3-2: 教院: 労役事項

「では、」

 教父の声に私は顔を上げた。

「労役事項に移りましょう」

 教父は顔と左手を表具に向けた。

「最近では、労苦を与えるものとは目上のものという解釈が多いようです」

 顔を戻して続けた。

「それは必ずしも間違いではありません。しかし、本来は神を意味します。そのことは、日曜条項からもわかることです。ですが、ここでは実際にどう扱われているのかを考えてみましょう」

 教父は壇の上の水差しからコップに水を注ぎ、飲んだ。

「もし、目上のものからの指示に従わなかったとしましょう。それはどういう世界になるでしょうか? 言うまでもなく、混乱です」

 教父はもう一口飲んだ。

「目上のものは、その地位や肩書に相応わしいからこそ目上なのであり、その地位や肩書こそが目上に立つことを保証しています。もちろん、それらのものが言うことの正当性も保証しています」

 教父は、監視に来ている教父に目をやった。

「こう考えてみましょう。まず、至高条項に戻りますが、神は唯一であり、すべてであります。そして、そのことから神は無謬でもあります。その無謬であることは、各国、各組織の上層部に分け与えられ、また目上のものにも分け与えられています」

 そこでまた教父は右手の人差し指を左右に振った。

「つまり、尊敬条項に違反することは、至高条項にも違反することになります。また苦役条項に違反することは、神が、あるいは神から委託されたものからの労苦を逃れようとするものであり、やはり至高条項に違反します」

 私は森山さんを見た。今どき、このような説教をする教院や教父は多くはないなずだ。どっちにしても程度の差はあるにしても、このような説教をする教父と、もっとリベラルな説教をする教父は、およそ半々だろう。

 いつもの説教はかなりリベラルなものだ。だが、今日はそうはできない理由があり、そして森山さんは教父の本意ではないというサインも知らない。

 もちろん、森山さんはこのような説教を普段受けているのかもしれない。

 私の目に映った森山さんは、厳しい横顔をしていた。

 あたりを見渡すと、見知った顔だけだった。森山さんに伝えるほうがいいだろうか。

 幸い、監視に来ている教父とは席が離れている。だが声を出せば、注意を惹いてしまうかもしれない。

 私はメモ帳と鉛筆を取り出した。

「厳しい顔をしてますよ」

 そう書いて、森山さんの前に出した。

 森山さんは顔を下し、メモ帳と鉛筆を受け取った。

「厳しい説教ですね」

 メモ帳と鉛筆が戻って来た。

「森山さんの教院は、どうですか?」

 またメモ帳と鉛筆を渡した。

「中立か、すこしばかりリベラルかと。現実的と言えばいいのかも」

 メモ帳と鉛筆が戻って来た。

「普段は、かなりリベラルな教父ですよ。今日は、」

 そこまで書いて、その先を書いていいものか迷った。だが、書かなければ、今日の説教がこんな様子である理由の説明にもならない。

 私は点と矢印を書いた。

「今日は、本部からの視察が来ているみたいです」

 そうしてメモ帳と鉛筆を森山さんに渡した。

 それを見た森山さんは、矢印の方向に目を向けた。

「わかりました。うちの教院でも、たまにあります。それで、リベラルっていうのは、どれくらいですか?」

 メモ帳と鉛筆が戻って来た。

 正直、私も賛同できる程度のリベラルさではないことは確かだ。逆に、教父のリベラルさに私が染まっているわけでもない。もし染まっているなら、自由技芸大学に通おうとは思わないだろう。

「多分…… 森山さんの教院よりもずいぶんリベラルかと」

 時間を取ったからだろうか、森山さんはメモ帳を覗き込んでいた。

 森山さんは鉛筆だけを取り、メモ帳に書いた。

「至高条項に反するくらいですか?」

 そういう教父がいることは知っている。だが、この教父はそれには程遠いとは言える。

「いえ。ただ、至高条項をよりよく理解するためにも、科学の発達は必要だと」

 それを見て、今度は森山さんが考えていた。そして鉛筆を取った。

「たぶん…… 私の教院と似ていると思います。今日は、間が悪かったですね」

 そう書いて、森山さんは鉛筆を返してきた。

「もしよければ、後で教父と話せると思いますよ。監視の教父がいるので、ちょっと後になると思いますが」

 森山さんは鉛筆を取って書いた。

「できれば、ぜひ」

 私は森山さんの手から鉛筆を取った。

「それなら、そうしましょう」

 森山さんは顔を上げ、笑顔を浮かべうなずいた。

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