1-2: 職場: 神の戒め1
10時からの会議用資料を青焼き複写機で複写していた。あとすこしというところで先輩の竹下さんが複写室に入って来ると、複写機の枚数設定に目をやった。
「お前なぁ。10組くらいだったらカーボン紙を使えよ」
「はぁ……」
「まぁ複写しちまったものはしょうがない。だがなぁ、テクノロジーに頼りすぎなんだよ。こういう大事な書類をテクノロジーまかせでどうするんだ? そりゃ分量が多けりゃしかたないだろうさ。だがな、」
そこで竹下さんは複写機の横に積んであったページ数を数えた。
「ひい、ふう…… 合わせても50枚だろ? まったく工業専門学校出身の奴はなぁ」
竹下さんがそう言っている間に、複写は終った。私は複写の束に手をかけ、持ち上げようとした。
「おい! 人の話を聞け!」
竹下さんは複写の束を持っていた手を殴った。驚きと痛みで、私は束を落した。
「あ……」
痛みや驚きなのか、それとも落としたことに対してなのか、自分でも判断できない声がこぼれた。
「人の話を聞いてないから、そうなるんだ! 教院が科学を禁止したって、どうしたって必要になる。だから工業専門学校なんてものもある」
私は落ちた束を見下ろしていた。
「だけどな、順序を逆に考えるなよ! お前らは、俺たちがこんなくだらないテクノロジーに触らなくていいようにいるんだ!」
私はまだ床を見ていた。オイルが染み込んだ木製の床。汚れた分は私が使おうか。
「さっさと拾え。会議に間に合わせろよ!」
私は膝をついて屈もうとした。突然、頭が揺さ振られた。
「返事は!」
「あ…… はい」
その言葉を聞くと、竹下さんは複写室から出て行った。私も、床に落ちた束を拾い集め、向いにある机に乗せ、一部ごとにステープラーで閉じた。
複写の束とノートを持って会議室に向った。もうほとんどが着席しており、残るは部長だけだった。私の手書きを綴じた一部を部長の席に置き、残りをほかの面々に配った。配り終え、私の席に着くと、私の資料の他にも二部の資料がすでに置いてあった。
その二部の資料に――いずれも一枚の資料だった――目を通していると、部長がやって来て、会議が始まった。
十人という小さいチームだが、部長が入っていることからも、重要なチームであることは明らかだった。新しく提供するサービス、通信販売に関するチームであり、その初めての会議だった。
竹下さんがまず提案を読み上げた。
| 富裕層の皆様
| 自宅で買物ができる
| 当社の新サービスのご案内をいたします。
| カタログをお送りいたします。
| 下記まで返信封筒同封のうえ、ご連絡ください。
| 東京都 東京市 XXXXX XXXXX XXXXX
「なるほど、うん、いいな。うちでの業務はどうなる?」
提案を聞いて、部長が訊ねた。
「すでに百貨店としての実績がありますから問題ありません。メール室の拡充で充分でしょう」
「うんうん。百貨店としての強みがそのまま生きるわけだ。では、次は?」
別の先輩である山上さんが提案を読み上げた。
| お得意様への特典サービス
| なんでも自宅へお送りいたします。
| カタログがご入用のお客様は、
| 下記までSASEにてご連絡ください。
| 東京都 東京市 XXXXX XXXXX XXXXX
「うん。これも簡潔でいいね。『富裕層』という言葉も惹かれるが、『お得意様』というのも、うちとの特別な関係が感じられていい。この『SASE』というのは?」
その質問を受けて山上さんが答えた。
「それは、Self-Addressed Stamped Envelopeの略です。なんでも欧米ではそういう言い方をするそうで」
「なるほど。だが、日本だとどうだろうねぇ。その言い方は普及しているとは言えないんじゃないかな?」
「はい、その点は確かに仰るとおりです。ですが、先進性を押し出すのにはいいかと思いますが」
「ふむ。そういう面も必要だな。よし三つめを聞こうか」
私は用意した複写を手にした。他の面々も資料を手にしたが、その時点で渋い表情が浮んでいた。
「では、私の提案です」
私は資料を読み上げ始めた。
「送料はお客の負担とすると、店頭で買うよりいくぶん割高になります。すると、送料分の値引きをすることも考えられますが、物によっては馬鹿にできない送料になってしまいます。ですので、送料の負担はしないか、買えるものをある程度制限しておかないとならないと思います。いくつかのパターンでの試算を資料に挙げてありますのでご確認ください」
私は二枚、資料をめくった。
「次に受注の方法ですが、カタログは必要ですが、電話による注文を受け付ける方法も考えられるかと思います。最近の解析機関は電話にも接続できますので、電話のパルス発信で商品番号を入力してもらう方法も考えられます。その際の注文の確認方法ですが……」
「君ね、」
部長が遮った。
「試算のところを読んだが、あまりいい数字は並んでいないね」
部長はいかにも気にいらないという表情を浮かべていた。
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