあります」
ゆっくりと間を取って、教父は席を見渡した。
「ご自身にも戒めを課せられている神。その子としての人間。神はご自身の存在のように、唯一の戒めを持っておられます。ですが、人間はその一つの戒めによってのみ自身を律することはできません。そこで、神は15の戒めを人間にお与えくださいました。たとえ厳しい戒めに思えたとしても、それは神の愛の証しなのです」
教父はゆっくりとコップから水を飲み、そしてゆっくりと席を見渡した。
「それでは、今日の説教の最後に、もう一度祈りましょう」
そう言って教父は頭をたれた。
と同時に一つの拍手がミサ堂に響いた。
誰もが頭をたれるのを忘れ、その拍手に目を向けた。監視に来ていた教父が立ち上がり、拍手をしていた。人々はそれに連られるように拍手を始めた。
教父は、監視に向けて深くお辞儀をしていた。教父の安堵の息が聞こえたような気がした。
監視に来ていた教父は歩き出し、こちらの教父の横に立った。
「この教院の皆さんが実にうらやましい」
その教父はそう話し始めた。
「このような説教を受けることができるとは、実にうらやましい」
笑みを、おそらくは半分は演技で、半分は本音の笑みを浮かべていた。
「もっとも、今日は私が来ているということもあって、頑張られてしまったようだが」
その教父は右手を差し出した。こちらの教父は一瞬の躊躇の後に、やはり右手を差し出した。
「15の戒めを一気に説教してしまうなんて、普段はないでしょう?」
その教父は言った。それを聞いて、こちらの教父の顔にも笑みが浮かんだ。
「これでいい報告ができそうだ」
「なにか…… お茶かなにかでも」
「いやいや、私も急がしいものでね。あなたの説教と、お聞きになっていた皆さんの様子で充分ですよ。満足で、喉も潤っているような気がする」
「そうですか。今日はご指導ありがとうございました」
「なになに、神に仕える者としての役目ですよ。それでは、私はこれで失礼することにしましょう」
監視の教父は笑みを左右に振り撒きながら、席の中央の通路を通って行った。
「皆さんに神の祝福を」
ミサ堂の入口に着いた教父は、一旦こちらを振り向いてそう言うと、扉を開けて外へと足を踏み出した。
それと同時に、席にいる皆はこちらの教父に目を戻した。教父は大きく息を吐いていた。それは、安堵の息なのだろう。
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