1-3: 職場: 神の戒め2
その表情に困惑しながらも、私は説明を試みた。
「はい。通信販売にかかる人件費、送料などを計算するとどうしても。むしろ大規模な通信販売に特化した方がいいのではないかと」
「うーん。君はわかってないね。社長が欧米視察の結果として、通信販売をすると決めたんだよ。それはわかっているね?」
「それはわかっていますが……」
「だとしたら、やるんだよ。試算は経理から出て来たものがある。それも含めて、社長がやると決めたんだ。だから、そういう余計なことは君の仕事じゃない。わかっているかな?」
「それは…… 承知しています」
「それにね、君の試算は経理から出て来たものと随分違うんだよ。素人が口を出せる領分じゃないな。いいかね? 前の二つの案にあったように特別な顧客を対象にするんだ。割高? 大いに結構じゃないか。顧客は特別感を得て、うちは収益が上がる。どこに問題があるのかね?」
「それは…… 特別な顧客の数が少ないということでしょうか」
私の言葉を聞いて、全員が苦い顔をした。
課長が口を開いた。
「君がね、経営にどうこう言えるのか? 上司に口答えするのか? 竹下君と山上君の案に口を出すのか? 君は神の戒めの尊敬条項に違反してかまわないと考えているのか?」
「ちょっと失礼します」
竹下さんが割り込んだ。
「君は、通信販売用の解析機関と電話線を用意しようという案だろ?」
「はい。扱える量を多くしようとすると、それも一案かと思います」
竹下さんは首を振った。
「解析機関と電話線がいくらすると思っているんだ?」
「確かに高い買物ですが、数をこなせればその金額以上の価値が……」
「そんなことを聞いているんじゃない! いくらすると思っているのかと訊いているんだ!」
「それは…… 資料にもありますが一千万円ほどかと」
「ああ! まったく話の通じない奴だな。資料にある数字を見た上で、こっちは言っているんだ!」
そう言って、部屋の中を見渡し、部長の後の壁に目を止めた。
「神の戒めを読み上げてみろ!」
私は壁に張ってある戒めを読み上げた。
| 神聖事項
| 1: 神は唯一であり、すべてである(至高条項)
| 2: 偶像を作ってはならない(偶像条項)
| 3: 神の御名をみだりに唱えてはならない(御名条項)
|
| 労役事項
| 4: あなたは、労苦を逃れようとしてはならない(苦役条項)
| 5: あなたは、労苦を与えるものを敬わなければならない(尊敬条項)
| 6: あなたは、神の祝福の日をよろこびとしなければならない(日曜
| 条項)
|
| 加害事項
| 7: あなたは、自らを殺めてはならない(自傷条項)
| 8: あなたは、人を殺めてはならない(殺傷条項)
| 9: あなたは、姦淫をしてはならない(姦淫条項)
|
| 欲望事項
| 10: あなたは、盗んではならない(窃盗条項)
| 11: あなたは、隣人のものを欲っしてはならない(強欲条項)
| 12: あなたは、隣人を偽ろうと試みてはならない(誠意条項)
|
| 不遜事項
| 13: あなたは、神を偽ろうと試みてはならない(偽証条項)
| 14: あなたは、神を試そうとしてはならない(傲慢条項)
| 15: あなたは、神に頼ろうとしてはならない(自助条項)
「お前のやっていることは、いくつ違反しているか言ってみろ」
「えぇと…… みなさんの気に障ったなら、尊敬条項かと」
「それだけか?」
「だと思いますが」
「もう一度聞くぞ。それだけか?」
「はい」
他に何に違反しているのだろう。
「いいか、工業専門学校の出じゃぁしかたないかもしれないから教えてやろう。尊敬条項に気付いたのは、まぁ褒めてやろう。だが、その他に解析機関を導入しようとしている。これは至高条項に反する。解析機関を使おうとしている。これは苦役条項に反する。同時に従業員の仕事を盗むな。これは窃盗条項に反する。売り上げを上げるのにも反対しているな。これは同じく窃盗条項に反する。さらにお前の意見を通そうとし、強欲条項にも反する。さらには、素人の試算で誠意条項にも反する。六個に反している」
他の面々は一々うなずいていた。
「仮に社長や部長を会社での神に類するものとすれば、偽証条項と傲慢条項にも反するな」
やはり他の面々はうなずいていた。
「だがな、今、この場に限れば尊敬条項に反していることが一番の問題だ。私が『解析機関と電話線がいくらすると思っているんだ?』と聞いたことについて言おう」
そこで竹下さんは息を吸った。
「私がそう言ったことが、金額どうこうの話じゃないってことくらいわかるだろう!」
どう答えればいいのかわからなかった。
「誤りを犯すのはしかたがない。だがな、誤りを指摘されたら素直に頭を下げろ!」
「あ……」
やっと面々が何を望んでいるのかがわかった。
「出過ぎたまねをして、申し訳ありません!」
私は大きく言い、大きく頭を下げた。
「わかればいいんだ、わかれば」
そう言って、竹下さんは笑った。
「部長、課長、教育がなってなくてまったく申し訳ありません」
竹下さんはそう言い、面々に頭を下げた。
「いいよ、いいよ、竹下君。工業専門学校出身の者にはよくあることだ。人間らしさに欠けるというか、人間関係をうまく築けないというのはね」
部長が笑顔でそう応えた。
その後、私は黙って会議の進行を聞いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます